第3話 吸血鬼、人狼にあう。
夜、東大阪と東成区の間。
貧困層が多く住む町の中では目立って大きな要塞のような屋敷に住んでいた松本はおびえながら言った。
つい最近面倒を見ていたボッタクリバーの店員が皆殺しに会い火を放たれた。
松本は上野組上層部の人間と揉めて、分裂したかつての京都側の人間と仲が良かった。
謀反を疑った上層部が次に狙うのは間違いなく自分だ。
「鰐淵くん、頼むで・・・・ホンマ。」
松本宗像はかつては大阪一の侠客としてその名が高かった。
さらに従弟に松本芸能という芸能会社をやらせて、それを隠れ蓑に巨万の地位を築き上げてきた。
だが、それも過去の話であり従弟から見捨てられ、古参の仲間は上野を見捨て京都の祇園で「祇園上野組」という組織を打ち出している。
今や白髪にまみれ、大きな体を丸めている彼はただの哀れな老人であった。
一応金とネームバリューだけはあるので、極道氷河期である今の世の中でも20人の舎弟は保っていたが、どれも腑抜けた連中だったりネームバリューに寄生してほかの組織に蔵替えを考えている裏切り者ばかりだった。
こうやって外部の組織の人間である鰐淵と鮫島を雇わざる負えなくなったのだ。
「任せてくださいよ、オジキ!」
鰐淵は胸を張ってそういった。
表向きは松本を案じてだったが、当然鰐淵には裏に考えがあった。
以前から月額20万円でボディーガードをしていたが、今回は跳ね上げた。
あることないことを彼に言い疑心暗鬼にさせることで、何かと金を要求する。
泉北に拠点を置く上野組に恨みを持っているヤクザ組織は彼を狙っているだの、名古屋の本家は松本を嫌っているだの・・・・舎弟が松本を追い出そうとしてるだの、従弟が別のやくざと組んで命を消そうとしてるだの・・・。
些細な事でもいいから、とにかく弱みをにぎりそれを間接的にほのめかして金と権力だけはある松本から金をふんだくるのが鰐淵のやり方だ。
そうやって複数の弱小やくざから金をせびり、用心棒や殺し屋を買ってでる。
それももう尽きたので松本は始末し、以前から懸賞金がかかっていた半グレハンターを始末するというのが彼の算段だ。
鮫島お手製の盗聴器が確かなら例の「吸血鬼」は松本を狙っているはずだ。
そこで鰐淵はこういった。
『例の半グレハンターがあなたを狙っております。』
こういうものも内部の邪魔者を排除したい上野組本家の幹部の思惑だった。
「しかし、なんでまた・・・・。」
心配そうな松本をみて、鮫島は内心ぶっと笑った。
所詮やくざといってもただの臆病な老いぼれだな。
まあ、ビジネスはビジネスだ。
「安心しろ爺ちゃん!」
そういうと鮫島はほくそ笑んだ。
「しっかし、オジキも変なやつに狙われましたねぇ・・・でもね安心してください。俺とサメちゃんが一緒になってやっつけますから!」
そんな時だった。
ゴトンッ・・・。
下の階で鈍い音がした。
下の階にいるのは松本の舎弟たちだ。
「何の音だ!!!」
松本はヒステリックにそう叫んだ。
「ワニちゃん、ここで待ってて!」
鮫島はそういうと、大きめのククリナイフをもって下の階へと向かっていった。
ククリナイフはグルガ人の傭兵が使う特殊なナイフだ。
これを使えば人の腕も一閃で斬り落とすことができる。
「あんなやつでいいのか、松本はそういった。」
その瞬間だった
大きな悲鳴が上がっていた。
すると、階段の段差からゆっくりゆっくり血まみれになった若い男がいた。
男の顔には笑みが浮かべていた。
男の顔自体はあまりにも平凡な男性といった感じで、恐ろしくはなかったが、目は赤く光り輝きまるでサーベルタイガーのような飛び出した犬歯をみて、鰐淵は少し顔が青くなった。
怖い、正面衝突すれば負ける。
そして、殺される。
玩具のように嬲られて・・・。
だが、正面衝突しなければ勝つ可能性はある。
鮫島はほくそ笑んだ。
吸血鬼、怪物、ばけもの・・・・今それが俺の手にかかる。
手元にあるククリナイフは不気味にほくそ笑んだ。
先に鮫島には別の場所で待機させるため、様子をみるふりをした。
罠にひっかかった吸血鬼はわざわざノコノコとひっかかってきたわけだ。
松本と鰐淵が気を取り、背後に回った鮫島が首を斬り落とす・・・上等な作戦だ。
首を切られて死なない人間はいない!
トイレの中に隠れて吸血鬼の背後をとろうとしていた。
そして、ドアのカギ穴越に吸血鬼を確認するとすぐさま開けて後をつけた。
鰐淵は松本の前にいると銃を構えた。
「てめえ!!!吸血鬼だろ!!!」
「そうだ、わかっているじゃないか。」
「お前は知らねえんだろうな、自分の首に懸賞金がかかっているのを。」
「面白いじゃないか・・・。」
吸血鬼と呼ばれる『それ』は動きを止めた。
作戦通りだ。
鰐淵は目でアイコンタクトをとった。
鮫島は雄たけびをあげると後ろからとびかかり、ククリナイフで吸血鬼の首の肉と骨を突き刺した。
吸血鬼は表情を変えずされるがままになっていた。
「よし!!!やっちまえええ!!」
鰐淵は歓喜の声を上げた。
「吸血鬼死ねやああああああああ!!」
鮫島はそのままククリナイフを1回転させて怪物の首を斬り落とした。
噴水のような血が流れると、怪物は地面に倒れ伏した。
松本は安堵の声を漏らし、鮫島も安息のためいきをついた。
「一撃だったな、あっけねぇ・・・。」
鮫島はつまらなさそうにそういった。
「文句いうなよ、サメちゃん。で、死体はどうするんですか?」
松本は現実に返ったようにしゃべった。
「そうだな、確か知り合いにイスラエルの武器商人がいたはず。奴に電話をして死体を引き取ってもらおう。それまで死体は舎弟がやってる中華料理店にゴミ袋に包んで隠しておこう。こいつは儲かるぞ・・・・お前ら報酬は弾むから安心しておけ!」
松本の経済ヤクザらしいずぶとさをみた鰐淵と鮫島は顔をみあわせると大喜びした。
「イスラエルかぁ、へへへ国際デビュー狙っちゃうかな?!」
「いいねぇ、イスラエルの女は美人が多い。」
「そうだ、まずゴミ袋だな。俺買ってくるよ。ゴミ袋。」
そういって鮫島は出ていった。
松本はテーブルの戸棚を開け、イスラエルの武器商人の名刺を探し始めた。
鰐淵は一仕事終えたからか、タバコを吸い始めた。
「おいおい、わしゃ禁煙やぞ。」
「そう言わんでください、今日は無礼講でしょ。」
「ま、そうだな。」
「あ、そういえば血で床汚してすいませんでした・・・あとで拭きますね。」
ふと、鰐淵は床を確認した。
血を拭くの大変だろうなあ・・と。
だが、どうだろうか。
そこにあったはずの死体はなかった。
首を斬り落とした吸血鬼の死体は消えていた。
鰐淵は驚愕するあまり声が漏れてしまった。
「死体がない!」
後ろにいた松本も思わずのけぞった。
「なんでや!!」
すると、その時だった。
「うぎゃあああああああああああああ!!!ああああああああああああああああああああああああああ!!!!ああぎゃあああああああああ!!!」
男の野太い悲鳴があがった。
「さ、サメちゃん!?」
「今のはなんや!」
「ここで待っててください!」
鮫島の声だ。
松本に静止を頼むと、そのまま顔が青くなった鰐淵はすぐさま下の階に向かっていった。
すると、鰐淵は何かにひっかかってコケた。
そこにあったのは人の手だった。
「ひ、ひえええええええええええっ!!!」
腰を抜かし、地面に転がった鰐淵は目で目の前に広がっている惨劇を確認しようとした。
そこには首のない体が片腕で鮫島の胴体を突き刺している光景があった。
ぐちょぐちょという汚い音とともに鮫島の体はわずかに痙攣しながら見る見るうちに小さく細くなっていった。
数秒たつと、鰐淵の体はボロ雑巾のように捨てられた。
屈強だった鮫島の体はまるで貧乏人の老婆のように痩せ細っていた。
ミイラになっていたのだ。
「サメちゃん、うわああああああああああああああああああああ!!!」
鰐淵は立ち上がると銃をひたすら撃ちながら首のない胴体にありったけの銃弾を浴びせた。
胴体は鰐淵の方に向きあうと徐々に徐々に向かってきた。
「よるな!よるんじゃねえええええええええええ!!!」
首のない胴体からは細い血管が触手のようにうねうねと曲がっていた。
首がなくても生きていける、なぜならバケモノなんだから・・・。
すると、血管の1部が素早く伸びた。
そして、鰐淵の頭を突き刺した。
「がげ!?」
鰐淵は1瞬だったので、対応ができなかった。
だが、脳内に尋常ではない激痛が走っていくのを感じた。
そして、血や肉、脳味噌、リンパ腺といったものがズルズルとストローを使いジュースを飲むように自分の吸われて行くのを感じた。
「いだあああああい!!!いだぁぁっぁあいい!!!!」
鰐淵は悲鳴をあげた。
すると階段を急いで駆け下りながら松本がどこかへ逃げ出すのがみえた。
だが、吸血の血管が再び触手のように伸びると松本の頭部と胴体をヤリのように突き刺したのがみえた。
「びっくりするだろ。」
男の声が聞こえた。
鰐淵は声の主を探して、目を動かした。
「吸血鬼ってな、バケモノなんだぜ?」
すると、彼の背後にあった階段の段差に吸血鬼の「頭部」がいたのをみつけた。
やがて「頭部」は大きな犬歯をとがらせると、鰐淵の首に飛びつき血を吸い取っていった。
もう、鰐淵は声をだすこともできなくなった。
しばらくすると痛みを感じることもなかった。
そして、そのまま暗く静かな世界に身を任せていくようになった。
鰐淵の後を追うように松本も息絶えていったのだった。
吹田は屈強な二人の男を殺し、その血と肉にありつけたことで多幸感を感じていた。
胴体から血管は延びると頭部と再び合体した。
「デザートが食べたいなあ。」
そんな時だった。
鋭い視線を吹田は感じた。
「これは人間のモノじゃない・・・・。」
吹田は確信した。
すると、ドアがわずかに動くのを感じた。
そこには巨大な狼の頭部をした毛まみれの人間の姿があった。
「人狼!?」
吹田は子供のころに聞いたことがあった。
太古の昔、『魔族』とよばれる異次元の種族が地球に降り立った。
やがて、恐竜が隕石で絶滅し、人類の時代がくると・・・・。
魔族の1部は、夜にオオカミや山犬の頭部をもった姿を変える「人狼」とコウモリのように闇夜に生きる「吸血鬼」に枝分かれたと・・・・。
両者はお互いに争い、時に人間たちと共闘しながら駆逐し合い・・・結果的に人間を支配するようになった「吸血鬼」が「人狼」を駆逐したそうだ。
今では人狼は数が少なくなり、みることもなくなったそうだ。
「これはこれは珍しい、人狼がいたか。」
すると、人狼はどこからか人間の声を出した。
「お前を逮捕する。」
吹田は呆れて笑いそうになった。
どうやら、この人狼は警察の回し者のようだ。
「どうするんだ?監視カメラは全部潰したし目撃者もいない。証拠もないのにどうやってタイホするっての?」
「だな。タイホはやめだ。お前にはここで死んでもらう。」
そういうと、人狼は吸血鬼にとびついた。
吹田は対処しようとしたが、人狼の方が上だった。
すさまじい怪力の腕で押さえつけられると何もできずに吹田は悶えていた。
人狼は吸血鬼である吹田の体をつかむとそのままジャイアントスイングするかのように投げ飛ばし地面に放り投げたのだった。
こんなことは初めてだ・・・・。
人狼がここまで強いとは・・・思わなかった。
「逃げなきゃ。」
そう思い吹田は素早く、組事務所をとびぬけると近くにあった高速道路に飛び出し逃げ出した。
しかし、人狼は素早かった。
着々と吹田を追い詰めると吹田の背中にとびのり、剛力の片手で吹田の頭部をつかみ地面に叩きつけたのだった。
吹田は身動きがとれなくなった。
「・・・・吸血鬼の弱点は日光でも十字架でも聖水でもない。人狼の牙さ。」
そういうと、人狼は吹田の首に食らいつこうと大きな口を開けた。
そんな時だった。
「きゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
女性の悲鳴が聞こえた。
人狼はその声におびえると、すぐさまどこかへと去っていった。
吹田は地面に倒れ、安堵のため息を漏らした。
「はあ・・・・助かった。」
女性は恐怖のあまりそのまま動かなくなっていた。
どうやら、心臓ショックを起こしそのまま死んでいるようだ。
やがて、何事かと群衆が集まってくるのを感じた吹田はそのまま群衆の中に紛れ姿を消していくのだった。
「クソ、命拾いしたな。吸血鬼。だが絶対にお前を許さないぞ。」
そんな声をあげながら人狼もまた闇夜に姿を消すのであった。
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