天才技師と白銀の君

「すっげえ、うわあ……」

 

 地下の工房に案内された亮介はあちこちに雑に転がされた自動人形オートマタの腕や足、その他、得体のしれないチューブに繋がれたタンクに目を輝かせた。


「君もよほど好きだと見えるな」

「ええ、祖父はカラクリ人形師でした、よく工房に潜り込んで遊んでたんですよ」


 上半身だけが天井から吊るされた自動人形オートマタの目が亮介を追う。


「タカシナ……タカシナ……ひょっとしてスイウン・タカシナの縁者かね」

翠雲すいうんは祖父の雅号がごうですね、雅号、えーと、ニックネームというか」

「そうか、父のコレクションにあったあの人形を作ったのは、君の祖父か」


 こんなところで妙な話になるものだと、亮介は頭をかいた。


「人形がどれだけ人に近づけるかを追い求めて、周りからは変人扱いでしたが」

「変人か、結構結構、大いに結構だ」


 手を叩いて笑うと、マイケルが足を止めてガラクタの山を見上げる。


「実を言うとあの執事のブラウン、原理は君の祖父にインスパイアされたものなのだよ」

「……そういや、口寄せの巫女とか呼んでた時期があったけど、爺さんそんなことしてたのか」


 魂の入った人形を作るのだと、死の間際まで言い続けていた祖父は、周りからボケ老人扱いされながら亡くなったが、あながちボケていたわけでもないらしい。


「精製度の高い生命源マナされ用意できれば、君の祖父の人形はハルという女性の魂を宿すことができることまでは確認済みだ、降霊術式は大いに参考になった」

「ハル? ハルって……死んだうちの婆さんじゃねえか、なにやってんだあの爺……」


 確かに見ていて恥ずかしくなるくらい仲が良かったが、そこまで行くとちょっと爺さんをけとばしてやりたい気持ちになる。


「愛ゆえにだろうな。なにより凄いのは、彼の作った霊魂受信機ソウル・レシーバは、血縁者の生命源マナでなくてもちゃんと駆動するということだ、永遠の命まであともう一歩まで彼の発明はたどり着いていたといっていい」

「っていうか、その……うちの婆さんの依代よりしろ、マイケルさんが買ったんですか?」

「ああ、私の父が八洲へ旅行した際に、古物商から手に入れたとか何とかで、ルドウィックの研究室にまだあるはずだが」


 爺さん、そこまでして婆さんに会いたかったのかよ……どんだけだよ。あと、誰だよ婆さんの依代とか売っちゃダメだろ……。思いながら亮介はうなずく。


「もっとも、当時の八洲の工業技術では、自動人形オートマタを作ることが叶わなかったようだが、あれは美しい人形だ。愛に溢れている、誇っていい、私が保証しよう」


 話しながら、マイケルはどんどんと奥へと進んでいく。奥に行けば行くほど、ぞんざいに積まれている部品の精度が、どんどん高くなっているのが亮介の目にもわかる。

 どうやら、屋敷の広さにまかせてどんどん奥へ行きながら人形を作り続けた結果が、この人の一部を模したパーツの山ということのようだ。


「さあ、これが現在の私の最高傑作、『銀の君』シルヴィだ」


 揺りかごクレードルに横たえられた自動人形オートマタを見て涼介は「ほう」とため息を付いた、第一印象は雪の妖精だ。真っ白なドレスに銀色の髪。まったく機械を感じさせない……艷やかで……だが人とは明らかに違う何か。


「なんかこう……」

「どうだね? 感想は?」

「すごすぎて、なにがどうなって、こうなっているのかわからないです」


 ぽかん、と口を開けて見惚れる亮介の背を、マイケルがバシバシと叩く。


「そうだろう? こいつはすごいぞ? 今までの自動人形オートマタとは一線を画す、すばらしい作品だ!」

「ゲホゲホ……」

「ああ、すまないつい興奮してしまった」


 どちらかというと冷たい感じの人間かと思ったが、こと自動人形オートマタの事となるとまたちがうらしい。照れくさそうな顔で頭をかくマイケルを見ながら、亮介はそう思う。


「そして、君たちが持ってきた特別性の合成生命源シンセ・マナ、それこそが彼女の燃料だ」

「燃料? ええ!?」


 流石にちょっと普通ではない、亮介はそう思って手を挙げる。


「マイケルさん、質問があるんですが?」

「どうぞ」

「普通、自動人形オートマタは蒸気シリンダ駆動ですよね?」

「ああ、そのタイプは液化石炭を使っているので、排気の面で家の中で使うには不向きだ。アルコール燃料を使うものも試作されいるが、こんどは費用面で問題がある」


 初登校の日、蒸気路面車スチームトラムで見かけた機関士は蒸気駆動だった。あれはたしか機関車の蒸気を分けてもらっていたはずだ……。いずれにしろ、各部を駆動させるには蒸気が必要だ。『ヤカン人形』と自動人形オートマタが呼ばれる所以である。


「チリヤーは高圧空気で動いてました、あれは屋内だといつでも揺りかごクレードルで充填できるから……ですよね?」

「うん、そのとおりだ、なかなかにいい推察だ」


 愉快そうな顔をして、マイケルが楽しそうに鼻をひくつかせる。


「メイソンさんの機械義手は合成生命源シンセ・マナが使われていますけど、アレは神経からの信号を増幅して、歯車止めラッチを外すのが精一杯で動力はやっぱりゼンマイ……」


 うむうむ、とうなずきながらマイケルが自動人形が横たわる揺りかごクレードルに近寄ると、瀟洒なベッドを模した揺りかごクレードルの枕元につけられた小さなノブを回した。


「そうだ、基本的に自動人形オートマタはなんらかの動力を必要とする」


 バネじかけでパカリと蓋があくと、枕元に缶と同じ大きさの穴が現れる。


「その缶の中身は義手を五年動かせる量の合成生命源シンセ・マナだと聞いてます、でも蒸気や高圧空気みたいな力がだせるものですか?」


 神経は電気として伝わるから電気仕掛け? いや、きっとそれもちがうだろう。


「もちろんさ、そう作ったのだから。もっとも材料の調達・・・・・には随分と苦労したがね」


 ズッ、っと金属が触れ合う重い音とともに、マイケルが手にした缶が枕元の穴に吸い込まれてゆく。収まった途端、シュッっとガスが漏れたような音がした。


「……うぇ、主さま、ダメ、やなにおい」


 耳元で上着の襟を飾る毛皮に化けた茜がささやく。


「しっ!」


 いいながら、亮介は揺りかごクレードルを見つめたまま襟元のもふもふを撫でる。


「むぅ」


 不満そうな茜のつぶやきをよそに、缶が寸分たがわずピタリと収まる。マイケルは、『銀の君』シルヴィに夢中でこのやりとりには気が付かなかったようだ。


「シルヴィの動力は、マナで動くポンプだ、そいつで水銀を各部に送り込む」

「マナで動くポンプ? 凄い! まるで心臓ですね」

「ああ、そのとおりだ、さすがタカシナの一族だな、飲み込みが早い」


 背を向けたままのマイケルの声が、一瞬うわずった。興奮に頬を紅潮させた彼もまた、祖父と同じく何かを求める者なのだろうか……。亮介はいまだピクリとも動かない純白の妖精を見ながらそう思う。


「さて、起動は明日の朝になるだろう、設計通りなら十二時間駆動するのに六時間のマナの補給が必要になる」


 内ポケットから銀無垢の懐中時計を出し、時間を確認したマイケルがこちらを振り返る。


「あの缶でどれくらい動けるんです?」

「何をさせるかによるが、メイドのマネごとならまあ半年といったところか」


 六時間睡眠のメイドさん、ね……。


「高いんですかね、あの缶」

「安くはないだろう、まあ中身はシュリー嬢の手配だ、値段は預かりしらんよ」


 ミルドレッド先輩と出会ったハーディング家の屋敷を見る限り、あの缶一つが幾らするのかというのは想像にかたくないし、シュリーも驚くほど気軽に大金を使う。酔狂なものだ。


「さて、起動は明日の朝にして、夕食にしようじゃないか、ブラウンの作る鳩の料理はなかなかのものだ、期待するといい」


 ついてくるのが当然といった態度で、マイケルがもと来た道を戻ってゆく。


「……鳩? 主さま、鳩っておいしいの?」

「さて、食ったことないからな」


 狐のおまえが食べたことがないのに、人間の俺がしるものか。おしゃべりな毛皮を黙らせようと、亮介は声がするのが頭なら、シッポはこのあたりだろうと見当をつけ、人差し指をツツツと走らせた。


「ひゃんっつ」


 襟巻きが小さな嬌声きょうせいをあげる、なんだか首元が少しばかり温かくなった気がするが、きっと気のせいだ、文句クレームは受け付けない。


     §


「さてさて、腹はいっぱいだ。それにこの本と資料。マイケルさんいい人だな」


 案内された客間で、亮介はテーブルの上に置かれた『自動人形オートマタの基礎工学全集』を眺めてホクホクしていた。

 ホールの本棚に並んでいたものを眺めていたところ、「ほしいなら持っていきたまえ、私にはもう必要ない時代遅れの代物だ」と、マイケルがくれたものだ。


「主さま、主さま、それはなあに」


 ふわりとそよ風がふいて、亮介の後ろから茜がひょこりと顔を出す。人のなりをしているが、耳と尻尾が生えているのは油断しているのかなんなのか。


「これは、自動人形オートマタの作り方が書いてある本、しかも去年版、この十冊でそうだな、俺たちの三ヶ月分の食費と家賃くらいする」


「へぇ」


 興味なさげに返事をしてから、ズルズルと椅子をひっぱってくると、茜が亮介の隣に腰掛ける。


「あと、この図面……ええ!?」


 大きなバインダーをテーブルに広げた亮介は目を丸くした。高圧空気で作動する自動人形オートマタの基礎図面と整備手順書マニュアルがそこにあった。売ればそれなりの金になる、そういう技術のはずだ。


「やっぱ、爺さんの同類か」


 腕のいい機械技師だったが、金儲けは本当に下手くそだった。なにせ発明するのは好きだが、それを金に変えることにはまったく興味がないのだ。


「主さま、主さま」

「ん? ああ、そのサンドイッチはおまえのだから食べていいぞ」

「うん、ありがと。でもちょっと違うの、聞いて欲しいの」


 いつになく真面目な顔の茜に、亮介はバインダーを閉じて目を上げる。


「どうした? 具合でもわるいかのか?」

「あの白い人形の缶、あれはなんだか良くない匂いがしたよ」

「良くない?」

「うん、良くないもの。あれは何でできているか、主さまは知ってる?」


 耳がひょこりと動くと、目尻に赤いアイラインを引いた金色の瞳が縦に細くなる。


「いや……」


 首を横に振りながら、亮介はあの缶を引き取りに行ったときに、ミルドレッドの言った言葉を思い返す。

『魚や鶏を原料に作られる一般の|合成生命源シンセ・マナと違って、特別な物』たしかそんな話だった。


「特別製だってことしか聞いてないな」


 亮介の答えに眉をひそめ、茜が天井を見上げた。


「じゃあいいの、きっと気のせい。これは食べてもいい?」

「ああ、おまえの分だ」


 夜食にと言って、残った鳩のパテをパンに挟んでもらっておいたものを、茜が嬉しそうにぱくつくのを見ながら、亮介は再び図面を開いて眺め始める。


「おいしいの」

「そうか、本にこぼすなよ」

「気をつける」


 図面に夢中になった亮介が、夜半を知らせる時計の音でわれに帰った時、大きなベッドの上で茜が寒そうに丸くなって眠っていた。


「ほら、風邪をひくぞ、俺も寝るか」

「主さま、おかわり……」


 どんな寝言だよと、苦笑いしながら亮介は毛布をかけてやると、隣に潜り込んだ。

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歯車都市の電子妖精 ~ダンス・インザ・ギアリングシティ~ 尾野灯 @Nukogensan

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