最終話 竜がいた異世界にて

 かくして人と竜の戦いは終わりを告げた。人の勝利という形で。それが、この世界の人たちになにをもたらすのかはわからない。それを判断するのは、後世に生きる者たちであろう。なにより、異世界人である自分は、もうこれ以上この異世界に関わるべきではないのだ。ここは、勝利を勝ち取った彼らが生きる世界なのだから――



 カルラからほど近い場所にある小高い丘で、竜夫は復興の真っ最中の町をぼーっと見下ろしていた。少なくとも、発掘者たちの町の未来は明るいように見えた。強大な竜たちに屈することなく戦った住人たちだ。よほどのことがあっても持ちこたえるに決まっている。それぐらい、彼らは強い。それは前線にいたティガーたち以外の人々も同じだ。前よりもさらに活気にあふれた町になってくれるだろう。


 とはいっても、この国が立たされている状況は厳しい。『棺』が浮上した結果、帝都は完全に崩壊し、第二の都市であるローゲリウスは炎で焼かれ、氷に呑まれた状況のままだ。その影響は間違いなく後を引くことになるだろう。


 でもそれは、この世界の人々の問題だ。異世界の住人でしかない自分はもう関わるべきではない。勝利を勝ち取った人々を信じよう。それ以外に、できることなどない――


「……ところであんた、黙ってないでそろそろ出てきたらどうなんだ? もう全部終わったんだ。死んだふりをする理由もないだろう?」


 竜夫がそう言うと、どこからともなく『なんじゃ、気づいておったのか』と声が響いてきた。


 それは、この異世界ではじめて言葉を交わした相手である最後の竜だ。この世界で生き抜くための力ときっかけと与えてくれた存在。


「まあな。僕に力をくれたときに死んだみたいな感じをしてたから黙ってたけどさ。普通に力を貸してくれてもよかったんじゃないか?」


『確かにそうじゃが――ああいう風に言っておいて、実は生きてましたってなんか恥ずかしいじゃろ。ほら、それにわしだって何度かそれっぽい感じに助けてやったし』


「……確かにそうだけどさ」


 もっと直接的でもよかったんじゃないかとも思ったが、わざわざ言うようなことでもないような気がして、竜夫はその言葉を飲み込んだ。


『それにしてもおぬし、だいぶ変わったのう。まあ、あれだけのことがあって変わらぬほうがどうかしているが。いまのおぬしも、それはそれで悪くない』


「見えるのか?」


『いまのわしはおぬしの目を通して外部を認識しておるから、直接的に見ることはできんが――一番近いところにいるからなんかわかるんじゃよ。おぬしだって、鏡がないところでもいま自分がどういう表情をしているかなんとなくわかるじゃろ。あれみたいなものだ』


「……そういうものか。まあいいや。ところで――」


 竜夫は最後の竜に対して「あんたはこれでよかったのか?」とそう問いかけた。


『どうだろうな。わしはとっくの昔に滅んだ我らが人の世を簒奪するのは正しくないと思っただけじゃ。いいか悪いかを判断する立場にはない。それについては、わしもおぬしも口を出す問題ではなかろう。そんなものは、後の者たちが考えるべきじゃ』


 異世界人と竜。どちらもこの異世界に関わるべきものではない存在だ。


『おぬしのほうこそ、どうするつもりじゃ? この世界で隠遁生活をするつもりでもないのだろう?』


「僕だけならそれでもよかったんだけど――そうじゃないから、帰るつもりだよ。『棺』の残骸を使えば、戻るだけの力は得られそうだし。それをやるときは、あんたにも手伝ってほしいところだけど」


『いいぞ。おぬしに引っ付いている亡霊のようなものでもいいのならな。わしも、おぬしがいた世界がどんなものか見てみたいし。年甲斐もなく気分が上がってくるのう』


 最後の竜は楽しそうな声を響かせる。意外というか、こちらが思っている以上に愉快な奴なのかもしれなかった。


「もう一つあるんだが、あんたって女だったんだな。いや、メスっていったほうがいいのか?」


『どっちでもいいぞ。たいして変わらんし。これでも若い頃はブイブイ言わせてたもんじゃ。というか、言ってなかったっけ?』


「言ってねえよ。まあ、言うような状況でもなかったから、そんなに気にしてないけど」


 最後の竜がジジイだろうがババアだろうがさして変わりはない。そんなもの、些細な問題だ。


「とりあえず、いまは少しだけゆっくりして、どうするかはこれから考えることにするよ。まだ準備は必要になるだろうし」


 そう言ったところで背後から声が聞こえる。孤児院の子供たちだ。その呼びかけに竜夫は振り返り、子供たちのほうへと向かっていった。



                          竜がいた異世界にて(完)

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竜がいた異世界にて ‐無意味に異世界召喚された僕は最後の竜の力を得てもとの世界に戻るために抗い続ける ‐ あかさや @aksyaksy8870

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