天使の骨

 〈孤独シュロン〉。


 骨だ。

 ショベルカーですくい上げた白砂が、グラスハープのような音をたてた。

 わたしは運転台から飛び降り、膝まで埋もれながら、墓標のように突き刺さるそれを掴んだ。

 白く、羽のように軽い。

 ヒトでいう大腿骨だろうか。華奢で強靭。なによりも大きい。人類の三倍はありそうだ。

 ──

 わたしは管理局へ連絡した。

 翌日、我が家の庭は大規模な発掘現場と化した。そうして結局、転居を余儀なくされた。



「ねえ、ダディ。〈天人シュロン〉って、天使様エンジェルとどう違うの?」

 アンジェラは、このブランコが大のお気に入りだ。吹き抜けのサンルームを、天井から長く長く伸びている。一日中飽きもせず、行ったり来たり。

「〈天人〉は、この星の原住民のことだ。だから、わたし達の天使様とは違うよ」

 娘は七歳。陽に弾く巻毛fairと、大気圏から宙を見上げたような青い瞳。彼女こそが、わたしの天使だ。

「でも、〈天人〉には翼があって、空を飛んでいたんでしょう。だったら、やっぱり天使様よ」

 陽を弾きながら、右から左へ揺れ続ける。

「そうだね」

「ダディ。本当は、そう思ってないでしょう」

 子供という生き物は鋭敏だ。ささやかな曖昧ささえ見抜いていく。アンジェラは幼い頃から、コミュニケーションよりも真理と議論を好んだ。

「嘘じゃないよ。不確定なだけだ」

情報dataが足りないってこと?」

「〈天人〉が滅びたのは、随分と前だからね」

「ならば、どうしていなくなったの?」

「さあ。わからない。自転速度が遅くなって重力が変わったとか、流星が地上に落ちたとか、わたし達のようにほかの惑星へ移住したのだという学者もいるよ」

 発見された遺構はわずかだ。

 眠りについた母なる星地球から移住して八十年あまり。ヘブンと呼ぶこの第三惑星は、いまだ開発のただ中にある。

 〈天人彼ら〉がどこに住んでいたのか。どのような暮らしを送っていたのか。

 わずかな手がかりから導きだれた推論は、想像と言ってよいほど曖昧だ。

 最大の発見は、移住直後に見出された「完璧な骨」だろう。砂漠のただなかにある広大なオアシス(わたしたちは天使の穴エンジェル・ホールと名付けた)から出土した。渾々と湧き出る透明な水底から指先がのぞき、全身は白い珪素の砂中に横たわっていた。天へ向かって祈るように両手を合わせ、その姿のまま永遠の眠りについていた。

 文化調査隊は、付近一帯を調査した。

 しかし、〈彼〉以外はなにも見つからなかった。

 〈彼〉はこの惑星ヘブンの原住民と断定され、いまは中央都市シティの博物館に展示されている。

 復元像ホロの〈彼〉は、人類の約二倍の背丈。骨張った頭部、広い肩。さらに肩甲骨からは、その巨体を支えて翔ぶにふさわしい一対の羽があった。

 奇妙な、美しいだ。

 その後、同じような飛翔骨を持つ〈天獣〉、我々の想像を超える大きさの植物らが、白く脆い化石となって発見された。

「ダディ、見て!」

 宙へ跳ぶ。ブランコから飛び出し、くるりと一回転。着地をして手を叩く。まるでスローモーションを見ているかのように、その軌跡が視界に残光を残す。

 私はしかめっ面になる。何度注意しても、アンジェラは飛ぶ。

「危ないっていっただろう」

「大丈夫、ダディ。ちゃんと

 娘の頭上三十センチ、ブランコはものすごい勢いで振り切った。



 それからほどなくして、わたしはまた〈天人彼ら〉を掘り当てた。

 私だけではなかった。あの頃を境に、惑星ヘブン全土で〈天人〉発見が相次いだ。

 吉報は惑星を駆けめぐり、昨日も極北で一体見つかったという。

 わたしは地図データマップにピンを立てている。赤い小さなピン矢印だ。ニュース動画を眺めながら方角を定め、さらにピンを立てる。

 空間一杯に広げると、幾千幾万ものピンはすべて同じ方向を向き、その先には広大な砂漠地帯。そして、「天使の穴エンジェル・ホール」。

 「母なる第二の星」Heavenへ降り立った私たちの父祖は、〈天使の穴〉を生活用水とした。できうる限り「水」に近づけ、浄化し──飲んだ。

「ダディ!」

 宙を跳ぶ。陽に向かって手足を伸ばす。天井から、娘の笑い声がふりそそぐ。


 羽ばたきが頬に触れた。












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