004 その娘は巨乳好きである
学科試験後に行われる『魔力検査』は試験の合否とは関係ない。
その結果が利用されるのは合格後のクラス分けの際だ。
身分に関係なく平等にというのがリリエンタール魔法女学院の教育理念ではあるが、生まれ持った魔力や魔法の才能に個人差があるのは事実。
なるべく生徒のレベルに合わせた教育を行うためには、能力ごとにクラスを分ける必要がある。
クラスは全部で三つ。
入学時点で稀有な才能を持つ者はAクラス、その下にBとCクラスが存在する。
「私はもちろんAクラスを目指すわ!」
魔力検査の順番を待ちながらソフィアは宣言する。
それに対してモニカは自信なさげだ。
「私はあんまり自信ないなぁ……。この検査は試験の合否とは関係ないって言われても、あまりに才能のない子は落とされちゃうんじゃないかって不安で……」
「大丈夫だって! 人間には誰だって魔力が宿っているって母様たちが言ってたもん。モニカちゃんくらい健康な女の子なら問題ないって!」
ソフィアは胸元を凝視しながら言う。
彼女にとって健康の証とは体の発育なのだ。
「あのー、ソフィアちゃんってずっと私の胸見てるよね」
「うん! やっぱり視線がわかるの? お乳の大きい人って、見られてることがすぐにわかるって母様に聞いたけど」
「確かによくわかるけど、ソフィアちゃんは特別わかりやすいよ。もしかして……好きなのかな?」
「うんうん、大好きなの! 女の子のお乳は大きい方が良いに決まってる! 断言できるわ!」
「そうなんだ。そこまでハッキリ言いきれると、なんかカッコいいね。でも、私はあんまり自分の体が好きじゃないんだ……」
「えー!? どうして!? モニカちゃんはすごくスタイルが良くて羨ましいくらいなのに! 私もそれくらいグラマラスになりたい!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりジロジロ見られるのは恥ずかしいし、重くて動きにくいし、手元も見えにくくなるしで良いことがないの」
「持たざる者にはわからない悩みがあるのね……。私はまだ成長途中だから、自分のお乳が重いとか見られてるとか感じたことはないわ」
ソフィアは自分の胸を揉む。
服の上からでも十分に膨らみがわかる。
十四歳の少女にしては間違いなく大きい胸だ。
間違いなく他人の目を惹くし、重さも感じ始める頃だが、ソフィアの基準ではまだまだ大きいとは言えない。
その乳を吸って育ったジャンヌや物心ついた時から側にいるアニエスが基準になっているからだ。
「でもね、モニカちゃん。私はそれでも女の子のお乳は大きい方が良いと思う。悩みはいろいろあるだろうけど、自分の体を好きになってあげて」
胸に執着しすぎる……。
少し目を潤ませて真剣に訴えるソフィアに、モニカは少し恐怖を覚えた。
しかし、それだけ自分のことを好き好きと言ってくれるのは悪い気がしないのも確かだった。
「そうだね。自分の体を嫌いになっても良いことなんて一つもないもの。私は私を好きになる!」
「うん! 私も私のことが大好きだし、モニカちゃんのことも大好き!」
「でも、好きになってと解決しない問題が一つあって……。そっちの方がどちらかというと深刻なの」
「え! なになに!? 私に解決出来ることなら協力するよ!」
「私、生まれた頃から病弱で、人がたくさんいるところに長くいると熱が出たりするの。それに体の中の魔力の流れも弱いって言われたことがあって……」
「あ、だから魔力検査が不安なのね。それに別室で試験を受けてたのは……」
「うん、その体質のせいなの。正直、こんな体で試験に受かっても授業についていけるか不安で、でも憧れの人みたいな魔法使いになりたくて……」
悲しげな表情を見せるモニカに、ソフィアは胸が締め付けられる思いだった。
ソフィアはあまり悲しむ人を見たことがない。
それもそのはず、基本的に人はソフィアを見ると笑顔になるからだ。
だが、今モニカは悲しんでいる。
助けてあげたいという欲求が、ソフィアの中で爆発した。
「モニカちゃん、気をつけ!」
「はっ、はいっ!」
ピーンと背筋を伸ばすモニカ。
その目は事態が飲み込めないため泳いでいる。
「動かずにじっとしてて! すぐ終わるから! こしょばくても我慢ね!」
「う、うん!」
ソフィアはモニカの全身をまさぐり始めた。
頭はもちろん、首、肩、腕、胸、腰、尻、足に至るまでその感触を味わうかのように手のひらを這わせていく。
まれに揉むような動作も入れてくるので、モニカの体はピクッと反応してしまう。
(わ、私何されてるんだろう……!? なんだか体も熱くなってきた……。これじゃ、まるで私が愛撫されて興奮してるみたいじゃない……! あっ、いやっ、愛撫なんて破廉恥なことを……か、考えてないんだから!)
顔を真っ赤にして恥じらうモニカとは対照的に、ソフィアの表情は真剣そのものだ。
まるで触診する医者のようである。
「ふむふむ、これで魔力のめぐりが改善されたはずよ!」
「んっ……魔力のめぐり?」
「体の中にある魔力っていうのは、血みたいに常に体の中を巡っているの。でも、たまにそのめぐりが悪くなっている人もいる。病気とか疲れが原因の時もあるし、逆に魔力の流れが悪いから体が弱くなる人もいる」
「私の場合は……逆の方ってことかな?」
「そう! 『魔力だまり』がいくつも出来てたの。これは体の中に魔力の塊が出来て、流れを塞いでしまう症状ね。体の発達より先に魔力の発達が起こってしまった時や、強大な魔力を持って生まれた人に置きやすい症状よ。でも、もう魔力だまりはほぐしたから大丈夫! 今のモニカちゃんのグラマーな体なら十分魔力に耐えられるわ」
「私、魔力のめぐりが悪かったのね……。でも、今まで誰もそんなことは言ってくれなかったわ」
「普通の人にはわからないの。私も実際に体に触れて集中しないとわからないくらいだし。だから、今まで見てもらったお医者さんやご家族は責めないであげて」
「うん、わかったわ。聖女の娘のソフィアちゃんだからこそ出来たことなのね。治してくれてありがとう」
「どういたしまして! でも、モニカちゃんの体をじっくり触りたくてやったところもあるから、そんなに感謝することもないよ!」
「も、もう! ソフィアちゃんたらそんな冗談を……」
「ふふっ、冗談かどうかはさておき、もうすぐ私たちの魔力検査の番ね。ほら、汗を拭かないとっ」
魔力の流れが活発になったモニカの体からは汗が噴き出している。
魔力とは生命エネルギーそのもので、その状態が良ければ体の状態も良くなる。
ソフィアは取り出したハンカチでモニカの額の汗を拭いていく。
「き、汚いからいいよ! 自分でやるから!」
「美少女の汗は汚くない! ほらほら、動かないの!」
「うぅ……汗止まんない……。体の奥底から力が湧いてきて、今なら何でもできそうな気がする……」
「それがモニカちゃんの本来の力よ! 汗の方はそのうち落ち着くわ。今は体がびっくりしているだけだから。それにしてもこれは脱がせてシャワーを浴びた方が良さそうね……」
しかし、流石にそこまでの時間はなかった。
係員にモニカが呼ばれたのだ。
「い、行ってくるね! ソフィアちゃん!」
「頑張って! 今のモニカちゃんなら魔力検査も抜群の結果を残せるわ!」
その後、ソフィアもすぐに呼ばれた。
魔力検査はいくつか用意された個室で一人ずつ行う。
試験の合否とは関係ないこととはいえ、緊張の面持ちの受験生が多い中、ソフィアはまるで自分の家の中を歩くようにリラックスしたまま個室に入っていった。
◇ ◇ ◇
「よろしくお願いします」
「はい、よろしく……」
消え入りそうな声で迎えられた個室には、空間に似つかわしくないゆったりとしたソファーに検査員のためのデスク、その間には奇妙なオブジェが置かれていた。
オブジェはソフィアの腰ほどの高さがあり、台形の台座に置かれた発光する石を複数のフラフープのような金属の輪っかで囲っている。
台座には時計のような文字盤がくっ付けてあるが、針は一本だけである。
シャレた時計ではないようだ。
「そちらのソファーにおかけください……。ソフィア・ラノワ・フォンティーヌさん……」
ソフィアは言われたとおりソファーに身を沈める。
実家にある物には及ばないが、なかなかの座り心地だ。
「それでは検査の手順を説明しま……」
「あの、よろしければあなたのお名前も教えてくださらない?」
「え、ああ、すいません……。私はアナマリア・アングラードと申します……。この学院で教授と言うか、研究職をやっております……。本来は教師ではないのですが、資格は取ってしまったので、たまに生徒さんに関わる仕事もやらされ……い、いえっ、やらせていただいてます……」
長くしなやかな黒い髪は前髪も長い。
ほとんど目が隠れていて、わずかな隙間からソフィアをちらっと見ては目を逸らす行為を繰り返している。
まるでソフィアのことが眩しくて直視できないようだ。
「アナマリア教授……アナ教授と呼んでも構わないですか?」
「ええ、それはもう、呼んでくださるならお好きにどうぞ……」
「失礼ですが、アナ教授はおいくつですか?」
「今年で二十六になります……。情けないですよね……。こんな、人とうまく話せない大人って……。あ、私ったら受験生さんにこんなこと言って……」
「いえいえ、素敵です! その歳で教授ってすごいんじゃないですか!?」
「え、ええ……まあ、そうかも……。でも、これしか能がないから……」
「一つのことを極められるなんて立派です! 私、教授の事もっと知りたいです!」
「わ、私なんかのことを……!? で、でも、検査を進めないと……」
「うっ……! そうですね……」
ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは狩人である――。
ダイレクトに自分に好意を伝えてくる人のことも好きだが、自分から距離を取ろうとする人は追いかけたい性分なのである。
アナマリアの場合はソフィアに興味も好意もあるが、自己評価が低すぎて会話することすら申し訳ないと逃げ出すタイプ。
逃げる者を追いかけて仕留めたいという獣の本能は、聖女の血を引く彼女の中にも眠っているのだ。
しかし、本能を満たすために周りに迷惑をかけては本当にただの獣である。
アナマリアのことは気になるが、ここは検査を進める決断をソフィアは下した。
「検査を進めてください教授……」
「ええ、はい……。といっても、複雑なことはありません……。時間をかけても構わないので、まずはリラックスしてください……。そして、心が落ち着いたらこの装置に両手をかざしてください……。あとは装置が体を流れる魔力を数値化してくれますので……」
「魔力を数値化!? すごいですね! 教授が作ったんですか?」
「流石に一人でこれは作れません……。でも、まあ、結構……貢献したかもしれません。これの開発に携わったことが評価されて教授になれたって話ですから」
自分の自信のある話になると饒舌になるアナマリアをソフィアはかわいいと思った。
しかし、話している時間は……。
「あの、リラックスする時間はどれくらいまでですか?」
「特に決まりはありません……。制限時間があると焦ってしまいますから……。検査の部屋をたくさん用意してあるのも、一人一人に時間をかけるためなんです……。それにソフィアさんの場合は順番がかなり後ろですから、より余裕をもって心を落ち着けてもらって構いません……」
「へー、そうなんですね。じゃあ、もう少し教授とお話ししてもいいですか?」
「え、あの、それはどうして……」
「私は人と話すのが大好きなんです! だから教授ともっとおしゃべりできたら、リラックスできるかなーって」
「ああ、そういうことなら協力しますが……」
「やったー! ありがとうございます! じゃあ、もっと近くでお話ししましょう!」
「え……? あっ、きゃあっ!」
細身のアナマリアをひょいと抱え上げてソファーに座らせ、ソフィアはその隣に身を寄せる。
そして、そっと手と手を重ねる。
「この方が話しやすいですよね?」
「はっ、はははっ、はいっ! 話しやすいですぅぅぅぅぅ!」
「うふふっ、そうですよね」
ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは……ほんのりサディストである――。
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