エピローグ

 ベニヤ板と布の匂い。姿見やラジカセ、衣装に小道具類が雑多に積み重なった狭い空間。歴代の演目の台本や楽譜が隅のカラー・ボックスに綺麗に並んでいる。一つだけある窓から夕焼けが射し込む部室で、涼子は目を閉じた。擦れてざらついたカーペットの感触すら、ずっと感じていたい。


「やっぱりここにいた」


 予想していた声に瞳を開けると、めぐみが入って来ていた。もうメイクも落として、制服のスカートはいつものように、ベルトで上げて腿が見えるまで短くなっている。


「終わったねぇー」

 めぐみが横に腰を下ろすと、どこを見るでもなく涼子は呟いた。

「終わったねぇー」

 めぐみも隣でふぅーっと細く息を吐いた。

「大学入っても、やる?」

「どうだろ。サークルあるかな」

「うちの大学のに来ればいいじゃん。インカレで」

「ここまでの満足感があれば、だなぁー」

 この三年間に味わっただけの満足感が、今後もう一度身体を満たすことなんてあるんだろうか。


「思い返せばあっという間だった気がする」

 入部してからずっと走っていた気がする。一年から三年までの日々。


 スッとめぐみが立ち上がった。

「『三年前、桜並木の下』」

 涼子も立ち上がった。

「『私たちは、この学び舎に、産まれ落ちました』」

「『春夏秋冬、師に学び友と笑い』」

「『淑女の心を胸に抱き』」

「『清く成長したこの場所を』」

「「『今、巣立って参ります』」」


 朗々と、舞台と同じ声で伝統的な卒業式の答辞を暗誦する。顔を見合わせると、めぐみと涼子は顔を見合わせて吹き出した。

「まだ卒業には早いでしょー」

「ふふ、だってぇー」

 きゃははは、と床に身を崩し、しばらくお腹を抱えて笑う。今朝がもう遠い昔のように、全身から力が抜けて、笑いが止まらない。床を染める夕日が濃くなる。この色も、もう見納めだ。


「さ、そろそろ行こうよ、後夜祭」

 起き上がっためぐみが、パンパン、とスカートの皺を整えた。

「そだね、行こっか」

 涼子も膝を立て、立ち上がる。


「取れるかな、秋風大金賞」

「取れるかな、じゃなくて」

 ふと呟いた涼子に、めぐみがにやりと笑った。その悪戯っぽい目を見て、涼子もめぐみの言葉の続きに、自分の声を重ねる。


「取りに行くのよ」


 弾ける高い笑い声が、人のいない廊下に明るく長く響き渡る。二人の影を、夕暮れが長く伸ばしていた。


(完)

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愁いを知らぬ鳥のうた 佐倉奈津(蜜柑桜) @Mican-Sakura

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