第14話 「ヒキガエルはバーベキューの夢を見るか?」
白いヒキガエルの化け物は、ゆっくりとした動作で槍から死体を引き抜いた。
少女の死体、その頭部の穴から脳漿がこぼれ落ちる。
そのまま引き抜いた死体を左手に持ち、右手で槍を構える化け物は。
隙だらけだった。
殺せるものなら殺してみろ、とでも言わんばかりに。
――上等だ。
「シイッ――!」
≪焔魔≫を化け物の胴目掛け横に一閃する。が、その灼熱の刃は意外にも俊敏に動く化け物が突き出した槍によって防がれた。
金属同士がぶつかり合うが、その音は鈍く重い。
両手で繰り出した≪焔魔≫の斬撃だが、片手で構えている歪な槍はビクともしない。クソッ、馬鹿力め。
≪焔魔≫を受け止めた槍が少し引かれると、お返しとばかりに凶刃が横に振るわれた。
「うぉっと!」
その場にしゃがみ、唸りをあげる槍を躱す。
横に払った槍を戻すには、少しの時間がいるはずだ。
その隙をつこうと、しゃがんだ体勢から、再びヒキガエルの胴体目掛けて突きを放つ。
が。その紅の刺突は、ヒキガエルを庇うように前に出された少女の死体によって阻まれた。
成程、死体は盾の役割か。面倒だな。
死体の衣服が≪焔魔≫の高熱によって燃え上がる。
すると。
化け物は炎を上げる死体をこちらにむかって、投げ渡すかのように緩く放り投げてきた。
――盾を自分から手放した?
後ろに飛び退き、燃える死体の軌道から離れる。
これで化け物との距離は2m程。
燃える死体が床に落ちるのと同時に化け物は僕に目掛けて突きを放ってきた。
突き出された槍を避けるために、今度は横のレジカウンターに飛び乗る。
そしてその勢いのまま、もう一度飛び上がり、化け物の頭上から真っ直ぐに≪焔魔≫を振り下ろす。
化け物が後ろに飛び退き、≪焔魔≫が虚しく空を切る。
ドスンッ、と。
燃える少女の死体の上に着地した僕の頭に、ふとある思いつきが閃く。
入り口近くに後退したヒキガエルの化け物。そこから少し離れて、燃える死体の上に立つ僕。炎は≪スーパー紳士≫のお蔭か、まったく熱くない。
――試してみるか。
僕は、そのまま後ろに下がろうとして。
ズッこけた。
「うわっ!」
踵が死体の頭に引っかかった。
情けない悲鳴を上げる倒れる僕に向かって。
化け物は、その触手まみれの顔で、嗤ったように見えた。
振り上げられる槍が、実際はそうでもないのだろうが、やけにゆっくりに見える。
繰り出される刺突を防ごうと、咄嗟に≪焔魔≫を横に構える。
――が。
「ぐっ!」
防ぎきれなかった。
軌道を逸らすことには成功したものの、勢いはそのままに、左肩に槍が突き刺さる。
激痛を意味する信号が脳に送られてくる。
だが、構わない。
この状況は、狙い通りだ。
「キョルキョルキョル……」
例えようのない、甲高い音が化け物の顔面から発せられる。
口も無いのに、どうやって音を出しているのか。ともかく、コイツは笑っているようだ。
無様な獲物をいたぶるのを、楽しむかのように。
――馬鹿め。
死体を手放して盾を失い、槍を刺したせいで懐がガラ空き。≪焔魔≫の射程にはあと四歩程、届かないが。
何も問題ない。
「知ってるか? 勝利を確信した奴は、その瞬間こそが最も脆いんだぜ?」
ゆっくりと。
床に座った体制から立ち上がる。
左肩に刺さった槍を握りしめた僕は。
そのまま、前に一歩進んだ。
ズブリ、と。槍が肩を貫通する。
「キョル……?」
化け物が首を傾げる。
理解できない物を見たときの行動は、人間でもヒキガエルの化け物でも同じらしい。
さて、あと≪焔魔≫を届かせるにはあと三歩くらい足りないが。
まぁ、これぐらいの距離ならいいか。
「僕は
≪ダンス・マカーブル≫を捨てたのは、気分じゃないというのも確かだが、下手に動き回られてこの位置取りが変わるのが嫌だったからだ。
わざと死体の頭に躓いて転んだのは、槍で突かせるため。
少女の死体を自分から放り投げてくれたのは、僕にとっては幸運だった。まぁ、あってもなんとかなったろうが。
さて。
「待たせたな、≪バヤール≫。出番だぞ」
入り口の前に止まっていた≪バヤール≫のエンジンが唸りを上げる。
そう、≪バヤール≫は待っていてくれたのだ。己が主人を傷つける狼藉者を成敗する機会を。
そして、それは今だ。
化け物が慌てたように後ろを振り向くが、もう遅い。
既に≪バヤール≫は加速に入っている。
そうして。
短い距離で、それでも十分な速度に達した≪バヤール≫は。
正面から化け物にぶち当たった。
「グギョオォォ!?」
衝撃で化け物の巨体がよろめく。
あと三歩……、二歩……、一歩……、よし!
眼前に迫った、醜いブヨブヨとした真っ白な背中に目掛け。
渾身の力を込め、≪焔魔≫を突き刺した。
「ギョオオォォォ――!」
ヒキガエルの化け物の体が燃え上がる。
全身を覆うヌメヌメとした液体は、どうやら可燃性らしい。それで燃えた死体をあっさり手放したのか。
≪バヤール≫の勢いはまだ止まらない。
化け物も、その後ろに居る僕までもまとめて、入り口と反対の壁にまで押されていた。
深々と≪焔魔≫が化け物に飲み込まれていき、炎がより一層、激しさを増す。
≪スーパー紳士≫に包まれている体は平気だが、顔や手は普通に熱い。
「とっ、とと。もういいぞ、≪バヤール≫!」
ギョオギョオという化け物の叫び声に混じって聞こえていたエンジン音が、ようやく収まっていく。
化け物の動きは、もう随分と鈍くなっていた。
そうして。
ドウ、と倒れ伏す燃え上がる巨体。
随分と苦戦してしまったが。
「勝った、か……」
なんとか。
勝利を収めることができたようだ。
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?????のナイトメア☆ガゼット
第14回 『焔魔』
ギザギザと波打つ片刃の刀身をもつ、日本刀に類似した刀剣。刀身は約1m程もあり、仮に日本刀だとすれば、大太刀に分類される。
その灼熱の刃は触れる物全てを焼き尽くすだろう。
サムライソードって浪漫よね! この焔魔はワタクシには大きすぎるけれど、もっと小さな物なら欲しいわね。
……好事家にも高く売れそうだし。
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