昊の滴
滴の涙
「ほら、見て」
壁の向こうを、わたしは指さす。漆黒の海に目を凝らせば、小さな光点が無数に見える、はず。
わたしはあなたへ寄り添いながら、まだ見ぬ星を指さした。
「あのあたり。やっと戻ってきた。わたしたちが
まあるい
蒼く満々と滴に満ちた星。海に浮かぶ唯一無二のしずく。光さえ吸い込むこの孤独の海の、ただ一つの憩いの地、たぶん。
「あれは火に灼かれる星。あれは砂漠の星。あれは凍りつく静寂の海の星。あれは砕けた衛星を
もうじき、また
わたしは毎回記録し続ける。そして、何度も再生する。
つぶさに観察する。記録する。繰り返す。
水蒸気が大気層をおおいつくす。多層な色だ。自転極へ向かう渦の下に、嵐が吹き荒ぶ。出会うたびに変化していく水と大地の境。
わたしは近づく。はやる思いを抑えながらさらに。近づく。目を凝らす。
奇妙ないきもの。かたちは不均一で変化に富む。いずれは淘汰されて進化と呼ばれるのだろう。
進化とは分岐。思惑のない選択。意図もない偶然の巡り合わせ、たぶん。
わたしは記録を切り刻む。作業に没頭する。
その一瞬、あなたのことを忘れていられる。
ああ、あなたはわたしを満たすもの。膨れ上がって弾けそうになるぐらいに。
「ほら、見て。あともう少しでまたあの星に会える」
もうじき
「ほら、見て、あなた」
わたしは囁く。白い、脆い、乾ききったあなたへ。
伸ばせない手を伸ばし、抱けないあなたを懐かしむ。
「わたしたちだけ」
ふたりだけで海を往く。ふたりで泳ぐ。
あなたが動けなくなっても、あなたが砂になっても、わたしはあなたといつも一緒。あなたから離れることはない。どこへ行くというのか。まあるく閉じたこの世界で、あなたが唯一の港であったのに。あなたから離れない。あなたとともに巡り続ける。いつまでも、いつまでも。あなたさえいれば、この冷たい海でも生きていける、たぶん。
こんなはずではなかったのに。
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