012 導かれし少女たち

「私の名前は……アナマリア・アングラードですぅ……。そ、そんなにみんなに見られると緊張しちゃう……」


 アナマリアは教壇の裏に隠れ、目から上だけをひょっこりと出して話を続ける。


「私はもともと教師ではなく教授でして……『魔力』に関する研究をやっていました……。でも、教師の資格も持っていて……。そのぉ、自慢ではないんですが成績自体は優秀でしたので……早く教師をやれとずっと言われていたんです……。人材不足らしくて……」


 生徒の中には研究者としてのアナマリアを知っている者もいる。

 しかし、まったく彼女を知らない生徒からすれば「この人でリリエンタールの誉れたるAクラスの担任が務まるのか?」と不安になる。

 クラスは何とも言えない緊張感に包まれていた。


「私としてはあまり乗り気じゃなかったんですけど……こ、今年はやってみてもいいかなって……」


 ちらっとソフィアの方を見るアナマリア。

 視線に気づいたソフィアはパチンッとウィンクを返す。


「はうぅぅぅぅぅぅ……っ!! あ、ああっ、私の自己紹介はここまでにして……クラスのみんなの自己紹介をしていただけると嬉しいです……! はぁはぁ……。順番は……」


「はいはーい! 私からやりまーす!」


「じゃ、じゃあ、ソフィアさんからで……。私はしばらく黙りますぅ……」


 教室の窓際、それも一番後ろの席のソフィアはすくっと立ち上がる。

 クラスの視線が一斉にソフィアに集まる。


「みなさん初めまして、私はソフィア・ラノワ・フォンティーヌです」


 名前を述べただけで生徒たちはうっとりとしたため息を漏らす。

 ソフィアも今日は気合十分。

 聞いているだけで頭の中がソフィアのことでいっぱいになるような声が出ている。


「特技は魔術武術全般。趣味はお屋敷のメイドたちと戯れること。好きな物はかわいい女の子と大きなお乳。尊敬する人は……両親です」


「まあ素敵!」

「流石は聖女様の娘ですわ……」

「私なんかがソフィア様と同じクラスでいいの!?」

「まぶしすぎて直視できない……」


 ソフィアに憧れや尊敬のまなざしを向ける生徒たち。

 途中の趣味と好きな物は聞こえなかったようだ。


「これからよろしくお願いします。私はみんなと仲良くなりたいです」


 自己紹介の締めに満面の笑みを見せるソフィア。

 何人かがその笑顔で意識を失いかける。

 Aクラスは裕福な家庭の娘たちが集まりやすい。

 だが、たとえ裕福な人生を送っていようとソフィアより美しいものに出会うことは叶わない。


 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは唯一無二である――。


「次はモニカちゃん! 自己紹介して!」


「あ、うん」


 今度はモニカが立ち上がる。

 席はソフィアの右隣りである。


「初めまして、モニカ・グラマニエと言います。えっと、あまり人に誇れることはないのですが、家事全般は得意です。趣味は……読書かな。好きな物はあんまりたくさん食べたことはないけど、お肉とか牛乳とか好きです。尊敬する人はお母さんと聖女ジャンヌ様です。よ、よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げるモニカ。

 ぎこちないながらも自己紹介をやり切ったが、クラスの反応は冷ややかな物だった。

 まばらな拍手に興味なさげな視線。


 ソフィアにはその理由がわからなかった。

 自己紹介は次の生徒へと回り、その生徒の自己紹介が終わると温かい拍手が起こった。

 ソフィアはますますわからなくなった。

 ただ、モニカが悲しそうな顔をしているので聞くに聞けない。


 悶々としたまま自己紹介は進み、ソフィアも見覚えがある生徒の番になった。


「初めまして! と言っても、このクラスの大体の方はご存知だと思いますが……。わたくしの名はドロテア・ドラクロワ! 魔導の名門ドラクロワ家の一人娘ですわ!」


 生徒たちのほとんどが歓声を上げる。

 ドラクロワ家は現在の魔法教育の礎を築きあげた一族である。

 『魔を導く』ことから魔導の名門と呼ばれ、新たな教育理念を掲げるリリエンタールにとっても無視できない力を持っている。


 その一族の娘であるドロテアは、本来ならばドラクロワ家が創立に関わった魔法学院へ入学するはずだった。

 しかし、天才である彼女はこの歳でドラクロワの教育カリキュラムを終えてしまった。

 リリエンタールにやって来たのは敵情視察に近い。

 いずれドラクロワ家を継ぐ彼女にとって、自分たちの一族と違う教育理念を持つ学院が興味深かったのだ。


「特技は魔法! 趣味も魔法! 好きな物は甘いお茶と甘いお菓子! 尊敬する人は両親! そして、開魔の聖女ジャンヌ様ですわ!」


 教室に今日一番の拍手が巻き起こる。

 ソフィアはその理由がわからなかった。


(ジャンヌ母様が嫌われていて、その名前を出したからそっぽ向かれたってわけじゃないんだなぁ……)


 全員の自己紹介が終わり、学校の授業や放課後の過ごし方、寮の規則や外出許可、施設の利用方法などをアナマリアが必死に説明している間も、ソフィアは上の空だった。

 モニカに元気がないことも、ソフィアの不安を煽った。


 キーンコーンカーンコーン!


 授業の終わりを告げるベルの音。

 今日は入学式ともろもろの説明だけなので、終業のベルでもある。

 ベルの音が聞こえても、ソフィアは上の空だった。

 ある生徒に話しかけられるまでは……。


「ごきげんようソフィア様」


「あ、えっと、ドロテアちゃん?」


 ソフィアの目の前に鼻息の荒いドロテアがいた。

 彼女の周りにはいわゆる取り巻きの生徒たちもいる。


「まぁ、わたくしなんかの名前を憶えていてくださったなんて……光栄ですわ!」


「流石にさっき聞いたばかりの名前を忘れることはないな。あと、ソフィア様はやめてほしいな。ソフィアでいいよ」


「そ、それは少々難しいですわ。わたくしにとって尊敬する聖女ジャンヌ様の娘であるソフィア様を呼び捨てだなんて……。そ、ソフィア……さん。せめて、ソフィアさんで許してもらえないでしょうか?」


「まあ、そこまで言うならいいよ。でも、母様が偉いからって、私が偉いわけじゃないんだけどね」


「そんなことはありませんわ! 確かに言い方が悪かったです! ジャンヌ様も尊敬していますが、私はソフィアさんも尊敬しているのです! 同じ偉大な親を持つ娘として!」


「私、そんな尊敬されるようなことした覚えないなぁ。母様たちみたいに新しい魔法を開発したり、難しい魔法の本を執筆したりもしてないし……」


「し、失礼ですが、ご両親の書かれた本をお読みになったことは……」


「ごめん! あんまりない! でも、それが私を尊敬することとどんな関係があるの?」


「ジャンヌ様とイザベル様の御本には、毎回ソフィアさんの話が載っているのです! この魔法は娘のおかげで開発できたとか! 娘のおかげですべて上手くいったとか! 娘のおかげで私は頑張れるとか!」 


「ええっ!? 私そんなお仕事のお手伝いしたことないよ!?」


 ソフィアが驚くのも無理はない。

 彼女の両親は基本ソフィアに仕事をしている姿を見せたがらないからだ。

 聖女といえど仕事中は悩んだり苦しんだり、締め切りに追われて焦ったりしている。

 そんな姿を娘に見せたくないのだ。

 ソフィアにとって自分たちはカッコいい存在でなくてはならないという、両親のプライドだった。


 しかし、どうにも上手くいかない時は最愛の娘の力を借りる。

 仕事を手伝ってと言うのではなく、新しいなぞなぞを考えたから解いてみてと言うのだ。

 ソフィアはちょうど良い暇つぶしだと問題を完璧に解いてしまう。

 それが聖女の頭を悩ませる難問だとも知らずに。


 こうして両親がソフィアを褒め、ソフィア自身は何も知らないという状況が成立した。


「ふふっ、流石は聖女の娘。ご謙遜なさるのね」


「いやぁ、本当に覚えが……」


「わたくしもソフィアさんのように両親の役に立つ娘になりたいと日々思っておりますの。ですが、まだまだソフィア様の足元にも及びません。あなたの側で、たくさんのことを学ばせていただきたいですわ。これからどうか、このドロテア・ドラクロワと……」


 ドロテアが右手を差し出す。

 ソフィアはその手を取り、固く握手を交わした。

 そして、その手を引っ張って、ドロテアの体をグッと自分の方に引き寄せる。


「ま、まあっ!?」


 そのまま身を寄せ合って肩を組む。

 ソフィアがドロテアの耳元で囁く。


「あのね……」


「ひゃうっ! そ、そんな耳元で……と、吐息が……! お、お許しくださいソフィアさん! そんな囁き方をされては身が持ちませんわ!」


「ご、ごめん。ちょっと顔を離すね。それで……聞きたいことがあるんだ。私にも全然答えがわからない事なんだけど……」


「ソフィアさんにわからないことを私に!? ええっ、答えて見せますわ! ドラクロワの名にかけて!」


「私の隣の席の女の子……モニカちゃんって言うんだけど、さっきからずっと元気がないの。それに自己紹介の時もみんなの反応悪かったでしょ? それはなんでなのかなって……」


「おほほほほっ! そんなことでしたら答えは簡単! 彼女が私たちと違って平民だからですわ!」


 ビシッとモニカを指さすドロテア。

 モニカは縮こまっている。


「いくら平等の教育を掲げるリリエンタールと言えど、もっとも優れたクラスはそれ相応の身分の者で固められるはず! そこに平民が紛れ込んでしまうだなんて! 不正受験かしら?」


 ドロテアはツカツカとモニカに近寄り、彼女の胸を手に持った杖で突っつく。

 取り巻きがそれを見てくすくすと笑う。


「御覧なさい! こんな下品な贅肉の塊を胸からぶら下げているのですわ! 平民はみんなこうなのかしら? まったくうらやま……けしからん事この上ありません! 女性の美しさとは流れるようなボディライン! スレンダーでなくてはいけないのですわ! 絶対に!」


 自分の体を見せつけるドロテア。

 確かに腰から尻にかけてのラインなどには年齢に不相応な色気がある。

 黒いタイツに包まれた脚には、思わず手を伸ばしたくなる魅力がある。

 しかし、胸は慎ましい。


「ねえ、それはおかしいよドロテアちゃん」


「はい?」


「確かにモニカちゃんの家はそんなに裕福じゃなかったよ。でも、だからって酷いことをする理由にはならないよ。モニカちゃんは素敵な女の子なの。私はモニカちゃんのことが好きだし、尊敬もしてるわ。私が持ってないものをたくさん持ってるんだから。それに試験だって魔力検査だって側にいたからわかる。不正なんてまったくしてないって」


「そ、それは……そのぉ……」


「それにねドロテアちゃん。お乳は大きい方が良いのよ。小さいのが悪いなんてことは決してないけど、お乳は大きい方が良いのよ」


「それに関しては、たとえソフィアさんが相手でも断固異議を申し立てますわ! 胸は慎ましい方が美しい! 大きくても重くて邪魔なだけ! いやらしい目で見られて不快になるだけですわ!」


「本当に?」


 ソフィアはドロテアの両腕を掴み、その手を自分の胸に押し付けた。

 制服越しにもわかる乳房の弾力にドロテアも思わず頬を緩める。


「モニカちゃんのお乳に比べたら全然だけど、私のお乳でも触ると気持ちいいでしょ? それにこうやって……!」


 今度はドロテアの顔を胸に押し付ける。


「胸に顔をうずめると、とっても安心するでしょ? これが大きいお乳だと顔全体が埋もれて、温かくていい匂いで満たされるの。大きいお乳はね人を幸せにできるの。救うことができるの」


「くぅ……わ、私だって……大きくなるなら大きくしたいのですわーーーーーーっ! うわーーーーーーん!」


 ドロテアが泣きながら教室から出ていく。

 それを追って取り巻きたちも出ていく。


 悲しいことに取り巻きたちの胸はドロテアよりも大きい。

 しかし、ドロテアを悲しませまいとみな胸を小さく見せる下着を着用しているのだ。


「モニカちゃん! 元気出して! きっとドロテアちゃんもそのうちわかってくれるわ!」


「う、うん、私のこと、かばってくれてありがとう。でも、このままじゃドロテアちゃんとわかり合うことは出来ないと思うわ」


「やっぱり、モニカちゃんもあんなこと言われて怒ってる?」


「ううん、Aクラスに入ることが決まった時点で覚悟してたわ。確かに少しはムカつく! でも、だからってずっと嫌いなままでいたくはない。お互いにね。だから、ドロテアちゃんとも友達になる!」


「流石モニカちゃん! そういうところを尊敬してる!」


「問題は胸の方なの。コンプレックスを刺激して、フォローしないと溝は深まるだけ! お友達になる第一歩として、大きい胸も小さい胸も素晴らしいということをドロテアちゃんに伝えないと……」


「でもねモニカちゃん。胸は大きい方が……」


「それは今だけでも封印して! さあ、私たちもドロテアちゃんを追うわよ!」

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