003 その娘は煽情的である

 試験会場は階段状に座席が設けられた大教室だった。

 ソフィアの座席は一番前のど真ん中。

 ほぼすべての受験生の視界に入ってしまう位置だ。


(不正を働くつもりはないから前でも別にいいんだけど、ちょっとハズレを引いた気分にはなるのは私だけかしら?)


 とはいえ、文句を言っても座席は変更できない。

 大人しく決められた場所に座って試験が始まるまで待つことにした。

 ソフィアの後ろの席もぞくぞくと埋まり、みな静かに最後の復習をしている……かと思われた。


(うそっ!? 前の席の子かわいすぎなんですけど!?)

(これはハズレの席引いちゃったかな……。いや、むしろ当たりかも!)

(見てたらいけない時だからこそ、ついつい見ちゃう……)


 後ろの席に座る多くの少女たちが、ソフィアの後ろ姿に夢中になっていた。

 今日も白髪は清らかな水の流れのように美しい。

 体の前で組んだ手に顔を乗せてどこかを見つめるその様は、まるで世の中を憂いているようだ。

 しかし、実際は……。


(学食って開いてるのかな~。せっかく学院まで来たんだから、お昼ご飯は学院の食堂で食べてみたいなぁ~)


 暇すぎて昼食のことばかりを考えていた。

 そうとは知らず、いや知っていたとしてもソフィアの存在を一度認識してしまえば、もう気になって仕方がない。

 自分に送られる熱い視線に気づかぬまま、時間だけが過ぎていく。


(あ、そういえば母様から髪の毛をくくるためのリボンを持たされてるんだった! もうすぐ試験開始だし、気合を入れるためにも髪形を変えてみようかな)


 取り出したリボンを口にくわえ、後ろ髪を束ねてポニーテールを作る。

 お嬢様といえど、これくらいのことは当然できるように教育されている。

 しかし、それがアダになるとは誰も思わなかっただろう。


「うっ、うなじっ……!」

「扇情的過ぎます……ッ!」

「あ……ああ……あうっ!」


 劣情を煽るうなじを見せつけられ、ソフィアに近い席の者から順に意識を失っていく。

 そうとも知らず、上手くポニーテールを作れて満足げなソフィアはその髪をゆらゆらと揺らす。

 同時に大きな赤いリボンもゆらゆらと揺れる。

 それがまた少女たちの感情を高ぶらせる。


「そ、その御髪をつかみ取りたい……」

「ゆらゆら……ゆらゆら……う゛っ……!」

「清純な白と情熱の赤のコントラストが犯罪的……ッ!」


 その髪に触れようと手を伸ばし、前のめりのまま気絶した少女たちの群れ。

 試験官の大人たちは叫ばずにはいられなかった。


「きゃああああああああああああああ! みんなどうしたの!? の、呪いの類!? 魔族でも紛れ込んでいたの!?」


 その声を聞いてやっとソフィアは事態を把握した。

 しかし、自分のせいだとわかっていない彼女もまた困惑する。


「い、いったい誰がこんなことを……」


 賢いソフィアはすぐにピンときた。

 気絶した少女たちはみなソフィアに手を伸ばしているのだ。

 まるで犯人を指し示すメッセージのように……。


(まさか、私が犯人……!?)


 試験官たちもソフィアを犯人と睨んで周囲を取り囲む。


「あなたですね! こんなことをしたのは!」


「わ、私は何もやってません!」


「そうですよね……。こんなかわいい子が悪いことするはずないもの。むしろ可愛すぎるからいけないのです!」


「ええっ!?」


「あなたは極度の緊張状態の受験生には刺激が強すぎます! 特例として別室受験を認めますから従ってください!」


「えーーーーーーっ!? た、確かに私はよくかわいいって言われますけど、かわいさで人を気絶させるなんてありえないでしょ!?」


 それがあり得るほどソフィア・ラノワ・フォンティーヌは美少女である――。

 しかし、本人すら自分の魅力を把握しきれていないのである!




 ◇ ◇ ◇




(まさか、隔離されてしまうとは……)


 ソフィアの案内された場所は、大教室と打って変わってこじんまりとした教室だった。

 普通の人間ならばこっちの方が落ち着けてラッキーと思うだろう。

 しかし、ソフィアはとんでもなく広い家でたくさんのメイドに囲まれて育った。

 広い教室で周りに少女たちがいる環境の方が、ある意味慣れ親しんでいるのだ。


 とはいえ、その程度の変化で能力が落ちるようなソフィアではない。

 試験官も思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど鮮やかに正確に素早く問題を解き終え、残り時間にたんまりと余裕をもってペンを置いた。


(上出来! なんの心配もない!)


 さて残り時間は何をしようか?

 見直し? やる必要がない。

 昼寝? 流石のソフィアもここで眠れるほど図太くない。


(……ん?)


 リラックスして周囲に気を配ると、誰かがペンを走らせる音が聞こえてきた。

 試験官のものではない。

 どうやら、ついたての向こうにはもう一人受験生がいるようだ。


(私としたことが、集中しすぎて気がつかなかった)


 姿の見えぬ受験生が走らせるペンは、ソフィアと違いスムーズではない。

 書いては止まり、うんうん……と悩む声が聞こえ、コツコツと机を突っつく音が聞こえる。


(相当悩んでるなぁ……。バレないように答えを教えてあげる方法はあるけど、母様たちから教わった魔法を悪いことに使えない。頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る!)


 まだ会ったこともない誰かを心の中で応援することにしたソフィア。

 時間は刻々と過ぎ、ペンを走らせる音にも焦りが感じ取れるようになった。

 そして……。


「そこまで! ペンを置いてください!」


 試験官が回答を回収し、リリエンタール魔法女学院の入学試験は終わった。

 あとは合格した後のクラス分けに使われる『魔力検査』を残すのみだ。


 しかし、ソフィアにはそれよりも気になることがある。

 隣にいた少女の正体だ。

 そっとついたての向こう側をのぞき込む。


 すると、向こう側にいた少女もこちらをのぞき込もうとしていたのか、顔と顔が鉢合わせる形になった。

 お互いに小さく「あ……」と驚く声を上げた後、向こう側の少女は気絶した。


「あーーーーーーっ! またこのパターンだ!」


 床に倒れそうになる少女を抱きかかえ、優しく体をゆする。

 そこでソフィアは気づいてしまった。

 体をゆするたびにダイナミックに揺れるある物の存在に。


(この子……お乳がすっごい大きい……!)


 抱きかかえた際に下着が外れてしまったのか、服の上からでもハッキリとわかる大きな乳房がぷるんぷるんと揺れる。

 ソフィアは興奮して強く少女の体をゆする。

 それだけ乳房も激しく揺れる。


(すごいすごい! 私と同い年ぐらいの子に見えるのに、お乳はジャンヌ母様と同じくらい……いや! ジャンヌ母様以上かも! 素敵すぎる……っ!)


 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは巨乳好きである――。

 それは生まれ持ってなのか、母親たちの影響なのかはわからない。

 だが、ソフィアは大きな胸がたまらなく好きだった。


「ん……ああ……」


 激しく体を揺さぶられて少女が目を覚ます。


「あっ、大丈夫? ごめんね、ビックリさせちゃって」


「え、ええ……大丈夫です。大丈夫ですから、もう体を揺さぶるのはやめてください……」


「ご、ごめんなさい!」


 ソフィアは少女の体を支えて立ち上がらせる。

 その際に、彼女のシャツの中から何かがパサッと落ちてきた。


「あっ……」


 ソフィアは光のごとき速さでそれをつかみ取った。

 ほぼ本能に任せた行動である。


「おおぅ……ブラもおっきい……」


 カップの大きなベージュの下着をまじまじと見つめ、ソフィアは満面の笑みをうかべる。

 そして、そっと鼻元に近づける。

 少女がその状況を理解するのには数秒を要した。


「きゃーーーーーーーーーっ! か、返してくださいっ! 匂いをかがないでくださいっ!」


「ご、ごめんなさい。ついつい……」


「い、いえ! 落とした私も悪いんだけど……は、恥ずかしいです……!」


 真っ赤な顔で下着を受け取り、器用にも一人で着けなおす。

 あの鮮やかな手つきにソフィアは思わず拍手する。


「すごい! 私まだ一人じゃ上手く着けられないの!」


「あ、ありがとうございます。実はこの下着、結構長く使ってまして……。サイズもキツイし、金具も緩んでてすぐ外れちゃうんです。だから、私のせいなんです。変なもの見せちゃってごめんなさい……」


「いえいえ、むしろ感謝してます! 良いもの見れました!」


「ま、まあ、それなら……いいんですけど」


 少し困った笑みを浮かべる少女。

 不愉快に思っているわけではなく、自分の使い古した下着を見てありがたがるという価値感がわからないのだ。


「そういえば、自己紹介がまだだったわ。私はソフィア・ラノワ・フォンティーヌ! ソフィアって呼んでね」


「私はモニカ・グラマニエ……ってソフィア? もしかして、聖女のジャンヌ様とイザベル様の……」


「そう! 私はその二人の娘なの!」


「えーーーーーーっ!? い、いや驚くことじゃない! 確かに気品というか、オーラが全然違うもの! ま、まさか本物の娘様が私の近くに……! しかもお話ししてくださるなんて……恐れ多いです!」


「いえいえ、母様は偉い人でも私はただの娘だから。特別扱いなんてしなくていいわ」


「で、でも、私みたいな平民が、憧れの聖女様の娘ソフィア様と対等なわけが……!」


「私ね、年の近いお友達が欲しくてこの学校に来たの! 友達に身分の差なんてないわ」


「と、友達……? 私なんかがソフィア様の!?」


「そう! 一番最初に出来た友達! もしかして、迷惑……かな?」


「いえいえいえいえ! 嬉しすぎて天にも昇りそうな気分です! ソフィア様のお友達でいさせてください!」


「うーん……ソフィア様って呼び方は距離を感じるなぁ。ソフィアって呼び捨てにして欲しいな! それに敬語も必要ないって!」


「ソフィア……ソフィア……う゛っ! ダメです! 呼び捨てにすると気が遠くなります! 尊すぎて私の身体が耐えられません!」


「じゃあ、ソフィアちゃんはどう?」


「ソフィアちゃん……ソフィアちゃん……。こ、心が高ぶるけど何とか耐えられるかも……。それに敬語は外しても問題ないみたい……」


「良かった! じゃあこれからはソフィアちゃんって呼んでね! 私もモニカちゃんって呼ぶから!」


「うん! これからよろしくね、ソフィアちゃん」


「こちらこそよろしく、モニカちゃん!」


 ソフィアがモニカをぎゅうううっと抱きしめた後、両方の頬っぺたとおデコにキスをする。

 ラノワ・フォンティーヌ家では特に意味もなく行われるレベルの挨拶的スキンシップである。

 しかし、モニカの頭はこれを処理できず、また意識を失った。


「も、モニカちゃん!? どうしたの!? しっかりしてえええええええ!」

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