011 入学する少女たち

 雲一つない空、暖かな春を感じさせる風……。

 絶好の日和りに、リリエンタール魔法女学院の入学式は執り行われた。


 場所は学院内の大講堂。

 新入生に加えて在校生の一部、教員たち、来賓たち、そして保護者。

 多くの人々がこのめでたい日を祝おうと駆けつけていた。


「ふぁ~、眠いなぁ~」


 ソフィアは手で隠しきれない大きなあくびをする。

 こう暖かい日は眠たくて仕方ないお年頃なのだ。

 それに加えて入学式はお世辞にも面白いとは言えない。

 在校生の出し物は楽しめたが、それ以外はお偉いさんの長いお話が続くだけ。

 十四歳の女の子には退屈で仕方ない時間だ。


 おしゃべりをしようにもAクラスの新入生は列の真ん前で目立つ位置にいる。

 成績順に椅子が並べられているので、モニカとも離れている。

 保護者席はさらに遠く、遥か後ろだ。

 ジャンヌもイザベルも来ているが、目立つと聖女として来賓席に呼ばれてしまうので今回ばかりは大人しくしている。

 二人ともこういう改まった場所でスピーチを求められるのは好きではない。


(みんなよく耐えられるなぁ~。居眠りどころか、うとうとしてる子すらいないし)


 その時、ソフィアの隣の席の少女がふいに立ち上がった。

 ついに退屈にしびれを切らした問題児の登場かと期待したが、どうやら新入生代表として言葉を述べるようだ。

 一人で壇上へと向かっていく。


(凛としていて、綺麗な子……。でも、なんで成績トップの私が新入生代表じゃないんだろ? 別に挨拶とか好きじゃないけど、ちょっと気になっちゃうなぁ)


 ソフィアが選ばれなかった理由は入試の時に騒ぎを起こしたからである。

 彼女を目立たせると騒ぎが起こると、学院側はすでに理解しているのだ。


 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌの美しさは時に罪である――。


 しかし、壇上に上がった少女も世間一般的な美少女であった。

 くるくるとロールした太陽のごとく輝く金髪。

 長いまつげ、鋭く力強い視線。

 メイクにより桜色になっている頬、赤く肉感的な唇……。


 彼女の名はドロテア・ドラクロワ。

 見た目が主張しているように、お嬢様である。

 彼女はよどみなく新入生代表としての言葉を連ねていく。

 カンペなどは見ていない。

 相当練習してきたのだろう。


(うわぁ、すごく聞き取りやすい声! それにまったく噛まない! 話にも内容がある! すごいなぁ、私なら一言二言で終わっちゃいそうなのに)


 ソフィアはしばらく彼女の姿に見惚れ、声に聞き惚れた。

 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは美少女である――。

 そして、ソフィア・ラノワ・フォンティーヌ自身も美少女が大好きである――。


 しばらくしてドロテアが話を終え、ソフィアの隣に帰ってくる。

 座席に深く座り、目を閉じてふぅーっと長い息を吐く。

 彼女も相当緊張していたのだ。

 ソフィアはそんなドロテアのことをとにかく褒めたくなった。


「すごい良かったよドロテアちゃん……」


 大声は出せないので囁くような声を耳元に届ける。

 それが良くなかった。


「ひゃっ!?」


 悲鳴のようなドロテアの声が大講堂に響き渡る。

 張りつめていた神経がちょうど緩みかけていた時に、ソフィアの声を不意打ちで聞かされたのだ。

 むしろ、悲鳴で済んだことを褒めるべきだろう。


 しかし、事情が分からない他の人々にとっては急にドロテアが悲鳴をあげたようにしか見えない。

 事情を説明してまわるわけにもいかず、ドロテアは顔を真っ赤にして縮こまってしまった。


「ご、ごめんね。私のせいで……」


「んんっ……。み、耳元で囁かないでくださる……!? あなたの声は、神経に直接響くみたいで……ゾクゾクしておかしくなりそうよ……!」


 怒られたソフィアもしゅんとして縮こまる。

 このままの状態で入学式は最後のプログラム、学院長先生の挨拶へと移行する。


「みなさ~ん! こ~んにちわ~!?」


 壇上に上がった学院長は耳に手を当て返事を待つ。

 しかし、学院長を知らぬ者はその風変わりな姿に驚いて声が出ない。

 そう、彼女は生徒と同じ制服を着ているのだ。


「ん~? 元気がないぞぉ~?」


 再度返事を求められたことで、新入生たちはボソボソとだが返事をする。

 それに満足した学院長はうんうんとうなずき、自己紹介に移った。


「わたくしの名前はエレオノーラ・リリエンタール! 通称エレン! 何を隠そう学園の創始者であり大聖女のアマリリス・リリエンタールの実の子孫なのです!」


 子孫と聞くと子どもをイメージするが、エレンはれっきとした成人女性である。

 制服を着て現役学生で通せる雰囲気ではない。

 しかし、彼女は生徒と同じ服を着ることで若い子の気持ちに少しでも寄り添うと言ってはばからず、入学式のような大事なイベントでもこの服装をやめないのだ。


 それは彼女の教育理念なのか、性癖なのかは彼女のみぞ知る。


 一つだけ言えることがあるとすれば、彼女のファンはそれなりに多い。

 学生時代から着回している制服はサイズが小さいため、成長した胸が布を押し上げへそが見えている。

 またスラリと伸びた脚に対してスカートも短く、魅惑の白いふとももを存分に堪能できる。

 教育の場にふさわしくないと言われれば反論は出来ないが、彼女はこのファッションをやめない。


 それは彼女の覚悟なのか、ただ自分の体を見てほしいだけなのかは彼女のみぞ知る。


「えー、では学院長の挨拶を始めます」


 強烈なキャラを見せつけた後に読まれた文章は、平々凡々とした世間一般的な校長先生のお話だった。


(そこまでキャラ練りこめてないんかい!)


 あまりの温度差に新入生も苦笑い。

 しかし、面白い先生だという印象は残ったので、あの自己紹介もあながち間違いではないのかもしれない。


 これが作戦なのか、天然なのかは彼女のみぞ知る。


 結局このまま入学式は終了し、ソフィアが今日のうちにドロテアともう一度話す機会は訪れなかった。




 ◇ ◇ ◇




「あらためて、おめでとうソフィア!」


「ありがとう、ジャンヌ母様!」


 入学式を終え、保護者と合流するソフィアたち。

 もうしばらくすると、クラスごとに教室でオリエンテーションが行われる。

 それ以降はもう寮生活だ。

 自由に家に帰ることは難しくなる。


「ソフィアが学校に行くって言いだした時は嫌で嫌で仕方なかったけど、今は心から応援してるわ。頑張ってね」


「はい!」


「あら、いいお返事! ほら、イザベルも何か言ってあげて」


「うん。私は今でも寂しいし、胸が張り裂けそうだけど、同じくらい嬉しくもあるんだ。入学式を見てたらもう泣きそうで……。ソフィアも大きくなったんだなって……。送り出してあげないとって……」


「わー! 泣かないでください! 休みの日に会おうと思えば会えるんですから!」


「そうだね……。ずっとめんどくさいからってサボってた転移魔法も覚えたし、本当に大人になっていくんだなって思うと……私は……」


 イザベルは娘の晴れ姿に感極まっているため、代わりにジャンヌが言葉を引き継ぐ。


「ソフィアの言う通り会おうと思えばいつでも会えるから、もう大げさなことは言わないわ。ただ、人生の先輩として一つだけアドバイス! 第一印象だけで人を判断しないこと! この子嫌いだなぁって思ってもそのままにしないで、その子のことをもっと知ろうとしなさい。その結果やっぱり嫌いなこともあるけど、もしかしたら大親友になれるかもしれないわ。私とイザベルみたいに」


「はい! 心に刻みます!」


「素直でよろしい! じゃあ、お別れのキスね。イザベル!」


「うん……今回はあれだね」


 ジャンヌとイザベルはソフィアの肩に手を乗せ、頬にそれぞれキスをした。

 ジャンヌは右に、イザベルは左に、人目もはばからず口づけをする。


「ありがとう母様! 母様たちの娘でソフィアは幸せです!」


 普段のお返しとばかりにソフィアも母たちにキスの雨を降らせる。

 それを見ていたモニカの母リネットも、娘の頬にそっとキスをする。


「母さんあんまり慣れてないから、あんなに激しくは出来ないけど、愛してるわよモニカ」


「お母さん……ううぅ……お母さん!」


 母の胸に飛び込むモニカ。

 強がっていた彼女もずっと一緒に暮らしてきた母の元を離れるのは寂しいのだ。


「頑張るからね……! 寂しいけど絶対頑張るから……!」


「うんうん、無理だけはしないでね。応援してるわ」


 それぞれの別れの挨拶を終え、娘たちは校舎の中に消えていく。


「じゃあ、元気でねソフィア! 私たちはこれからママ友の集いだからしばらくは王都にいるわ! 何かあったら連絡して!」


 ジャンヌの言葉にリネットがギョッとする。


「え? ママ友って……私も入ってるんですか?」


「もちろんですよ! ママはママで、娘は娘で親睦を深めましょう!」


「そんな! 私みたいなのが聖女様と……」


「リネットさんは美しい……。このイザベル・ラノワ・フォンティーヌは保証しますよ。さあ、行きましょう」


「そ、そうですか? じゃあ、少しだけ……」


 聖女に両脇を固められ、リネットは学院を去った。

 半ば連行されているようにも見えたが、リネットにとって慣れていない王都を聖女が案内してくれるのはモニカとして嬉しいことだった。


「さあ、行きましょうソフィアちゃん! 教室は一階よ!」


「うん!」


 一年の教室は一階にある。

 まるで宮殿のごとき廊下を歩き、二十人が入るには広すぎる教室に入る。


「なんかまだ、ここが自分の居場所って感じがしないなぁ~」


「一年後には離れるのが惜しくなってるのかなぁ」


 Aクラスはエリートクラスとはいえ、みんなまだ緊張でガチガチである。

 そんな教室の中に、最もガチガチに緊張している人物が現れた。


「あ、扉が開かない……。ど、どうしよう……」


 スライドドアを押して教室に入ろうとする誰か。

 おそらくAクラスの担任教師だ。

 教室は基本スライドドアなのだから、教師ならば絶対に開け方を知っているはずである。


(よっぽど緊張してるのかしら? それとも新人教師さん?)


 ソフィアは見かねて内側からドアを開けてあげた。


「どうぞ先生……って、ええっ!? あなたは確か、アナマリア教授!?」


「そ、そそそ、そうでしゅ! お、おおおお、お久しぶりでしゅ! 私の天使……ちがっ、ソフィア様! じゃない……! ソフィアさん!」


「はい、お久しぶりです教授! その節はどうも」


「こ、これはこれはご丁寧に……」


 ぺこぺこと頭を下げるアナマリア。

 彼女はこの学院内の研究施設で働く教授であり、教員の資格も持っている。

 入学試験の魔力検査の際にソフィアを担当し、その魅力に完全に惚れ込んでしまった。


 前髪にはソフィアがプレゼントした髪留めが今もあり、小さなおデコが隠れることなく露出している。

 いつもの白衣は教員用の制服に変わっており、見た目の雰囲気はかなり違う。

 しかし、性格は変わっておらず誰が見ても彼女はアナマリア・アングラードである。


「今日はどうしたんですか教授? 先生用の制服まで着て」


「それは……その、私がAクラスの担任教師になれたからです……!」


「え、教授が先生に!?」


「は、はい……! その経緯も説明しますので、みなさん席について下さ~い……。あの、出来ればでいいので……」


「いや、そこは絶対座らせましょうよ教授! いや、先生っ!」

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