第448話 竜の最期
大成の持つ大剣から、すべての呑み込む呪いの奔流が放たれる。それはもはや、竜であろうとなかろうといかなるものの存在を許さない。少しでも触れれば、その命を散らすことになるだろう。それだけの力を誇っていた。
だが、すべての竜がそれにただ呑み込まれるはずもない。自身に向かって放たれた力と同等レベルの力を放出し、それを相殺。正と負の力がぶつかり合ったことで対消滅を起こし、より大きなエネルギーの奔流を生み出した。
その余波を受けても、大成は止まることなくすべての竜への接近を試みる。すさまじい力の残滓に身体が焼かれるが、もはやこちらはその命を燃やしている身だ。この程度で止まれるはずもなかった。この身に残されている時間は、決して多くないのだから。
止まらぬのはすべての竜も同じであった。奴にとって脅威なのはこちらだけなのだ。それさえどうにかできればどうとでもなるのである。倒しにかかるのは当然であろう。
力の残滓が渦巻く中で、大成とすべての竜が衝突する。呪いに満ちた血の刃と圧倒的なエネルギーを保有する槌のぶつかり合い。もうすでにそれは武器のぶつかり合いという範疇を超えていた。ぶつかり合うたびに、周囲に破滅的なエネルギーがまき散らされる。
身体が軋む。命を担保に進み続けていたこの身体も限界が訪れつつあるようであった。終わりは近いところにある。それはきっと、目に見え、手も届く距離であろう。
それでもなお、大成は止まらない。それどころか、さらなる力を求めて加速を続けていく。ほんのわずか、一瞬だけでもいい。奴を上回ることができれば――
自身が持てるすべてを賭けて望んでも、すべての竜を超えることはまだ叶わない。すべての竜はこちらにはっきりとした脅威を感じつつも、的確に誤ることなく対処をし続けている。そこに、わずかな隙もない。これだけ圧倒的な力を持ちながら、わずかな隙すら見せないのはまさしくあらゆるすべてを超えた敵であるとしかいいようがなかった。
どうにかして、いまの奴を崩しうるなにかを見つけなければ。このまま命を燃やし続けても恐らく打開は難しい。ただひたすらに自身を燃やしながら追いすがってくるだけでは、決定的な隙を作ってくれるとは思えなかった。
嫌な状況だ。いまの自分があとどれくらい保つかもわからない状況で、決定的ななにかを作り出せないというのはなによりも厳しい。
せっかく格好つけてあれだけのことを言ったというのに。やはり、持たざる者に過ぎなかったのか――
『諦めるな』
ブラドーの言葉が響く。
『自分を信じろ。俺を信じろ。そして――』
わずかな間を置き――
『お前とともに戦った、あの男を信じろ。ここまでやってきた俺たちを信じるんだ。俺たちに、できないことなんてないとな』
ブラドーは、はっきりと強くそう言い切った。一切根拠もなくそう言い切った彼らしくない言葉であると同時に、彼らしくもある言葉であった。
『……そうだな。まず俺が信じなきゃ始まらない。こんなところで、弱気になってなんれいられないよな』
なにもかも根拠なんてないに等しいのに、生まれつつあった弱気が消え、晴れやかな気持ちとなる。
多少敵が強いからといって、なんだというのだ。そんなことよりも、果たすべき大事な約束があるのだから、こんなところで負けている余裕などあるはずもない。持たざる者に、そのような余裕などどこにもないのだから――
「死に損ないめ! まだ抵抗するつもりか?」
すべての竜がその言葉に激昂を覗かせる。恐らく向こうも、こちらを倒し切れないことに対し、それなりの怒りを抱いているのだろう。
その状況は悪くない。怒り、冷静さを失くしてくれればそれだけこちらが有利となる。
こちらは、できる限り最善を尽くすだけだ。ひたすらに命を燃やし続け、奴に対抗しうる力を出し続け、機会を図る。こちらの予想通りであれば、間違いなくそれは訪れてくれるはずなのだ――
問題は、その時が訪れるまでこちらが保つかであるが――どうにかするしかないだろう。持てるすべてを賭けているこの身体はもはやどうにでもなる。それだけのことができるように、持たざる者なりにそのすべてを賭けているのだから。
すべての竜は槌を振るい、こちらに対し力の波を解き放つ。それは、その瞬間を目にしただけで、欠片も残さないほど軌道上にあるものを焼き切るものであった。
しかし、この程度の攻撃などいまのこちらにとってはたいしたものではない。強く踏み込んで周囲に力を放ち、押し寄せてくる力の波を弾き飛ばした。
弾き飛ばすと同時に大成は飛び上がる。すべての竜の上を取り、空を蹴り込んで強襲をかけた。それはまさしく、暗黒の流星ともいうべきもの。わずかに触れただけで、そのすべてを呪い殺すだけの力に満ちている。力の限り、呪いに満ちた大剣を叩き落とす。
すべての竜は上から襲い来るそれを軽やかな動きで回避。すべての竜という超常の存在の中でも頂点に立つものであっても、それを受けるのは危険であると判断したのであろう。圧倒的な力を持ち、敵に対して並々ならぬ怒りを抱きながらも、しっかりと冷静さを保っているのはさすがとしか言いようのないものであった。
攻撃を回避されても、大成は止まらない。回避して距離を取ったすべての竜を追撃。それは、自分の身体がどうなっても構わないからこそできる追撃であった。無理矢理な加速と方向転換によってその身体が悲鳴を上げるが、そもそも命という最大のものを賭けているのだ。どれだけ身体が危険信号を発したところで、なにも意味はない。なにより、その程度のことで間違いなく訪れるはずの機会を逃すことのほうがあってはならないことだ。それが訪れるのは間違いなく、一度きりなのだから。
大成の大剣とすべての竜の槌がぶつかり合う。圧倒的な力を周囲にばら撒きながら、両者ともに退くことはまったくない。この期に及んでもなお互角の戦いが続いていた。
五度目の衝突をするところで、すべての竜がこちらの攻撃を透かしつつ距離を取る。それは、わずかなものが勝負を決めるいまの状況において、決定的なものとなり得るもの。
「終わりだ、異邦人!」
完璧なタイミングでこちらに近づいてくるのが見える。その瞬間、流れる時間がゆっくりとなった。間違いなくそれを受けることになるだろうという確信を抱かせる。もしこれを何者かが見ていたら、勝負は決まったと思ったことだろう。
「……な」
すべての竜は驚愕の声を上げ、そのまま振り切れば勝負を決していたはずの一撃を止めていた。
「……俺たちの勝ちだ」
大成は不可解に動きを止めていたすべての竜に大剣を突き立てる。鉄塊のごとき巨大な刃はすべての竜の胸を貫いて――
大剣に込められていた力を一気に解き放つ。
その力によって、すべての上半身は一切の欠片も残すことなく消滅し――
残っていた下半身もほどなくして消え去った。その力は、もうどこにも残っていなかった。完膚なきまでの消滅。それを確信できたところで――
「あんたがやってくれたおかげで、こっちもなんとかなった、か」
もう一体のすべての竜は竜夫と戦っていたはずだ。奴らは、なんらかの形で繋がっていることは間違いない。であれば、どちらかが消滅すれば、なにかしら隙が生まれ出るのは然るべきである。いつそれが来てもいいように機会を窺っていたが、なんとかなったようだ。
「……まだ、休むには早いか」
こちらの目的はあくまでも『棺』の破壊だ。これをしっかりとやっておかなくては、安心して死ぬこともできない。
『これが、最期の仕事か』
『そうだな。クソみたいな人生だったが――存外に、悪くはなかった』
『奇遇だな、俺もだ』
大成とブラドーは、己に残されていたすべてをその剣に乗せ、『棺』向かって振り下ろした。
突如『棺』が大きく脈動し、行く手を遮っていた障壁が消失する。それを見た竜夫は、大成がやってくれたのだということを確信する。
大きく脈動した『棺』はゆっくりと地に落ちていく。このまま一緒に落ちていく理由などどこにもない。竜夫は竜と化して再び飛び上がる。
ゆっくりと落ちていく『棺』はどこか悲しげなものが感じられた。すべてが終わったというのに、充実感はあまりない。なにより――
『棺』が落ち始めると同時に、大成との繋がりが消えたことをはっきりと認識できてしまったからだ。彼は文字通り、そのすべてを賭けて『棺』を破壊した。
最期の瞬間、彼がなにをどう思っていたのかはわからない。なにをどう思っていたのだとしても、彼がこちらを生かしてくれたことに変わりなかった。
「……行こう」
竜夫はそう言い残して、落ちていく『棺』に背を向け、帰るべき場所へと飛び立った。
終わりは唐突に訪れた。つい数秒まで、ひたすらにこちらに向かってきた影の軍勢が急に動きを止め、一挙に溶けるように消滅していったのだ。
それは、『棺』へと向かっていった二人の青年たちが勝利したことを意味する。
その空を支配するかのように浮かんでいた『棺』がゆっくりとい地に落ちていく。
影の軍勢と戦っていたすべての者はただ空を眺めていた。突如、終わりが訪れたことで、まだ誰も状況を呑み込めなかったのだろう。
復活を果たさんとしていた竜たちは滅び、地に墜ちた。
それが、本当によかったのかは誰にもわからないけれど、人が竜に打ち勝ったことだけは間違いなかった。
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