第6話 「嘆き、ゾンビ、勝利!」

「……うん、落ち着いた」


 魔法が使えないとわかってから、しばらく。

 悲しみやら怒りやら悔しさやらに悶えていたら、いつのまにか朝を迎えていた。

 白々とした朝日が窓から差し込んでいる。悪夢の中で朝ってのもどうかと思うが、とにかく朝だ。

 さすがに落ち着いた。


「うん、落ち着いた。めっちゃ落ち着いた。超ビークール」


 まったく全然これっぽっちも泣いてなんかいない。

 ちょっと情熱が目から迸っただけだ。


「……なんか、お腹空いたな」


 叫んだり、悶えたりを数時間もやっていたのだから、腹が減るのも当然だった。

 しかし、そこではたと気づく。


「あ……、食料のこと忘れてた」


 これはいけない。

 速やかに確保に動かなければ。


 最低限の装備を準備したら、1Fへ向かうことにした。




**********




 生活避難場所に指定された場所には数百人を収容しても2、3ヶ月は持つ程度の食料が置かれているという。

 区役所なんかだと、その区の区民全員を飢えさせない量の食料を備蓄している所もあるとか。


 残念ながら、ここ“屋久際市支部”は避難場所指定を受けていないが、そこは役所の端くれ。

 いざという時の備蓄はしているのだ。


 あれから僕は、1F玄関ロビーの奥、備蓄倉庫に来ていた。

 装備は無限マシンガン≪ダンス・マカーブル≫、服は唯一出た防具である戦闘用ビジネススーツ≪スーパー紳士≫に着替えてある。

 ≪スーパー紳士≫の見た目は普通のスーツとなんら変わらない。サイズがピッタリ合っていたのがちょっと不気味だ。

 残りの装備やらなんやらはドリームストレージにとりあえず収納してある。


 埃の積もった倉庫内をざっと調べてみる。乾パンやクラッカー、アルファ化米や保存飲料水など、おおよそ三百食分くらいが保存されているようだ。


 小切手といい、食料といい。

 役所という場所に助けられてばかりだ。実際恵まれたスタート地点なのだろう。

 嫌で嫌で仕方なかった職場が、宝の山に思えてくる。

 あれか。ついに職場が僕にデレたか。

 アホなことを考えながら、備蓄の食料の一つに手を伸ばす。


「うん、まぁまぁ美味しい」


 備蓄倉庫の中、壁にもたれて座りながらクラッカーをかじる。

 dpと食料を確保できたことで、精神的な余裕がかなりある。

 落ち着いて、今後どうするかを考えてみよう。

 努めて、魔法の件は思い出さないようにしながら。……ほんっと、楽しみにしてたのになぁ。


「イカンイカン」


 ブルブルッと頭を振り、思考を切り替える。

 過ぎた事を考えても仕方ない。これからの事を考えよう。


「まずは、この場所を拠点化してここに留まるか、それともここから動いて他に拠点にできる場所を探すか、だな。まぁ、これはそう難しく考えなくてもいい」


 ここには水がある。食料もある。

 移動をすればそれだけ魔物との遭遇率は上がるだろうし、今の所ここは安全だ。

 けれど……。


「……うん。動こう」


 理由はいくつかある。


 まず、ここには生活必需品がまったく無い。

 清潔を保つためにも、替えの衣服や石鹸なんかは絶対に必要となる。

 数日ならまだしも、長期間篭るのは無理だ。


 次に、これは若干贅沢な理由になるが、寝床。それも安心できる寝床だ。できればシャワーなんかもあるのが望ましい。

 ここにも仮眠室はあるが、簡易的なものだ。シャワーはないし、おまけに布団はカビ臭い。

 寝具の調達をしなければいけない。


 どの道、外の探索は必要になるのだ。


 それになにより。


「……つまらないからな」


 そう、つまらない。

 これが一番の理由だ。

 正直、先の二つの理由なんか瑣末事にすぎない。

 ここを拠点化し、篭るのも悪くない選択なのだろう。

 生活用品や寝具など、近くから取ってくればいい。

 魔物との戦闘なんて、この世界にいる以上避けて通れないだろう。早いか遅いかの違いだ。


 それでも。

 その選択は、とてもとてもつまらないものに思えた。


 僕以外の探索者が何人いるか知らないが、多くはこの悪夢から現実への帰還を目標にするのだろう。


 だが。


 僕は、違う。

 楽しみたいのだ。

 この非現実を。


 現実に帰るのは、その後でいい。

 究極的に言えば、帰れなくったっていいとさえ思っている。


 ならばどうすべきか。


「お出かけなんて柄じゃないんだけどな」


 探索者の名のとおり。

 探索しまくってやろうじゃないか。


 引きこもり気質の僕にしては、本当に珍しく。

 お出かけするのが楽しみだよ。


「とは言え、まだ魔物の一匹に遭遇すらしていないんだけどな。案外、泣きながら『もう帰してくれ~』なんて懇願する羽目になるかもね」


 そう思うと、クックッと笑いが込み上げてくる。

 現実を見限り。

 悪夢にさえ居場所が無かったならば。

 僕は一体どこへいけばいいのだろう。


 と。


 ガシャン、とガラスの割れる音が派手に響く。


「なんだ!?」


 急いで立ち上がり、備蓄倉庫から出るとそこにいたのは―。

 不自然にゆらゆらと揺れる、一人の人影だった。


 ガラス張りの玄関、その一枚が割れていた。

 人影は散らばったガラスを踏みつけながら、緩慢に、ゆらゆらと左右に揺れている。

 その姿はまるで。


「ゾンビ……?」


 どす黒く変色した肌、ボロボロの衣服。

 鼻と唇が存在しないのは、腐り落ちたのか。

 濁った黄色い目でこちらを見ながら、意味のないうめき声を上げているその様は、紛うことなきゾンビだった。


「いやいや。悪夢っていうか、ホラー映画じゃないか」


 ゾンビは、ゆっくりとした動作で徐々にこちらへ近づいてきている。


「ふぅん。まぁ、組し易そうな相手かな」


 相手の動きは鈍い。遠距離攻撃もおそらく無いだろう。それに1匹だけだ。むこうの射程に入る前に余裕を持ってこちらから叩ける。

 息を整えて、無限マシンガンの≪ダンス・マカーブル≫を構える。

 相手との距離は5メートル程。


 安全装置を外し、しっかりと足を踏ん張り、息を止め、標的を見据え――。

 引き金を引いた。


 けたたましく銃声が鳴り響く。

 不思議なくらい反動が少ない。

 穴だらけになりながら後ろに吹き飛ぶゾンビがやけにスローモーションに見えた。

 床に倒れたゾンビになおも銃撃を浴びせる。

 全身を満遍なく撃ち続けてから、引き金の指を離した。


「ふぅぅ……」


 止めていた呼吸を再開させると、じわりと額に汗がにじんでいるのがわかった。

 冷静に行動できたつもりだったが、緊張していたのだろう。

 


「再生とか、しないよな……?」


 もはやピクリとも動かないゾンビから、それでも注意を逸らさないでいると。

 ふわりと、ゾンビの体から無数の光の粒が昇ってきた。

 すると。

 ゾンビの体は、跡形もなく消え去った。


 どうやら魔物は倒すと光になって消えるらしい。

 もしくは、あのゾンビのみの特性かもしれないが。


 いずれにせよ。


、初戦闘は見事勝利だな」


 あまりにも一方的な。

 僕好みの勝利だった。




**********




 ?????のナイトメア☆ガゼット


 第6回 『魔物』


 現実世界において怪物や化け物と呼ばれる存在の、悪夢の世界での総称。

 現在確認されている中では各地の神話や伝承に登場するキャラクターに類似しているものが多いが、そうでないものもいる様子。


 今のところ、魔物って可愛くない奴ばっかりなのよ。もっと愛くるしいのはいないのかしら?

 ……え?可愛いのを見つけたらどうするかって? そんなの決まっているでしょう。

 

 物好きに高値で売るのよ。

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