剥片

いのちのおと

「私、人類は滅亡するべきだと思う」

 僕は、「ああ、また始まった」と思う。

「どうして?」

「どうしてって、みっちゃんにもわかってるでしょ。地球にとって人類ってゴミでゴキブリで、無銭飲食しちゃう悪い人みたいじゃん」

 じゃん、と言われても、僕には千紗がただ可愛い。

「人類がいなかったら、地球は平和。食物連鎖にうまーくはまって、バランスが保たれるのに、人類がそれをぶち壊して、ひとりでバカ喰いして、ところ構わず排泄して汚しまくってるの、わからない?」

「うーん」

 と、僕が首を傾げると、千紗はむきになる。

「だって、でしょ。どう考えても、どう思っても、あたしの中の結論は変わらない」

「そうかなあ」

「うん、もう」

 でも、と千紗は上目がちになる。

「みっちゃんの、そういうとこ好き」

 素肌をびたりと密着させて、お互いの鼓動を聞き合う。

 とく、とく、とく。

「だから、あたし、みっちゃんが好きなの。ずーっと好き。死ぬまで好き」

「僕もだよ」

 心から言った。誓いの儀式。指を絡めて、ゆびきりげんまん。切らずに絡めたまま、僕たちは地球の未来にダイブする。




「人類は滅亡しなければならない」

 千紗は、変わらない口調で言った。

「それが。なぜ、それがわからない」

 みっちゃんと、もう呼ばない。

「それは極論だよ、千紗子。わかっているはずだ」

「きみが足掻こうと、何も変わらない」

「知っている」

「ならば、なぜ」

 千紗はモニターの向こうで同じ問いを繰り返す。

「きみが、きみ達がどう足掻こうととも、もう計画は走り出している。ならば、これまでの罪業を背負い、粛々とその時を待てばいい」

「まるで宗教だね。きみという神を称え、罪を悔い、最後の審判を待つ。うん、きみらしくないけど」

 ああ、でもきみらしいかな。もう、どちらでもよいけれど。

「千紗、いましあわせかい?」

 返事を聞く前に、ロックが開いた。

 僕は、真っ暗な凍りついた空間へ吸い出されながら、自分のいのちの音を聞く。

 とく、とく、とく。

 そして、死にゆく地球へ──人類へ笑いかけた。




(了)



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