007 その娘は純粋である
「ねえねえ、モニカちゃんはどこか見たいところとかある? このお屋敷には結構なんでもあるよ!」
「えっと……うーん、ちょっと思いつかないかな。家を見て回るって感覚がまずよくわからなくて」
「じゃあ、一番人気の書庫に行こう!」
「い、一番人気? そんな観光スポットみたいなのが家の中にいくつもあるの?」
「うん! あるよ!」
ソフィアはモニカと腕を組んで屋敷の中を駆けまわる。
肉体強化魔法により足が速くなっており、相当な使い手でなければ追いかけることも難しい。
しかし、母二人には造作もないことだった。
ソフィアに魔法を教えたのは彼女たちなのだ。
「ねえ見てよイザベル! ソフィアったらあんなに体を押し付けて……。ああっ! おっぱいが当たってるわ! なんてこと……」
「落ち着いてジャンヌ。もとからソフィアはメイドたちにもよく抱き着いていたよ。そのせいで何人ものメイドが理性を狂わされた。君だって覚えているだろう?」
「ええ、ああ、そうだったわね……。ソフィアの押し付けられて初めてわかる柔らかなふくらみ……。あの意外性おっぱいの感触を知っているのは私だけじゃないのね……」
勝手に嘆いて勝手に納得する両親のことなどつゆ知らず、若い二人はラノワ・フォンティーヌ家自慢の書庫にたどり着いた。
「こ、これが書庫!? なんというか……図書館じゃないの!?」
書庫と言っても、そこは図書館に勝るほど巨大な空間と蔵書数を誇る場所だった。
ラノワ・フォンティーヌ家の者はもちろんのこと、休日のメイドたち、屋敷の敷地内に存在する魔法研究所の職員、庭の動植物の管理を行う人々も利用できる。
また、部外者であっても許可さえとれば貸し出しを行ってくれる。
そう、モニカの言う通りもはや図書館なのだ。
「モニカちゃん、本は好き?」
「大好きなんだけど、あんまりたくさん買えなくて……。リリエンタール魔法女学院にも大きな図書館があるって聞いてたから、合格したらそれも楽しみだなって思ってたの。でも、ここの書庫もすっごい大きいね。どんな本があるのか、気になっちゃう」
「モニカちゃんは私の友達だから、私が許可を出すわ! どれでも好きな本を借りていいよ! 中には危険な本もあるから、それは貸せない可能性もあるけど……」
「ううん、気になるけど今はいいの」
「え? 遠慮しなくていいよ? 汚したって司書の優秀な魔法使いさんが綺麗にしてくれるからね!」
「気持ちはとっても嬉しいけど、せっかくソフィアちゃんのお友達として家に呼んでもらったから、今はソフィアちゃんと一緒に過ごす時間を大切にしたいなぁ……と思って。本を読むと、自分の世界に入っちゃうから……ね?」
「も、モニカちゃん……。そんなに私のことを考えてくれてるなんて……大好き!」
ソフィアがガバっとモニカに抱き着き、その豊かな胸に顔をうずめる。
「もうソフィアちゃんたら……本当に好きなのね」
「うん、大好き! 好き好き!」
「あうっ……!」
満面の笑みを浮かべるソフィアに「好き」を連呼されクラっとするモニカ。
だが、彼女もソフィアと共に時間を少し、ソフィアのことを理解し始めている。
意識を失わずに踏みとどまり、抱き着くソフィアの頭を撫でるまでに成長していた。
「ソフィアちゃんは私と大きい胸のどっちが好きなの?」
「それはもちろんモニカちゃん! 大きいお乳ももちろん好きだけど、お乳が大きいなら誰でも好きになるわけじゃないわ。お乳に善悪はない。その善し悪しを分けるのは、お乳を持つ人間なの。いくらお乳が素晴らしくても悪い人は好きになれない。逆に素晴らしい人が素晴らしいお乳を持っていたら……こんな風に好きで好きでたまらないの!」
「ちょっと意地悪な質問しちゃったかなって思ったけど、ソフィアちゃんには確固たる信念があったのね……。流石、聖女の娘! 私もこの胸のことは好きじゃなかったけど、ソフィアちゃんに喜んでもらえるなら持って生まれてきて良かったと思えるわ」
「私もモニカちゃんを生んでくれたお母様に感謝するわ。今度ご挨拶に行きたいなぁ」
「私のお母さんはあんまり胸が大きくないよ?」
「ちょ、ちょっと待ってモニカちゃん。私は別にお乳が大きい人しか好きになれないわけじゃないよ?」
「うふふっ、冗談だって! もしリリエンタールに合格してたら、入学式までに一度故郷に帰るつもりなの。その時はソフィアちゃんも一緒に来てくれる?」
「もちろん!」
「約束ね!」
二人の少女が見つめあって将来を誓う……。
書庫の扉の隙間から二人を見つめるジャンヌの瞳には、今の状況がそう映っていた。
「抱き着きながら将来を誓い合っているわよ! ああ、イザベル……」
「落ち着いてジャンヌ。将来と言っても一週間ちょっと後のお出かけの予定さ」
「でもご挨拶に行くって……」
「モニカくんは私たちに挨拶をしてくれた。今度はソフィアがモニカくんの両親に挨拶しようとするのは当然さ。私たちの娘は行儀の良い子に育ってるってことだよ」
「そう……ね。私ったらちょっと混乱してたみたい。これからの事はわからないけど、今の二人を見てたら、まだそこに恋心がないことくらいわかるわ」
「うん、そっと見守っていこう。私たちも親になって娘の友達を迎えるのは初めてなんだ。混乱することもあるよ」
ジャンヌは落ち着きを取り戻した。
とはいえ、モニカという少女への興味が尽きたわけではない。
「それにしても本当におっぱいが大きいわね」
自ずと話題は胸のことへと移行する。
なんといっても、二人はソフィアの両親なのだ。
「うん、あの年頃でこれは驚異的だ……」
イザベルはごくりと生唾を飲み込む。
この話題となるとイザベルも冷静ではいられない。
彼女は極度の巨乳好きなのだ。
そうなった理由は彼女の過去にある。
イザベルの両親は魔物を狩るモンスターハンターを生業にしていた。
ある日、母の方が仕事中に大怪我を負った。
なんとか一命を取り留めたものの、ハンターに復帰することは叶わなかった。
母は思った。
娘にはこんな痛い思いをさせたくない。
娘にはこんな悔しい思いをさせたくない。
母の思いはイザベルに厳しい戦闘訓練を行わせるに至った。
ハンターをやらせないという選択肢はなかった。
母もまたそれしか生き方をしらなかったのだ。
イザベルは血の滲むような訓練に耐え、十代の頃にはトップクラスのハンターに上り詰めていた。
しかし、戦いばかりの人生で人としての優しさをまるで持ち合わせていなかった。
同時に人を狙うという発想もなかったため、人を殺めることはなかったが、同業者との対立は絶えなかった。
周りに人はいなくなり、本来複数人で行うことが絶対である狩りも一人で行った。
それでもイザベルは魔物を狩り、生きて帰ってした。
自分は一人でも生きていけると、その時は思っていた。
その考えが変わる出会いは突然訪れた。
いつも通り狩場にやってきたイザベルの前に、当時はまだ無名の魔法研究家でしかなかったジャンヌが現れたのだ。
ジャンヌはお金に困っていて、魔法の研究に必要な素材を魔物から直接採取しようとしていた。
普通なら命知らずの危険な行為だが、研究の副産物として得た魔物の知識と独自に開発した攻撃魔法の数々によって、魔物をどんどん狩ってしまったのだ。
当然イザベルはジャンヌが気に入らなかった。
自分が必死に身につけた戦闘技術と同等の力を発揮する魔法の力がなんだか卑怯に思えた。
その魔法もジャンヌの必死の努力によって生み出されたものだと考えられるほど、当時のイザベルに余裕はなかった。
必然的に二人は喧嘩になった。
お互いの不平不満をぶつけ合い、それは今自分が置かれている環境への不満にも及んだ。
イザベルは苦労してモンスターを狩っても素材を安く買い叩かれることにイラついていて、逆にジャンヌは魔法でこんなに簡単に狩れるのに素材が高すぎると怒った。
二人の噛み合わなさは、素材の売買を行っている組織が異常な中抜きをしていたせいであり、モンスターを狩るのに苦労するのはハンターに魔法の心得がある者が少なすぎたからだ。
どちらも社会の歪みによって生まれた不満だが、この時の二人は目の前にいる同年代の少女が諸悪の根源かのように思えてならなかった。
ヒートアップする論争の中、思わずイザベルは手を出しそうになった。
しかし、先に動いたのはジャンヌだった。
すでに人々の視線を欲しいがままにするほど豊かに膨らんでいた胸にイザベルの顔を押し付けたのだ。
ジャンヌからすれば愛情表現ではなく、自慢の胸で窒息させてやるくらいの気持ちだったのかもしれない。
だが、イザベルはその時に初めて母性というものを感じた。
無条件に与えられる愛情、自分に足りていなかったもの……。
その時からイザベルはジャンヌに対して従順になった。
冷静にお互いを理解すれば、争う理由はない。
二人はすぐに仲良くなり、お互いの生きる世界を変えるために動き始めた。
ジャンヌは多くの人が使いこなせる新魔法の開発と普及に尽力、イザベルはモンスターを狩るためのノウハウを蓄積させハンターの教育を確立。
これ以外にも二人は世界を変えるために動き続けるのだが、それはまた別のお話。
ジャンヌの激しいアプローチで頼れる相棒から恋人へ、生涯を共にするパートナーへ、そして親に至るまでもまた別のお話。
要するにイザベルの巨乳好きは人生経験に裏打ちされたものなのだ。
イザベルは豊かな胸が人を救うと信じている。
それは単なる性的趣向ではない。
もはや『信念』なのだ。
「見ているだけで心が豊かになる。喜びで胸がいっぱいになる。まあ、私自身の胸は貧相なんだけどね……」
「その代わりに私の胸をいつでも好きにしていいのよ、イザベル」
「ああ、ジャンヌ」
背後からジャンヌの胸を優しく揉むイザベル。
この丸くて柔らかな存在のおかげで、イザベルもまた丸くなった。
疎遠になっていた母とも仲直りし、今では笑いながら話ができる。
かつて対立が絶えなかったハンターたちとも、魔物の対策や新人の教育について腹を割って話すことが出来る。
そう、すべてはジャンヌのおかげなのだ。
イザベルは感謝の気持ちを忘れたことがない。
そして、それは逆もしかり。
ジャンヌもまたイザベルを尊敬している。
お互いのことを想いあうからこそ、二人は性別を超えたパートナーなのだ。
「ジャンヌ……私は母親失格かもしれない。ソフィアのお友達が来てくれた日なのに、君を抱きたくて仕方がないよ」
「まあっ! イザベルから誘ってくれるなんて、私も興奮しちゃう! 草木も眠る深い夜の間なら、神様だって母から女に戻ることを許してくれるわ。たとえ娘の友達が同じ屋根の下にいても……ね」
「そうだね。別に見せつけるわけでもないからね。じゃあ、今夜は昔のことでも語り合いながら、二人っきりで……」
「ええ、いつもの部屋で……」
母二人は腕を組んで書庫から離れていった。
その姿をメイドたちに見られても気にしない。
というか、みんなにとって見慣れた光景である。
それなりに家に仕えているメイドは「あ、今日だな」と察するレベルで、察したメイドも興奮して恋人との甘い夜を過ごすこともある。
ゆえに屋敷の人々はいつも頭の中桃色と思われがちだが、普段はみな優秀で真面目に仕事をしている。
むしろ、しっかり欲望の発散を行っているから優秀でいられるのかもしれない。
「ねぇねぇ! モニカちゃん聞いてる? 次はどこに行きたい?」
まだ純粋なソフィアはそんなこともつゆ知らず、ただ目の前の友人を楽しませたいと手を引く。
当のモニカの顔は真っ赤になっている。
「大丈夫? 顔赤いよ? もしかしたら、魔力だまりを治して一気に魔力が流れ出したから、体がいつもより疲れてるのかも。ベッドで寝転ぶ?」
「え!? 私たちもベッドに!?」
「え!? 私……たち?」
「あっ、ごめん忘れて! 私疲れてるのかも! 一緒の時間を過ごしたいって言った矢先にごめんね!」
「ううん! 気にしなくていいよ! ベッドの上に横になっても、お昼寝してても一緒の時間は過ごせるんだから!」
「そうよね……ベッドの上の方が濃密な時間を……って! な、何言ってるの私ったら!」
様子のおかしいモニカを見て、ソフィアは心底心配そうな顔をしている。
しかし、モニカは何も体調が悪いわけではない。
むしろ良すぎだ。
魔力が正しく流れるようになって、よく聞こえるようになった耳のせいなのだ。
(お母様たちの会話、全部聞こえちゃったんだけどぉぉぉぉぉぉ!! どんな顔して一緒にご夕食を食べればいいのぉぉぉぉぉぉ!!)
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