第2話 「死んだ魚の目が如く」

 夢を見ていた。

 変な夢だった。

 どうも、白っぽい人影にこっぴどく怒られるような夢だった気がする。


 「どうしてあなたは」とか「そのせいで時間が」とか。

 「困ったらスマホを」とかなんとか。


 まどろみが、徐々に覚醒へとむかっていく。

 目を覚ますと、そこは見知った場所だった。


「なんで職場……?」


 思い出した。

 あれから。

 つい興奮してしまって、自ら悪夢の世界とやらに乗り込んでしまったのだ。

 反省はしているが、後悔はしていない。


 現実とは違う世界。

 魔物がいて。

 魔法がある。


 こんな話を聞いて、テンションが上がらないほうがどうかしている。

 うん、僕はおかしくない。

 と思う。


 まぁ、やってしまったものはもう仕方ないとして。

 改めて自分の状況を確認してみる。


 どうも職場の、自分の席の机に突っ伏して寝ていたようだ。

 “国家管理運営保全省こっかかんりうんえいほぜんしょう”“屋久際市支部やくさいししぶ”、2F、経理フロア。

 壁にかかっている時計は2時を少し回ったところ。

 電気がついていて、正面の窓の向こうが真っ暗なことから、深夜なのだろう。

 机が並ぶフロアに、自分以外の人影なし。物音一つしない。


 次に自分自身の確認。立ち上がって窓ガラスに近づき、反射する自分の姿を眺めてみる。

 ……ふむ。現実世界の僕と、なんら変わりない様に見える。

 夢の世界だからといって、美男子イケメンになっていたり、羽や角が生えていたり、なんだかよくわからない怪物になっていたりはしないようだ。ちょっと期待したんだけどな。

 格好は仕事のときいつも着ているスーツ。昔の職場の癖で、いつもしている黒無地のネクタイまで締めている。 

 スーツの中身は中肉中背。太ってはいないが痩せ形でもない、平均的な体格だろう。それなりに鍛えてはいるつもりだが、マッチョには程遠い。

 顔も特筆すべき点は……、あぁ、割とロンゲかな。

 目を隠す長さの不揃いの黒髪は、くせっ毛のせいであちこちはねてしまっていた。

 僕を構成するパーツの殆どは極々平凡な物だ。

 けれど。


 ガラスの中の自分と目を合わせる。


 目だ。

 目だけは、やはり。 

 ……そういえば、僕の数少ない友達の1人がこんな事を言ってたっけ。

 

 ――アンタはガワは人間の皮を被ってる。ちゃんと被れてる。造り直して創り変えて、取り繕って。あたし達が被せた。けど、その“眼”だけはダメね。化けの皮を、せっかくできた人間らしさを、被せきる事ができなかった。死んだ魚の目なんて生優しい表現じゃまるで足りない、そんなの魚が死んでるだけなんだから。けど、アンタの“眼”は違う。きっと、アンタは、何もかもを――


 前髪を指でつまみ、伸ばす。なるべく目を隠すように。

 せっかくの友達の忠告だ、素直に聞いておくとしよう。

 

 えぇと、次は持ち物の確認でもするかな。

 ハンカチ、ティッシュ、スマホ、財布。タバコにジッポ。いつもポケットに入れている物ばかりだ。

 ……いや待て。


「このスマホは僕の物じゃないな」


 世界的に有名なリンゴマークのスマホではなくなっている。

 その代わりに、地球が少し欠けたようなロゴになっていた。

 ロゴの下にdream phoneと刻印されている。


「ドリームフォン……。夢の中のスマホです、ってか」


 画面を触るとピコッと音を立てて電源が入った。

 急に鳴ったものだから少しだけビビったのは内緒だ。


 画面には7つのアプリが映し出されている。


 ・はじめに ‐Read me‐

 ・ドリームガチャ

 ・ドリームウォレット

 ・ドリームトレード

 ・ドリームストレージ

 ・ドリームBBS

 ・機能拡張


 ドリームドリーム言い過ぎだ。

 夢の中ってのを強調し過ぎじゃなかろうか。

 まぁ、まずは素直にRead meを読んでおくとする。

 アプリにタッチすると画面に文字が出てきた。


『はじめに

 このアプリを起動されている皆さん、皆さんが今居るは“悪夢の世界”です。

 これから皆さんが現実世界に帰還するため、及び、この世界で生き延びる為の方法を説明します』


 ふむ。


『帰還方法はこの世界を形成する<?/《$の断片フラグメントを消滅させること。方法は問いません。大変困難な道のりとなりますが、必ず希望はあります』


 おいおい、なんだこれ。


「文字化け……?」


 肝心なところが読めなくなってしまっている。

 いや……。


「記号に意味がある……? 多分違うな。記号にした、或いは、せざるを得ない理由があったのか?」


 考えても何がわかるわけでもないが。

 のっけからこの調子ではこのアプリやスマホ自体が信用ならなくなってくる。


『そしてこの世界で生き延びる方法ですが、ドリームガチャ等の各種アプリをご活用ください。

 本来であれば無償で皆さんに武器や能力をお与えするべきなのですが、*%!〇;}†☆+の妨害によりそれが難しくなっております』


 また文字化けだ。

 重要な部分だけ読めなくなっていると仮定すると、なんらかの妨害ではないかとすら思えてくる。

 あるいは。

 本当に何者かに妨害されているのかもしれない。


「これが敵さん、か……?」


『ドリームガチャの利用にはdpドリームポイントが必要となります。

 dpの基本的な入手方法は、この世界に巣くう魔物の討伐です。

 たくさんのdpを手に入れれば、それだけドリームガチャで有用なアイテムを入手でき、様々な機能拡張も可能となります。

 詳細はそれぞれのアプリのヘルプをご覧ください』


 ガチャとか。なんて言うんだっけ、こういうの。

 基本プレイ無料のアイテム課金制マイクロトランザクション

 まだまだRead meは続く。


『ドリームウォレットは今の貴方の所持dpを表すものです。必ず小まめに確認し、dpの利用は計画的にするようにしましょう』


『ドリームトレードは他の生存者と装備や所持品の売買を行いたい時に使用してください。不要な品物をdpに変化させることもできます』


『ドリームストレージは皆さん個人個人のアイテムの保管場所となります。所持している品物をドリームフォンに収納することができます。奮ってご利用ください』


『ドリームBBSは掲示板です。この世界中の生存者の皆さんと情報交換ができます。有効に活用してください』


『機能拡張はドリームフォンに様々な機能が追加されます。悪夢の世界で生き抜くために色々と便利な機能があります。dpを消費する必要はありますが、是非拡張してみてください』


 説明をザッと見た感じ、このスマホは重要極まりない物のようだ。

 この悪夢の世界で生きていく為の全てがこれに詰まっている、と言っても過言では無いだろう。

 絶対に失くしたりできないな。


『さいごに

 このような悪夢の世界に皆さんを送り込むことになり、本当に申し訳なく思ってい

 ます。

 この悪夢の世界を探索していくことになる“探索者”の皆さん。

 どうか皆さん、生きてください。

 そして願わくば、この悪夢に終わりをもたらしてください。

 世界のために』


 ……。

 まぁ、なんだ。

 言いたいことはたくさんあるが。


「楽しめそうじゃないか」


 せっかく来たんだ。

 めいっぱい、この悪夢の世界とやらを楽しんでやろう。


 ……しかし、探索者ってネーミングはどうなんだ。




**********




 ?????のナイトメア☆ガゼット


 第2回 『探索者』


 不幸にも、或いは幸運な事に、悪夢の世界に招かれてしまった人間の総称。


 様々な人間が、色とりどりの欲望を抱き、必死にもがく様はある種の美しさを感じるわね。

 “世界を探索”する事になる……。しなければならない、という意味にも聞こえるわ。

 それは仕向けているのは、果たして本当にあの白い人影なのかしら……? 

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