第13話 「ご注文繰り返させていただきます。白いヒキガエルの串焼きですね」
「どうせ殺したり殺されたりする感じになるんだろうから、その前に聞きたい事があるんだけどさ」
フゥっと紫煙を吐き出す。
僕と、白いヒキガエルの化け物の位置関係は変わっていない。
相変わらずコンビニの、開きっぱなしの自動ドアの手前にいるのが僕。その頭上、屋上に腰掛けているのが化け物だ。
僕が下で、化け物が上。
……気に入らないな。
「一撃で殺す事もできたろうに。何か目的でもあった? それとも単にサディストなだけ?」
返答は特に無い。
まぁ口も無いのに喋れたりはしないか。
それに。
「いや、べつにどっちでもいいんだ。どっちでもなくってもいい。ただ単に……」
吸いかけのタバコを、つまんで横へ放り投げる。ポイ捨てなのは気にしてはいけない。
「言い残す事はあるかなぁ、なんて柄にも無く思っただけだからさ」
何故か。
何故かはわからないが。
何故だか、気分が悪い。
この2人は、見捨てるつもりではあったのだが。
勝手なもんだな、僕も。
僕はもちろん、おそらくは、あちらさんも。
相手を見逃す気は無いだろう。
担いでいた≪ダンス・マカーブル≫を頭上の化け物へ向ける。
と、その瞬間。
そのヌラヌラとてかる巨体が飛び上がり、真下の僕目掛け落ちてきた。
「うぉっと!」
咄嗟に前方に飛びのいて、押し潰されるのを回避する。
が、クソ! 前に飛んじまった!
ゴロゴロと、頭を串刺しにされた死体の横を通り抜ける。
手をつき、体勢を整え直すと、出入り口の自動ドアを塞ぐような形で、すぐ近くで化け物がこちらを向いていた。
そのまま緩慢な動作で、化け物が店内へと入ってくる。
後ろに飛びのいて距離をとる。自動ドアから見て正面左横にあるレジの前に立つ。だが、それでも化け物との距離は2mも離れていない。
形容し難い、嗅いだ事の無い酷い悪臭が鼻についた。
「クッセェな、ちゃんと風呂入ってるのかい?」
軽口を叩く僕のすぐ前で。
店内に入ってきた化け物は、目の前にある、死体に突き刺さったままの槍のような物を右手で掴んで引き抜いた。
床から先端は抜けたが、まだ途中に死体が刺さったままになっている槍を、そいつは。
――そのまま思い切り、振り回した。
「うぉっ!?」
唸りを上げて死体が襲い来るのを、しゃがんでかわす。槍そのもののリーチと死体の身長が合わさり、かなりの射程になっている。
そのまま、しゃがんだまま≪ダンス・マカーブル≫の照準を化け物に合わせようとした僕に。
死体が、飛んできた。
(しまった、死体は2つあった……!)
死後硬直と言う現象がある。
死んでから一定の時間、死体の置かれている状況によって変動はあるが、まぁ一定の時間が経過すると死体がガチガチに固まっていく現象のことだ。
この2人、特に串刺しにされて死んでいたほうは、まだ死んで時間がたっていなかった。
まだ柔らかい状態のままで振り回されたものだから、友達を離してしまったのか。死んでも離さなかった、友達を。
それとも、化け物はコレが狙いだったのか?
そこまで賢そうな顔面にも見えないけどな。触手しかないし。
「ぐっ!」
飛んできた死体にぶつかり、後ろへ体勢を崩した。
クソ、体が鈍ってる!
血の臭いが化け物の臭いと混ざり合い、酷く不快だ。
追撃を予測し、更に後方に身を捻る。
だが、それ以上の攻撃は飛んでこなかった。
……それどころか、そもそも僕は敵とすら認識されていなかったのかもしれない。
考えて見れば、こいつがした事といえば屋上から落ちてきて、槍を引き抜いてついでに振り回しただけだ。
戦闘行為ではなかったのかもしれない。
その証拠に。
今、化け物は。
化け物は、その顔面から無数に生えた触手で。
槍に刺さったままの死体を、舐め回していた。
ピチャピチャと、不愉快な音を立てながら。
――あぁ、こいつ。
――嗤っていやがる。
死体を舐め回しながら。
この化け物は、声も出さぬまま。
人間を、嘲笑っている。
少し。
ほんの少しだけ。
頭にきた。
醜悪な化け物にではなく。
平和ボケしきった自分に。
随分いいご身分になったもんだな、
何を勘違いしてるんだか。
小娘2人を見捨てた罪悪感? この僕が? まさか。
赤の他人の為に怒る? この僕が? まさか。
見ず知らずの死体の敵討ち? この僕が? まさか。
僕は楽しむだけだ。
この悪夢を。
楽しんで、愉しんで、娯しんで。
笑いながら、死んでやる。
崩れていた体勢を戻し、ゆっくりと立ち上がる。
前髪をかき上げて、あらわになった両の眼で前を見据える。
景色が色を失い、悪臭も音も遥か彼方に遠ざかっていった。
懐かしい感覚だ。
たまにはいいだろう。
やる気になってやるとしようじゃないか。
≪ダンス・マカーブル≫を足元に捨てる。
飛び道具は今の気分じゃない。
背中の≪焔魔≫に手を伸ばし、鞘から抜き放った。
溢れ出る熱気が、今は心地良い。
「お前は」
化け物にむかって歩き出した僕の口から、自然と言葉が漏れる。
手を伸ばせば触れ合う距離。そこまで近づいて、よく聞こえるように。
「串焼きだ」
化け物の触手の先端が、一斉にこちらを向いた。
さぁ。
遊ぼうぜ。
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?????のナイトメア☆ガゼット
第13回 『ダンス・マカーブル』
“死の舞踏”を意味する。絶命する時まで踊り続けると言う舞踏の名がつけられているこのマシンガンは無限の弾数をほこる。
見た目はシカゴ・タイプライターの名で知られるトンプソン・サブマシンガンに酷似している。
ゴールドレアのランクに恥じぬ利便性と破壊力を持つが、銃弾がどこからどうやって補充されているのかは不明である。
確か、長い戦争や黒死病の時辺りに生まれた言葉だったかしら? もっとも、このマシンガンは“死の舞踏”を踊らせる側のようだけど。
銃自体はどうでもいいけれど、弾がどうやって無限に撃てるのかには興味があるわね。かなり高度な魔術式が使われているのでしょうね。
分解して仕組みを解明したら、量産できたりしないかしら? 一躍、お金持ちだわ。ウィンチェスターさん家の二の舞は御免だけれど。
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