第4話 それぞれの過去
「またか、こんな凄惨なことがおきるとはな・・・。」
東大阪、事件は暴力団事務所で起きた。
被害者は上野組最高幹部の一人である松本照明。
ミナミで複数の半グレのケツ持ちになっている男だ。
熊山は頭をかきながら被害者をみた、全員頭部に損傷を負っており出血の少なさの割には死体がひどい有様だった。
ベテランの熊山といえども、吐き気がよもおしていた。
「私が言っていた通りですね。」
男の声が聞こえた。
そこにはリチャード捜査官がいた。
熊山は舌打ちをした。
「またお前か、犯人はお前やないやろうな・・・。」
「冗談でしょう。」
「それになんで入ってこれたんや。」
「外にいる婦警さん3名にボクの電話番号とフェイスブックのアカウントを教えたら通してくれましたよ。日本の女性はとてもやさしいですね。」
熊山は呆れた。
イケメン外人に釣られてしまったのか、だから高卒の女は使えんのだ!!
「あのアホども!まあ、しゃーない。邪魔にならん程度なら多少いてもええわ。」
熊山はふとリチャードの顔をみた。
目にクマができていた。
「寝てないんか?」
「ええ、少し・・・・。」
リチャードは目を少しそらした。
こういう場合人間は隠し事をしている。
「お前、彼女でも連れてきてるんちゃう?」
「そ、そんなことは関係ないでしょっ!」
リチャードは顔を赤くして否定した。
なんだかんだいってもまだ、24ぐらいの若者だ。
熊山は笑うと、リチャードに死体をみせた。
すると、リチャードの顔は険しくなった。
「頭部が破壊されている…アメリカでペロシファミリーがやられた事件と同じだ。」
「どうやら、同一の犯人か模倣犯の可能性があるな。ペロシファミリーをやった被疑者の名前はなんていうねん。」
「吹田健一です。」
熊山は首を傾げた。
吹田健一、そんな名前のやつおったかな?
もう一度調べなおしておく必要があるな。
京都にいるヤクザモンにきいてみるか。
それはそれとしてこのガキに必要以上教える義理はない。
教えるにしても情報は小出しにしておくべきだ。
「・・・そンなら、その吹田が犯人の可能性あるな。」
熊山は首をかしげながらそういった。
「被疑者は地元の警察署に留置されていましたが、姿を消しました。」
「うム・・・待て、その吹田がもしも犯人やったらわざわざ戻ってくるかあ?」
日本とアメリカには日米犯罪人引渡し条約がある。
戻ってきても捕まるのがオチだろう。
熊山は吹田健一という名前の犯罪者を聞いたことがない。
「わかりません。」
シェパードはそういった。
熊山は彼の目をみたが、嘘を言っている様子はなかった。
「何はともあれ、ヤクザや半グレを狙う危険人物がいるっていうことや。証拠があればええんやがな・・・。」
シェパードは恨めしそうにつぶやいた。
「クソ、証拠か…。熊山さん、またお会いしましょう。少し私はアメリカの本部にいる人間に情報を求めます。」
「うちの婦警をキズモノにするなよ。」
熊山はそういった。
シェパードは車に乗り込むと、カバンから注射を取り出した。
注射には『銀』と書かれたプレートがあった。
シェパードは『銀』を注射すると、けいれんを少し抑えた。
「あグっ!」
とそんな時だった。
カバンの中には『人狼登録番号:F12348』と書かれていた。
シェパードは人狼だった。
昨日、彼は半グレハンターの吸血鬼を抑えた。
もう少しで、殺せたそのはずだった。
表向きはFBIの捜査官だったが、その本性はアメリカ政府に雇われアメリカで犯罪を起こした吸血鬼を仕留めるヴァンパイアハンターだったのだ。
彼は銀を注射することで人肉への渇望を抑えていた。
銀には人狼にある人類への捕食本能をなくすという能力があった。
「日本の吸血鬼め、絶対に仕留めてやる。俺の手でな。」
シェパードには吸血鬼に恨みがあった
彼の父であったジョン・アンダーソン上院議員はペロシ一家の潜入捜査に協力していた。
そしてある日、ペロシ一家との交渉を行ったある日ホテルで彼の父は吸血鬼に殺された。
アメリカは吸血鬼の存在を第二次大戦時から知っていたが、「宇宙人」「ケネディ暗殺」に並ぶ最大のトップシークレットであったため、捜査は無理矢理終了になった。
父であるジョンはマフィアと癒着していたのではないかという汚名を着せられ、死後侮辱され続けていた。
母はその侮辱に耐えられず、他の男性と再婚をしたがジョンに負い目を感じ続けとうとう自殺してしまった。
リチャードはそれ以降、母の恋人になり第二の父親になるはずだった男とともに生きていた。
そして、その男性こそアメリカを建国時から守り続けていた人狼一族「シェパード一族」の一人であった。
人狼はかつて吸血鬼と人間に滅ぼされかけたが、その1部はアメリカに逃れて生きていた。
そして、アメリカ政府に協力することで生き延びていたのだ。
誇り高い一族であったその男はジョン・アンダーソン上院議員に幾度も助けられたことがあった恩があり、表向き結婚することでジョンの妻子をあらゆるものから守り続けていたのだ。
リチャードはアンダーソンの名を捨て、彼の子となり復讐の機会を待っていた。
そして、15歳になり年上の女に童貞をささげたある日義理の父は彼を人狼に変えたのだった。
その時に彼は普通の人間ではなくなっていたのだ。
こうして、彼は政府非公式のヴァンパイアハンターとして父の仇を追いかけていた。
彼が日本に降り立ったのもFBIとしての任務ではなく、父の仇を討つためであった。
「父母の名誉にかけて、吸血鬼は殺す。」
彼はそう自分に言い聞かせた。
目は人狼のときよりも鋭く光り輝いた。
同じころ、大阪ドーム近く。
イチは大型モールでトイレの警備をしていた。
「こちら吹田、異常なし・・・どうぞ。」
昨日人狼につけられた傷がじんわりと痛む。
人狼、ウェアウルフ。
あんな化け物は初めてみた。
吸血鬼を狩るために人狼を雇う。
吸血鬼仲間同士が集うSNSにそのような噂が流れていた。
吹田は信じていなかったが、まさか本当だったとは・・・。
今の時代、吸血鬼同士でほう助し合うネットワークがあり、吸血の欲求を抑えるために牛や豚の血を販売していた。
以前は脅威だった太陽も吸血鬼専用の日焼けクリームで抑えられることがあった。
それがダメなら1部の精神安定剤を使えば吸血の本能を抑えることができる。
吸血鬼の大部分は大金持ちがいて、これらを他の吸血鬼に月額500円で供給することもできた。
20世紀・平成が終わり、令和を迎え、21世紀も中ごろになった現代。
血の欲望に飢え、追いかける吸血鬼など存在しなかった。
ネットが普及した今、それは濃厚だった。
しかし、それでも吹田イチはなぜ人間を襲うのか。
それは彼が子供のころに経験した1種の組織犯罪が原因だった。
両親ともに吸血鬼であった吹田一家は、普通の人間とのかかわりあいを避け住む場所を転々としながら生きていた。
やがて父は彼が中学生になったときに行方不明になり、母親だけが彼のそばにいた。
噂であったが、吸血鬼マフィアの幹部になるためその前段階として日本のヤクザ組織に仲間入りをした程度のことは聞いていた。
そして、邪魔になった家族を捨てたのだ・・とも。
父も吸血鬼であったので出来る仕事が限られていたのはわかっていたが、自分を母を捨てたことを許すことはできなかった。
そして母も父に捨てられたショックで精神を病み、大量のトリカブトを飲み自殺した。
数多くある吸血鬼伝説のほとんどがデマであったり、克服済みのものであったが数少ない完全なる弱点があった、それはトリカブトだった。
大量のトリカブトを飲むことで吸血鬼は死に至る。
イチはそれを強く学んだのだった。
母親は自分のために多額の生命保険をかけており、彼は少なくとも「最低限の生活」をすることに苦労はしなかった。
それ以外の方法は人狼の牙・爪といったものだった。
そんな彼に家族・友人はいなかった、たった一人を除いて・・・。
御柳トモエを除いては。
彼女は彼にとって数少ない友人であり、イチはそんな彼女を女として愛していた。
彼が地元から離れてもブログやメールを通じお互いに連絡を取り合っていた。
それが続き、彼が高校生2年生になったある日。
トモエは暴走族グループに拉致され殺された。
全裸に剥かれ、肛門にタバコを押し付けられ顔の形が変形するまで金属バットで殴られて彼女は無残に死んだ。
しかし、暴走族グループは全員少年であったため大した罪にも問われなかった。
それどころかグループの親に暴力団幹部や市民団体、弁護士がいたため警察もうかつに手を出せなかった。
吹田はその時絶望した。
『警察は法を守るだけであって、正義の実行者ではない。』と。
その時彼は決意した。
『法律が正義を実行しないのなら、俺が実行してやる。』
自身の吸血鬼の能力を生かして犯罪者を殺していくことを決意した。
まず手始めにトモエを殺したグループの人間を追い詰め、彼らと彼らの部下たちを一人残らず血祭りにあげた。
そして、その時血の味を覚えた。
血の渇望を抑えるために、犯罪者を襲う。
犯罪者が消えれば世の中はよくなる。
彼はこうして、正義の吸血鬼になったのであった。
同じころ、ルーマニア・ブカレスト。
複数の吸血鬼が集う城の中で『その男』は目覚めた。
「日本で人狼と吸血鬼が暴れておるな。」
男は執事に聞いた。
執事は若い細身の黒人であった。
「はい、左様でございます。」
「また戦争になりかねん。邪魔者は滅ぼせ。」
「了解しました。」
「待て…いいアイデアが思い浮かんだ。戦争を起こすのだ。日本の支部長に伝えよ。『汝の子供が暴れておるぞ…』とな。いい娯楽ではないか。」
「かしこまりました、伯爵。」
黒人は頭を下げ礼をすると、そのまま闇に消えていった。
伯爵と呼ばれた老人は白い目を輝かせると不気味にほくそ笑んだ。
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