005 その娘はおしゃべりである

「普段は『魔力』の研究をしているんです。研究者といえば新魔法の開発や古代魔法の復元が一般的ですけど、私はその根源である魔力を詳しく知りたいんです」


「うんうん、強力な魔法も魔力があるからこそ使えるんですからね。立派な研究テーマだと思います」


「そう言ってくれると嬉しいです。派手さはないし、わかりにくいので笑われることもありますが、一人一人が簡単に自分の魔力の特性を知ることができる時代が来れば、魔法ももっと普及して、より研究が進み、人々の生活が豊かになると私は考えているんです。あ、ごめんなさい、一人でベラベラ話して……」


「いえいえ! とっても立派です! 夢のために行動している人はなにより素敵です!」


 最初は緊張で声が上ずっていたアナマリアも話が進むごとに舌が熱を帯び、今ではハキハキと言葉を発するようになった。

 同時に恥ずかしがっていたソフィアの手を握り返し、自分から体を密着させている。


 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは人たらしである――。

 そして、聞き上手である。


「教授がたくさんお話し聞かせてくださったから、私もずいぶんリラックスできました!」


 ソフィアは研究テーマ以外にも様々なことをアナマリアから聞いた。

 生い立ち、研究者を目指した理由、学生時代の思い出、リリエンタールの卒業生だということ。

 恋愛遍歴、今まで人とお付き合いしたことはなく、好きになることもなかったという。


 全ての話にソフィアは笑顔で耳を傾け、肯定的な言葉を投げかけ続けた。

 その結果、気難しいアナマリアもソフィアには心を開いたようだった。


「じゃあ、ちょっと名残惜しいですけど検査を進めましょう。輪っかのついた石の上に両手をかざしてください。私が『終了です』というまでその姿勢を保ってください」


「はい!」


 装置の上に手をかざす。

 すると、石がさらに強く発光し、台座に取り付けられた針が文字盤の上でぐるぐると回転を始めた。

 あまりの回転の速さに残像まで見えている。


「えっと……って、ええええええええ!? 回りすぎて数値が読み取れない!? あ、いやっ! こんなに回したら壊れちゃうぅぅぅぅぅ!」


「おっとと!」


 ソフィアは慌てて装置から手を離す。

 なんとか壊れずに済んだようだ。


「私、なんかやり方間違えちゃいましたか……?」


「いえ、やり方じゃなくてあなたの魔力が規格外すぎたんだと思います……。残念ながら今の装置では測りきれません。でも、魔力評価は一番上にしておきますから安心してください。計測不能ですが、すごいのは確かにこの目で見たので」


「わぁ、ありがとうございます!」


 ソフィアは喜んでアナマリアに抱きつく。

 ハグはラノワ・フォンティーヌ家において基本的な愛情表現である。

 感謝の言葉を言い切る前に抱きつくのがポイントだ。


 しかし、アナマリアの方はハグに慣れていない。

 それどころか人と関わることが苦手な彼女は、人肌の温もりを感じるのも久しぶりなのだ。

 ソフィアの体温と胸の高鳴りでアナマリアの体は熱を帯びていく。


(ひ、人の体ってこんなにあったかかったんだ……。それに服の上からじゃわからなかったけど、この子……結構大きい。押し付けられて初めてわかる意外性おっぱい……)


 とろけた表情でソフィアの肉体の感触を味わうアナマリア。

 もはや完全にソフィアの虜である。


「アナ教授!」


「はっ!? はひっ!? な、なな、何れすか!?」


「魔力検査はこれで終わりですか?」


「は、はい、ちゃんと結果は書き記しました……。あの、お疲れ様でした……」


「こちらこそ、ありがとうございました! せっかくなんで、最後に一つだけ言ってもいいですか?」


「ええ、なんでもどうぞ……」


 ソフィアはアナマリアの前髪をサッと横にずらし、持っていた髪留めでとめた。

 隠れていた瞳やおデコがあらわになる。


「教授は絶対おデコ出してた方がかわいいですよ!」


 そっとおデコにキスした後、ソフィアは一礼して部屋を出て行った。

 取り残されたアナマリアが行き場のない思いを抱えて仕事をこなし、火照ほてった体とともに夜を過ごしたことをソフィアは知らない。

 彼女の愛情は無意識に振りまかれる。

 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは時に残酷である――。




 ◇ ◇ ◇




「ふーっ! 終わった終わった! 完璧ね!」


 校舎の外へと出てきたソフィアはうーんと背伸びをする。

 今日この学院でやるべきことはすべて済ませた。

 あとは家路につくだけだ。


「ソフィアちゃーん! 検査はどうだったー?」


「モニカちゃん! 待っててくれたのね!」


「当然だよ! だって、友達なんだから! それにしても、ソフィアちゃんの検査は長かったね。やっぱり魔力の強い人は長くなるものなのかな……」


「いやいや、検査員の人がとっても素敵だったから、つい話し込んじゃっただけよ! あの検査方法だとむしろ優等生ほどすぐに終わるんじゃないかな?」


「そう……だといいんだけどね。私、あの時は体が熱くてなんでも出来そうって言ってたじゃない? だから、魔力検査もリラックスする前にやっちゃったの! 検査員の人は驚いたような顔していたけど、あれはどういう驚きだったのか不安で……」


「それはあまりにも魔力が強すぎて驚いているに決まってるわ! だって、今のモニカちゃんはエネルギーに満ち溢れてるもの! それとも、不安ならもう一回私が体を調べてあげようか~?」


 ソフィアはじゃれつくようにモニカの体を撫でまわす。


「も~、さわりたいだけでしょ、ソフィアちゃんったら!」


「えへへ~、そうかもしれない……あら? 検査の前にはあったポケットのふくらみがなくなってる……。何か落とした?」


「ええっ!? あっ、本当だ! お財布を落としてる!!」


 先ほどまでソフィアに体を撫でられて紅潮していた顔が一気に青くなる。

 田舎から出てきた者が見知らぬ街で金を失うというのは、ソフィアの魅力をもってしても抑えきれないほど強いショックなのだ。


「落ち着いてモニカちゃん。私が見つけてあげるからね」


「でも……」


「大丈夫だって! 私はこれでもすでに優秀な魔法使いなんだから! ね、アニエス!」


「ええ、お嬢様」


「うわわっ!? メイドさん!?」


 気配もなく現れたアニエスにモニカは度肝を抜かれる。

 それと同時に、初めて近くで見るメイドに興味津々だ。


「初めまして、わたくしはアニエス・アンベールと申します。ラノワ・フォンティーヌ家のメイド長かつソフィアお嬢様お付きのメイドです」


「私はモニカ・グラマニエです! ソフィアちゃんお付きのお友達をさせていただいてます!」


「モニカ様、ですね。お嬢様は幸せ者です。こんなに素敵なご友人ができるなんて……。私からもお礼を言わせてください」


「いえいえいえいえ! 私こそソフィアちゃんと出会えて、生まれてきてよかったって思っているところです! むしろこれまでソフィアちゃんのお世話をしてくださって、ありがとうございますっ!」


「はっ……! そこまで言ってくださるなんて……。わたくし、最近年のせいか涙腺が……」


「そんなに年取ってないでしょアニエスは! それよりモニカちゃんのお財布を探さないといけないわ!」


「……そうでしたね。ここは魔法女学院ですから、広範囲にわたる大掛かりな魔法は研究やその他学院の運営に影響を与えてしまうかもしれません。出来るだけコンパクトな魔法で捜索を行った方が良いかと」


「となると……『あれ』よね?」


「ええ、ご実家で物探しの時に使われる『あれ』で良いかと」


「よし! モニカちゃん! そのお財布って結構長く使ってる?」


「う、うん……。もう何年も使っているお気に入りなの」


「ということは、モニカちゃんの匂いはしっかりついていると考えてもよさそうね!」


 ソフィアはいきなりモニカの胸元に顔をうずめ、大きく深呼吸を始めた。

 どことなく甘く、心を落ち着かせるようなモニカの匂いを胸いっぱいにため込む。


「そ、ソフィアちゃん!? 私の匂いなんて嗅いでどうするの!? く、臭くは決してないと思ってるけど、そんなにいい匂いじゃ……」


「モニカ様、これからソフィア様は犬になろうとしているのですよ。もちろん比喩表現ですけどね」


「い、犬!?」


「肉体強化……体の機能を強化する魔法カテゴリーです。ソフィア様の母上イザベル様が得意としていて、その娘であるソフィア様も得意です。今回の場合は嗅覚を強化して匂いでお財布を探そうとしているところです」


「匂いで……そんなこと可能なんですか?」


「ええ、この学院にはまだモニカ様の匂いがするものが少ないので、かなりの精度を誇ると思います。これがモニカ様の寝室とかになりますと、部屋自体からモニカ様の匂いがするので発見は困難になります」


「確かに私がこの学園に来たのは今日が初めてですから、私の匂いがするものはお財布か座っていた椅子くらいですものね」


「ええ、それに落としたのは学院内で、落とした範囲も期間も限られています。これが王都の街中となると持ち去られている可能性が高いですが、学院内ならばそのままか、誰かが拾って職員に届けていると思われます」


「だと、いいんですけど……。それにしても、ソフィアちゃんはいつまで私の匂いを嗅いでいるのでしょうか?」


「よぉーしっ! モニカちゃんの匂いと温もりと柔らかさと鼓動の音を補給完了! 行ってきまーす!」


 ソフィアはまさに犬のように元気よく校舎へと入っていき、ものの数分でモニカのもとに目当ての品を携えて戻ってきた。


「お財布あったよ! 魔力検査の部屋のソファーの下に入り込んでたみたい! あの時のモニカちゃんはちょっと気持ちが高ぶってたから、落とした財布に気づかずに蹴ってソファーの下に入れちゃったのかも!」


 お財布をモニカに手渡す。

 色褪せて傷もシミもあるが、不思議とみっともなくはない財布だった。


「ありがとうソフィアちゃん! このお財布がなかったら合格発表までの一週間王都で野宿しないといけないところだったの」


「え? モニカちゃん合格発表まで王都にいるつもりなの? 一回家に帰ったりしないの?」


「私の家は遠いから……。行って帰るのに一週間じゃ足りないの。それに馬車を乗り継ぐのにもお金がかかるし疲れるし、それなら王都でゆっくりしてた方がいいかなって、お母さんが」


「うーん、確かにそうかも。でも、王都で一週間過ごすのにもお金がかかりそう……。私はよくわからないんだけど、そこのところはどうなのアニエス?」


「それなりのホテルを抑えて食事もとるとなれば、相応の費用が必要です。失礼ながらモニカ様の持ち合わせはおいくらほどでしょうか?」


「えっと……私の家基準だと大金なんですけど……」


 モニカはスッと財布をアニエスに差し出す。

 アニエスはその中身を確認し、静かに首を振った。


「これではとてもとても……」


「で、でも! 私の家のお隣さんはこれ以下のお金で王都に行ったって……」


「確かに場所を選ばなければ安い宿泊施設は存在するでしょう。しかし、モニカ様のような美しく若い女性が利用するにはあまりにも危険すぎます。王都がいくら治安の良い街とはいえ、悪意は存在するのです」


「そ、そんな……」


「無礼を承知でハッキリ言わせていただきます。わたくしは知ってしまった以上、お嬢様のご友人をこのまま王都に放置できません。かくなる上は……」


「かくなる上は……?」


「モニカ様をラノワ・フォンティーヌの屋敷にご招待したしましょう。お嬢様、構いませんね?」


「わぉ! それは名案ね! 初めてのお友達を連れて行けば母様たちもきっと喜ぶわ!」


 二人で勝手に盛り上がるソフィアとアニエス。

 当のモニカは状況が飲み込めない。


「ちょっと待って……。ラノワ・フォンティーヌ家ってソフィアちゃんの実家よね? つまり、聖女ジャンヌ様とイザベル様のお家!?」


「そうだよ~」


「そ、そうだよって、私ごときが聖女様の愛の巣にお邪魔するわけには……!」


「いいのいいの! 娘の私が許す! アニエス、転移の紋章の使いどころよ! 早くモニカちゃんを家に連れて帰りたいわ!」


「まあ、行きは馬車を使いましたし、帰りに紋章を使っても問題はないでしょう。お二人とも私の体に掴まってください」


「ままま、待って待って!! 本当に私ジャンヌ様に憧れてて、心の準備ががが……ッ! もっとオシャレとかしないと!」


「モニカちゃんは十分かわいいから問題なし! むしろ、お母様たちが暴走しないか心配なくらいよ! ほらほら、早く掴まって!」


 強引にモニカを抱き寄せアニエスにくっつける。


「さあ、お家に帰りましょ!」


「も、もうこうなれば覚悟を決めるわ!」


「紋章開放! 空間転移!」


 三人の美少女は光に包まれ、王都から消えた。

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