第12話 「人外顔面連続遭遇悲話」
“国家管理運営保全省”“屋久際市支部”の事務所は立地に恵まれていないと言っていい。
オフィス街の片隅にある事務所の、お隣には屋久際市役所があり、更に隣には大きな公園がある。だが、遊具もないただの広場であり、利用しているのは僕のような暇を持て余した人間だけだ。
ビルが乱立しているが、決して栄えているとは言えない。活気が無いのだ。
事務所の目の前は幹線道路が走っており、空気も悪い。
なにより、コンビニが近辺で1軒しか無いというのが致命的だ。
「さて。着いた着いた、と」
その唯一のコンビニの前に、≪バヤール≫に乗った僕は到着していた。
先ほど会った黒い悪魔っぽいのは僕を“学校”へ誘導したいようだったが。
知ったことか。
僕はお昼ご飯を買うのだ。
≪バヤール≫の慣らし運転も終わり、窓から飛び出してきた時には机の周りに置きっぱなしになっていたアイテム達もきちんと回収してある。
ドリームストレージに仕舞ってあるのだが、アプリの説明通りにカメラに写すと物が消えスマホ内に収納されると言うのは、魔法が使えたような気がしてとてもよろしい。
取り出しているのは無限マシンガン≪ダンス・マカーブル≫と
≪焔魔≫は、同じくガチャで出たロープを使って背中に括り付けてある。鞘越しでも仄かに暖かい。
≪ダンス・マカーブル≫は普通に手に持っている。
片手で機関銃を持ちながらスクーターの運転など一見危険なようだが、なんせ≪バヤール》には自分の意思らしき物がある。
勝手にバランスをとってくれるので、ここまで危なげなく来れた。
というか、コイツ。音声である程度動いてくれる。
だって、「次、右折してー」とか言えば勝手に曲がってくれたのだ。
手放し運転が楽しくて、思わず関係無い公園を爆走とかしちゃったぜ。
愉快なこと、この上ない。
そんな愉快な≪バヤール≫に乗って到着したコンビニの外観は、さほど普段の現実と変わっていないように見えた。
ゾンビが見える範囲で5匹、建物の周りで倒れている以外は。
「……え? 倒したの?」
ちょっと、いや、かなり意外だ。
まさかあんなトロクサそうな女子高生2人が、ゾンビを5匹も。
しかも手足を引き千切ったり、胸や腹に大穴を空けたりして行動不能にしたのか。
まだ呻いてるゾンビ達は、消滅していないことから、完全には殺しきれていないらしい、
或いは、わざと殺していないのか。
やるじゃん。
しかし。そうなると最悪の場合は、それだけの戦闘力を持った2人組を相手にしなければいけないという事か。
おとなしくコンビニ内の物資を渡してくれるならいいが。
まぁ僕も鬼じゃないんだ。全体の3/4も渡してくれれば……、いややっぱ4/5? いやいや9/10?
と、考えながら駐車場に≪バヤール≫を停め、入り口の方へと歩を進める。
僕の思慮は、どうやら杞憂に終わったようだった。
コンビニの入り口、開きっぱなしになっている自動ドアの、そのすぐ近くで。
異臭が、する。
――死んでいる。
必死に這いずって、出入り口の近くまで逃げてきたのだろう。
抱えているのは、一緒に居た友達か?頭に何かを刺されたんだろうな、脳漿をぶちまけて、頭蓋骨から覗いた脳みそなんて半分無くなっちゃってるじゃないか。
そんな娘を。もう動かなくなったそんな娘を抱えて。文字通り、必死に。血塗れになりながら逃げようとしたのか。
でもなぁ。それは無理ってもんだ。
だって、君の体も穴だらけじゃないか。
見える限りでも足に2箇所、腕に1箇所、握り拳大の穴が空いている。
激痛を無視して。流れる血も気にせずに。ロクに動かない体で、友達だった死体を引きずりながら。
血痕を見るに、奥の方から、一生懸命逃げてきて。
「で、ここでグサッ……か」
もう少しで、このコンビニから。この地獄から逃げ出せる。そんな、自動ドアの開いた先、その先に手を伸ばそうとして――。
致命傷を、与えられた。
奇妙にねじくれた長い棒、槍だろうか。
それが、少女の頭を床に縫い止めていた。
「あー……。やっぱり、僕が恨まれる感じか?」
もっと早く来ていれば。
そもそも、見かけた時点で声をかけて保護していれば。
多分、助けられたんじゃないかな。
「まぁ、最初から助ける気なんて無かったけどな」
予想とは少し違う死に方をしていたのでちょっとビックリしたが。
概ね予定通りとも言える。
予定外の事と言えば……。
「もう1人、いるよなぁ」
犯人が。
ゾンビを蹴散らし、少女2人を弄んで殺した犯人が。
少なくとも、まだこの近辺には居るだろう。
まったく。
面倒くせぇな。
……あぁ、いや待てよ。
別に犯人が人間と決まった訳でも無いんだな。
そこまで考えたところで、上から。
コンビニの入り口手前で立ち止まっていた、僕の頭上から。
この世ならざる、気配がした。
いつの間にか、異臭が強くなっている。
視線を上に移動させた。
ソイツの第一印象は、白くヌラヌラと光る皮膚をした巨大なヒキガエル。
体長は3、いや4mあるか?コンビニの屋上に腰掛けて、こちらを見ている。
いや、見ていると言った表現は正しくない。
こいつの顔には、触手しかない。およそ目も、鼻も、口も、それらしい物が見当たらない。
ただ無数の触手が嫌らしく蠢くのみだ。
そして、体のあちこちに血飛沫がついている。
……犯人こいつか。
「なんか、この世界に来てからマトモな顔面を見ていない気がするな」
さてさて。
面倒だが、降りかかる火の粉は払わなきゃな。
≪ダンス・マカーブル≫を肩に担ぎ、片手で【black swan】とジッポを取り出しながら思う。
せいぜい楽しませてくれよ?
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?????のナイトメア☆ガゼット
第12回 『白い蛙のような魔物』
白色の、大きな油っぽい体をした、“目のないヒキガエル”とでも形容すべき魔物。
本来、顔があるべき部分には、あいまいな形をしたピンク色の触手が固まって生えているのみである。
この魔物は他の生き物、特に人間を手酷く痛めつけてから殺害するといった報告が、既に数件なされている。
読者の皆様におかれては、この魔物を目撃した場合は速やかにその場を離れ、安全を確保するようにしていただきたい。
最悪ね。もう、見た目がムリ! まるでサディストのように人を嬲って殺すところもムリ! あと、臭い! ムリ!
こいつを『性悪ムリ蛙』と名付けるわ! ……ネーミングセンスが無い? 放っといてちょうだい!
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