哀しさもせつなさも、自身の記憶として、重ねていけることは幸せなのだろう

 稀代の人形師がいた。
 彼の制作する人形は、その瞳に命を宿らせているかのような、その白い肌に血が通っているかのような、精巧で緻密で美麗なものだった。

 季刊誌にも取り上げられ、これからの栄誉が約束されはじめた時、不慮の事故に遭う。
 我が子のような人形を庇い、自身が深傷を負っていたのだ。それは、退院した後から少しずつ、人形師の記憶を蝕み奪いはじめた。


 不思議な世界観を構築した物語である。
 人形を語る色は美しく、弟子が語りかける言葉は、優しいだけでなく、慈愛に満ちている。
 しかし、人形師は、突然その記憶を閉ざし、己自身が人形と化してしまったかのようだ。刻を同じくして、我が身を犠牲にしてまで護りぬいた天使が、姿を消した。

 何故、彼は、記憶を閉ざしたのか? 天使は、何処へ消えたのか? 残された弟子は?
 誰しも、こころに弱さを持つこともあるだろう。この人形師は、そこで、負けてしまうのか? すべてを受け入れられるのか?

 それでもわたしは、ラストシーンに小さな明るい灯を見た気がする……。

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