稀代の人形師がいた。
彼の制作する人形は、その瞳に命を宿らせているかのような、その白い肌に血が通っているかのような、精巧で緻密で美麗なものだった。
季刊誌にも取り上げられ、これからの栄誉が約束されはじめた時、不慮の事故に遭う。
我が子のような人形を庇い、自身が深傷を負っていたのだ。それは、退院した後から少しずつ、人形師の記憶を蝕み奪いはじめた。
不思議な世界観を構築した物語である。
人形を語る色は美しく、弟子が語りかける言葉は、優しいだけでなく、慈愛に満ちている。
しかし、人形師は、突然その記憶を閉ざし、己自身が人形と化してしまったかのようだ。刻を同じくして、我が身を犠牲にしてまで護りぬいた天使が、姿を消した。
何故、彼は、記憶を閉ざしたのか? 天使は、何処へ消えたのか? 残された弟子は?
誰しも、こころに弱さを持つこともあるだろう。この人形師は、そこで、負けてしまうのか? すべてを受け入れられるのか?
それでもわたしは、ラストシーンに小さな明るい灯を見た気がする……。
主人公は人形師として、順風満帆の日々を過ごしていた。しかしある日、地震が主人公を襲った。主人公は咄嗟に自分の人形をかばって、脳に怪我を負った。
その日から、愛弟子との会話がかみ合わなくなり、雑誌は同じところを繰り返し読むようになった。何かが、おかしい。そう感じた主人公は、誰にも相談することなく、病院を訪れる。すると、主人公の脳に、ある病が巣くっていることが判明する。主人公は焦った。
人形にあることを移植することで、その病から逃れようとしたが、人形は逃げてどこかへと行ってしまう。それからは、弟子に看病される日々が続いた。
人形師であった主人公が、まるで生ける人形と化している。それは何とも皮肉な状態であった。しかし、逃げ出したはずの人形が帰ってきた。あるものを移植されても、自分を保ったまま。
主人公は思う。強くなりたい、と。
愛と記憶と、生きる希望の物語。
是非、御一読下さい。
まるで魂が宿ったような美しい人形を生み出す、稀有な才能を持った青年。
彼はある事故で、脳に後遺症を抱えることになった。次第に記憶が消えていく、重い障害を。
——これは、そんな逃れられない残酷な運命に向き合う青年の物語です。
絶望の淵に立つ。それは人生の中で、免れることのできない悲しみかもしれません。
青年の辿った道のりは、まさに人間が絶望を乗り越える経過そのものだったのではないかと思います。
闇に直面し、暫くはそれに向き合うことができず、恐れ、逃げて……
けれど、絶望の中にやがて光を見つけ、逃げることをやめて手を伸ばす。
——愛する人々に支えられて。
物語の最後の一文は、全ての人間が絶望や悲しみから救われる唯一の方法なのではいか……そんな気がしました。
雨の降る厚い雲間からやがて穏やかな光が差し込むような、静かな感動が胸に満ちる物語です。