ナイトメア☆パラダイス ~まるで悪夢は楽園のごとく~
わきゅう
第1話 「アクムノハジマリ」
始まりは突然だった。
朝、決まった時間通りに起きて、身支度を整えて職場へ向かい。
つまらない仕事をこなしたら一日が終わっていて。
家へ帰って食事と風呂を済ませたらもう寝る時間。
そんないつも通りの日常の1ページ。
の、はずだった。
いつも通りの日常を過ごして。
いつも通りの眠りに落ちて。
いつも通りの夢……の、はずだった。
「ただ、このパターンは初めてだな」
「随分と落ち着いているんですね」
その部屋は、全てが真っ黒だった。
壁も、床も、天井も。一つだけあるドアも。テーブルも、その上に置かれた花瓶も、そこに挿されているバラまでもが。全てが漆黒の部屋の中、真っ白な人影と話している。
黒に染まりきった部屋の中で唯一白い、少女の声で話すソレの姿は、まるで擦りガラスを通しているかのようにボンヤリとしか見えなかった。
それほど大きくないテーブルに向かい合って座っている……ように見えるのに、白い少女の姿はまるで蜃気楼のように不確かだ。
「いや、夢だとわかりきってるからね」
僕の名は
今日だって、朝起きてから眠りに落ちる瞬間までをはっきりと記憶している。
ご自慢の記憶力に照らし合わせるまでもなく。
こんな趣味の悪い部屋に心当たりは無い。
「落ち着いて話を聞いていただけるのは幸いです」
白い少女は肘をテーブルにつき、顔の前らしき場所で手を組むようにしてから話しだした。
「まず説明をさせていただきます。まずこの空間、この部屋は“世界そのもの”です。それをあなたにもわかるように、部屋という形で可視化しております。真っ黒でしょう? それだけ侵食が進んでいるという事です。何にか? 私の敵……のようなもの、です。私と人類にとって害になるもの、と言うほうが正確でしょうか」
「……僕も、随分と設定の込んだ悪夢を見るようになったな」
「悪夢……。そうですね、これは夢です。悪い夢。ですが、紛う事なき現実でもあるのです」
相変わらず姿すら窺い知れない朧気な少女だが。
何故だか、その表情は寂しげに微笑んでいるように思えた。
「あぁ、誤解無きように申し上げておきますが。私は神なんてご大層なものではありません。あなた方から見れば似たようなものかもしれませんが、できる事はずっと限られています」
神様と似たようなもの、か。
もしこれが本当に夢でないとしたら。
僕は中々に、とんでもない代物と会話している事になる。
「そう、私にできる事は限られている。その為に、あなた方に苦労を……。犠牲を強いねばなりません。申し訳ない、と思っています。しかし、これしか方法が無いのです」
そこで少女は、こちらの反応を伺うように話を区切った。
「オーケー、大体理解しました。協力しましょう」
「不親切な説明なのは理解しています。しかし、現段階で伝えられる事象には限界が……、え?」
白い少女が間抜けな声を漏らす。
「確認させてほしいんですが。まず今のこの状況は夢であって夢じゃない。そしてなんか世界がヤバい。それで神様だかなんだか知らないけど、とにかく貴女は困っている。それを自分だけじゃどうにもできない。だから僕と、恐らくあと複数の人間に声をかけてまわってる、と」
「えぇと、合っています」
夢の中だからか、僕の対人会話能力も問題無く機能してくれている。
この少女は、人では無さそうだけど。
「更に付け加えるなら、貴女が僕やその他の人にやらせようとしている事には相応の危険がある。あと、なんか拒否権は無さそうな事ぐらいかな」
「……はい。それも合っています」
少女が、頷いた……ように見えた。
「これからあなたには、こことはまた別の悪夢の世界に赴いていただきます。悪夢の世界、といっても現実の世界とあまり変わりありません。違いとしては、異形の化け物が生息している事」
白い人影の輪郭が、だんだんと見えてきた、ような気がする。
まだ不確かではあるが、声に似つかわしい可愛らしい少女のように見える。
「あなた方にはこの無数に生息している化け物……、“魔物”を退治していただきたいのです。」
あぁ、なんてこった。
普通に生活していただけなのに、化け物が生息するような世界に強制で送られる。
白い少女は申し訳なさそうにしているが、知ったことか。
なんて面白そうなんだ。
「……もしかして、笑っているのですか?」
訝しげな声を無視し、気になっている点を詰めておくことにする。
「質問がいくつか」
「どうぞ」
「その悪夢の世界とやらの広さや送られる人数、生息している魔物の数や強さは?」
「広さは不安定なものになりますね。悪夢の世界という性質上、様々な“人の夢”が混ざり合ったものになりますので。その世界へ行っていただく人数も、はっきりとは言いかねます。なにせ多くの方はこれからですから……。魔物の数は……、それこそ無数に。強さもピンキリですね。そこらの小動物くらいの強さから、ビルや山を一撃で吹き飛ばすようなものまで」
うわぁ。
不確かすぎるだろ。
「いや、そんなビル吹き飛ばすような化け物に、僕みたいな一般市民が勝てるとは思えないんですが」
「後で説明しますが、こちらで、できる限りのフォローを致します。他に質問がなければそちらの説明にうつりますが」
「いや、あともう一つあります。これだけは確実な答えをもらっておきたいってのが」
「なんでしょう」
「その悪夢の世界で、怪我をしたり死んだりしたらどうなります?」
「……怪我の場合は、夢の世界の中で現実と同じように治療したり、魔法やマジックアイテムによって回復できます。しかし死亡した場合は……、現実世界でも死亡します」
……ん?
聞き捨てならない事を、言われた気がした。
身を乗り出して人影に尋ねる。
「いやちょっと待って今なんて」
「死ぬような目に合わされるのかと、お怒りになるのもわかります。ですが他に方法がないのです。世界の……」
違う。
死んだら、死ぬとか。
そんなどうでもいい事じゃなくて。
「いや、そうじゃなくて。死亡云々の前」
「え?怪我は現実と同じように治療するか、魔法やマジックアイテムによる回復が……」
「……魔法あるの?」
「はい。魔法に代表される超常の力が存在します」
このとき。
僕の目は爛々と輝いていたことだろう。
「よっしゃ! 今すぐに、その悪夢の世界に僕を送れ!」
「えぇ!? ちょっと、話は聞いていただいてますよね!?」
なんか、どんどん白さが薄れてきている少女が慌てているような気もする。
だが、知ったことか。
「魔法がある! 超常の力がある! 素晴らしい! さぁ僕をその世界へ送れ! さぁ送れ、やれ送れ、そら送れ!」
「なんなんですか、そのテンション!?」
「これか、このドアか!」
椅子を蹴飛ばして立ち上がり、部屋に一つだけあるドアまで駆けよる。
僕のテンションは最高潮だ。
「あぁ、ちょっと!? まだ説明が……!」
「ふはははは! さらば退屈な日常! こんにちは、ウェルカムトゥクレイジーワールドォォォ!」
そうして僕は、ドアを開け。
自ら悪夢の世界へ乗り込んだのだった。
**********
?????のナイトメア☆ガゼット
第1回 『白い人影』
人智を超えた力を持つことは間違いない、年齢も性別も不詳の人影。声から判断するならば、恐らくはまだ年若い少女。
邪悪なものでは無さそう、かといって全くの善かと言われれば判断に迷うところ。
真っ黒な部屋の中で、一体どれほどの人間と話すつもりなのか。そしてその中のどれほどの人間が、その言葉を理解できるのか――。
今後も、この“ナイトメア☆ガゼット”ではこれから起こるであろう様々な事柄の記事を、悪夢の世界の皆様にお知らせ致します。
是非とも、ご愛読をよろしくお願い致しますわ♪
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