機械メイドと機械バカ
「うわーでっけえなおい」
「すごいねえ、立派なお屋敷だねえ」
ルドウィック市中心の広場を東に折れて橋を渡り、旧市街のイーストサイド、駅のほど近くにメノン邸はあった。
亮介の実家もそれなりの商家だが、三階建の石造りに青い屋根、おまけに噴水まであると来ては、八洲でかないそうなのは大名上がりの貴族の屋敷といったところだ。
「なんとか間に合ったな」
「そんなに時間にうるさいのかい? あの姫さん」
「お嬢様でたのむ、いろいろあってな」
大きな身体の割に、やけに身軽な動作で飛び降りながらメイソンが言う。
「りょーかい、で?」
「ヴェンガヴィル人は時間にはだいぶんとルーズだ、正直、むこうだと半日そこいらズレてもうるさくない。だが、それを理由に国をバカにされるのが我慢ならない……そうだ。」
なるほどな、と思いながら亮介も飛び降りた。学院には色々な人種が留学してきてはいるが、確かにアルスター人以外は一段低くみられるような所がある。
亮介などは、とんと気にしない
「どうぞ、レディ」
「アリガト」
メイソンにドアを開けてもらい、たどたどしいアルスター語で礼を言う茜に亮介は微笑む。三百年も生きてきた彼女に、この景色はどう見えるのだろう。
「そうだ、リョウ。一つ親切心で言っておく」
「ん?」
「彼女の私事には首を突っ込むな、面倒ごとになる」
それだけ言ってメイソンが車に乗り込んだ。何のことやらと思いながら、挙手の礼をする亮介に左の義手を上げて答礼し、メイソンは屋敷の裏手へ去って行く。
そんな亮介たちと目が合った庭師が義手の右腕に直接取りつけた植木ばさみを止めると、自前の左手で帽子を取って会釈する。傷痍軍人でもやとっているのか? 怪訝におもいつつ亮介もピョコリと頭を下げた。
「主さま、運転手さんはなんて?」
「あまり首をつっこむな、だとさ、何のことだろうな」
「ふむん。色々首をつっこんだ方が楽しいのにね」
茜が悪戯っぽく笑い、亮介の左腕に自分の右腕を絡める。
「お前がいうと、厄介事の匂いがして仕方ないのはなんでだろう」
「ふんだ、主さまのいじわる」
茜とじゃれ合いながらドアに近づいた時、中から出てきたインバネスコートの男にぶつかりそうになった。
「おっと、すまない。少年」
「いえ、こちらこそ」
――ルドウィック
ひょろりとしたコートの男に続いて、二人の制服警官が出てくるのを見てリョウスケは困惑する。アルスター人の義手の運転手に義足の門衛、それに
「よく来きてくれました、リョウスケ・タカナシ」
「お招き頂いて光栄です姫様」
ヴェンガヴィル人の執事に連れられて通された客間で待っていると、程なくしてシェリーがやってきた。アンシェにエスコートされた彼女は髪を高く結い、凜とした雰囲気を漂わせている。褐色の肌に紫のドレスがよく似合っていた。
「それで、そちらは?」
「うーん、同居人というか、なんというか……」
シェリーの視線に気がついた茜が、自分のことか? と小首をかしげてみせる。
「失礼、茜はアルスター語が……」
「ワタシ、亮介の妻です! アリガトウゴザイマス」
言いかけた亮介の言葉にかぶせるようにして、茜が満面の笑みをうかべてアルスター語の単語を並べるとシェリーに言葉を返した。
「亮介の妻です!」の一言だけがものすごく流ちょうだったのは気のせいだろうか、いやきっと気のせいに違いない。きっと練習したんだろうなあ……そう思いながら、亮介は小さくため息をつく。
「そうですか、よろしく奥様。来て頂いてうれしいですわ」
あまりに絶妙なタイミングでなおかつ力強く答えた茜に、シェリーが大きくうなずいてドレスの裾をつまむとアルスターの流儀で一礼する。
「ちょっと待て茜、いま雰囲気だけでさらっと……」
「ちゃんとアルスター語を勉強してるもん、茜は主さまのお嫁さん」
勉強してそれなら、なおややこしい! そう思いながら亮介は頭を掻いてシェリーに視線を戻した。
「アンシェから、リョウは
「あーんーしぇー」
目を輝かせるシェリーの言葉に、亮介は彼女の背後で拝むような仕草をするアンシェをにらみつけた。まあ、彼がこの姫様に逆らえるはずもないので、最初からこの点は期待はしていなかったが……。
「はあ……もうそういうことで良いや。彼女の名は「茜」、俺に取り憑いた精霊だよ、姫様」
「シェリーでかまいません、お友達ですから」
「わかった。じゃあシェリー、できれば茜の事は秘密にしておいてくれると嬉しい」
アルスターでは降霊術を科学的に研究することはあっても、精霊や妖精についてはおとぎ話の類いだ。むしろどちらかというと、一神教のこの国では茜のような存在はタブーに近いかもしれない。
「よろしくてよ。では代わりに私も何か秘密を教えて差し上げないといけませんわね」
「お嬢様」
シェリーの言葉に、慌てて止めに入るアンシェを見て亮介は思わず吹き出した。秘密の共有は結束を固くするが、あまりたくさん抱えると重荷にもなる。
「いいよ別に、信頼してる」
「そうですか? では、晩餐にいたしましょう。八洲でも米を食べると聞いたので用意しましたので」
八洲にほど近い大国、諸越国の労働者も数多くいるアルスターでは、米自体が手に入らないわけではないが、南部の港湾地域ならともかく内陸部のルドウィック市では正直見かけても法外な値段だ。
「米! 久しぶりだな。米が食えるってさ茜」
「ヴェンガヴィルの料理ですから、口に合うかわかりませんが」
§
「いやあ、食べたなあ」
「もうたべらんない」
サフランライスに様々な香辛料の聞いた料理の数々、茜は久しぶりに肉をお腹いっぱいたべられるのがうれしいらしく、勧められるまま食べていた。
「ふふふ、ここまで喜んでもらえるならまたご招待さしあげたいですわ。ね、アンシェ」
「はい、国の料理を喜んでもらえるのはうれしいものです」
じつに楽しそうな様子でシェリーが笑うと、手元のベルをチリリと鳴らす。まもなく扉が開き、ティーポットを載せたワゴンを押してメイド型の
「自動人形を買ったの? 個人で? すげえな」
「高いわりに難しい事はできないので、お茶の給仕と掃除くらいにしか役にたちませんけれど」
亮介は立ちあがり、
セルロイド製の指と顔は人に似せつつも気味の悪さを感じる一歩手前の造形だ。意味があるのかないのか、ガラス製の目玉はご丁寧にも亮介を追って動いている。
「アンシェ、これ何で動いてるんだ、
普通の自動人形であれば背負っているはずの
「主さま、お行儀が悪いです」
仕方のないといった顔で茜がたしなめるが、シェリーはそんな亮介を笑いながら見ているだけだ。
「いや、済まない行儀が悪いのはわかってるんだが……これどうやって動いてるんだ? ボイラーはどこに?」
「まったく、君という奴は……」
「かまわなくてよ、だからこそお招きしたのだから」
あきれ顔のアンシェにそういって、シェリーが立ち上がった。
「チリヤー、
シェリーの言葉に反応して、カカカッと解析機関の歯車音を響かせ、テーブルにカップをならべていた
「チリヤー、
シェリーの声に反応して、『チリヤー』と呼ばれたメイド型の自動人形が歩き出す。
「ほらリョウついて行って、あなたの疑問はその先にあるわ」
「え? いいの?」
「ええ、もちろん。 アンシェ、リョウを案内してあげて。 終わったら戻っていらっしゃい」
「はい、お嬢様」
やれやれといった顔でアンシェが立ち上がる。
「主さま?」
「アカネはここで私とお話しましょう? せっかくお菓子もあるのだから」
「おかし!」
亮介は立ち上がろうとした茜を引き留めたシェリーに、次にアンシェに目をやった。茜の語学力で意思疎通ができるかどうかはさておき、腹いっぱい食ってもらっていれば
「シェリー。これは何?」
「これは、すぐりの砂糖漬け」
片言の茜にあわせ、簡単な単語を並べながらシェリーが菓子をさらに取り分ける。そもそも人の悪意には人一番敏感な茜のことだ、二人きりにしても大丈夫だろう。
「いいこにしてるんだぞ、茜」
「はーい」
一礼して扉を閉める自動人形の後を追って、亮介は小走りに駆け出した。
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