二十九歳、冷めた社会人。思い出した。これが、熱さだ。

 僕は前作『半笑いの情熱』を七周したので、主人公、池原悦也の小学生から大学生までを知っています。なので、前作既読済みの立場でこの作品を紹介します(ちなみに、僕は二〇二〇年一月五日時点で『半笑いの信念』を三周しています)。

 主人公は福祉に従事する二十代の男。実家住みで、今の御時世では「子ども部屋おじさん」と揶揄されるのでしょう。
 彼は給料の発生しない時間前に出社する同僚に理解を示しません。それどころか、仮病を使い、周囲の目も気にせず平気で仕事を休みます。なぜなら、仕事というのはお金を稼ぐ以上のものではないから。真面目に働くだけで馬鹿を見る世界で、仮病を使って自発的に勝ち取った休日というのは最高ですよね。
 彼は仮病を使って得た休日で純喫茶ルノアールに赴き、WALKMANから流れる音楽を聞き、優雅な休日を享受します。

 僕が作中で特に共感していることとして、主人公の癖である“ホットで頼んだコーヒーを一度冷ましてから飲む”というのがあります。
 実はこの主人公、表面的には一見クールに見えるのですが、実は心の奥底に燃えたぎる埋火があります。作中でも『一度熱したものをあえて冷まして飲むことに冷めた目線で世界を斜めに捉え大抵の物事に対して割り切った態度で挑む自分に重ね合わせる』という心理描写があるほど、社会人生活を通して冷め切っています。しかし、数年ぶりにかかってきた碁(恋愛)のライバルからの電話で火が付き、ライバルと普段からは想像できない、燃えるような戦いを繰り広げます。これが最高に熱い。
 そう、冷めた彼にとって唯一火がつくもの。それが碁盤上の勝負だったのです。

 作中で語られている『他人よりも自分のほうが勝るといえる何かがたった一つでもあることで、人は今よりも強くなれる』という言葉。この言葉が、彼にとっての信念なのです。

 あなたにとって、熱くなれるものは何でしょうか。この作品を読んで、あなたにとっていちばん大切な信念を思いだしてみませんか。

 確かな文章で紡がれる、感情と音楽に彩られた世界に、是非一度足を運んでみてください。

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