半笑いに潜む、碁打ちの信念

主人公の悦弥は、物語の中でよく半笑いを浮かべます。
半笑いとは抑制の表情です。
彼は喜怒哀楽を抑え、日常を生きています。
それでも、淡々とクールに過ごす日々の水面下で、ふつふつと情念は湧き立ちます。
職場や家での生活、そして時々思い起こされる過去。
抑えた感情と情熱は、全て盤上で解き放たれます。
渦を巻き、炸裂する信念。
そこに在るものは、単なるゲームを超えています。
囲碁とは哲学です。

対局の描写が秀逸です。
私は囲碁のルールに詳しくありません。
それでも、盤上でどんな戦いが展開されているのかが、ルールを軽やかに飛び越え、筆致でダイレクトに伝わってくるのです。
そして、切り込むところは深層まで容赦なく切り込む。
書くべきところは一歩も譲らない。
筆者と主人公の信念がここで一致します。

囲碁を打つとはどういうことか。
そして、小説を書くとはどういうことか。
その答えが、この作品にはあります。
囲碁と文学。
いずれかを愛しているのなら、読んで確かめるべきでしょう。

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