002 その娘はオーラがある
ソフィアが目指すリリエンタール魔法女学院は、その名の通り魔法の才能を持つ少女たちが通う教育機関だ。
数ある魔法女学院と違っている点は、身分に関係なく受験資格が与えられることである。
最近ではその風潮も薄れてきたとはいえ、過去には魔法の才能は高貴な身分の者にしか宿らないという俗説が世の中を支配していた。
実際は身分の高い者だけが十分な魔法教育を受けられるため、才能が開花しやすいというだけのことなのだ。
それを証明するために大聖女リリエンタールが設立したのが、彼女の名を冠するリリエンタール魔法女学院である。
学費は経営努力で安価に抑えられ、成績が優秀な者には学費免除などの制度も充実している。
その結果、リリエンタール魔法女学院には本来ならば出会うことがなかった様々な身分の生徒が集まり、お互いの違いが刺激になり、人間として大きな成長を遂げることが出来る……っとパンフレットには書かれている。
この一文こそがソフィアがこの学校を選んだ理由である。
ソフィアの場合、まず入学を希望して断られる学校はない。
最高位の女性魔法使いのみに与えられる『聖女』の称号、それを持つ二人の女性の間に生まれた娘がソフィアだ。
身分は申し分なく、才能にもあふれている。
わが校に来てくれとお偉いさんが頭を下げて頼み込んできたこともある。
しかし、ソフィアには響かなかった。
周囲の人間に溺愛されて育った彼女にとって、自分を持ち上げる言葉など聞き飽きている。
それよりも心惹かれるのは自分と同年代の少女たちとの交流。
出会いは多様であればあるほど良い。
リリエンタールこそ自分の行くべき学校だ。
ソフィアの決意は固かった。
「まあ、試験に受からないと始まらないんだけどね」
「お嬢様なら確実に合格しますよ。何一つ問題はありません」
試験の数日前、ソフィアとアニエスは自家用の馬車に乗って出発の時を待っていた。
彼女たちの暮らす巨大迷宮のような屋敷は山の奥にある。
リリエンタール魔法女学院のあるリーリエ王国の首都リリアレスまで移動するには時間がかかる。
そのため、出発は試験日よりもずっと前だ。
「街の空気に慣れてリラックスした状態で試験を受けるためにも、早く出発したいのだけど……」
馬車の窓には寂しそうな顔をした両親が張り付いているのだ。
ソフィアを行かせまいと無意識に魔法を使っているため、遅々として馬車は前に進まない。
「ジャンヌ母様、イザベル母様、ソフィアはそろそろ行かねばなりませんの」
馬車の扉を開けて両親に語りかける。
すると、二人は馬車に乗り込みガバっとソフィアに抱き着いてきた。
「うええええええん! 覚悟はしてたけどやっぱりいざとなると寂しいわぁ!」
「行かないでくれソフィア……。母さんとずっと一緒にいよう……」
「あーもう! 試験を受けに行くだけですから! しばらくしたら帰ってくるんですよ!」
「でも、リリエンタールは全寮制でしょ? 受かったらソフィアと会えなくなるじゃない!」
「永遠に会えなくなるわけじゃありません! 子離れするって話はどこ行ったんですか!?」
「子どもは何歳になっても子どもだもん! ああ、私のソフィア!」
「こうなったら……! ごめんなさい! 母様たち!」
ソフィアの両手が白銀のオーラを
同時に二人の母の体もオーラで覆われる。
「えい!」
ソフィアが両手を突き出すと、両親の体がふわりと宙に浮かび、そのまま馬車の外へとはじき出された。
「私は大丈夫ですから! 行ってきます! 合格するように祈っていてくださいね! 間違っても『落ちろ』とか考えないでくださいね!」
馬車は急加速。
屋敷の門をくぐり抜けて外へと飛び出していった。
「あぁ……行っちゃったわ……。親に魔法を使うなんてひどいと思わない!?」
「仕方ないよ。こうでもしてくれないと離れられそうになかったからね。それにしても、ソフィアの魔法に抵抗することが出来なかった……。また、腕を上げたようだね」
「無事に帰って来てくれればいいんだけど……」
「帰ってくるさ。私たちの娘なんだから」
ジャンヌの肩を抱き、イザベルがささやく。
「むしろ心配なのはこれからソフィアに出会う人たちだ。ソフィアは可憐すぎる。心を奪われて、人生を狂わせる人がいなければいいけれど……」
「そうね。あんな美しい子が急に目の前に現れたらショックで気を失ってしまうかも……」
何も知らずに聞いていれば重度の親バカにしか聞こえない会話。
しかし、この会話があながち間違いではないことは、すぐに証明されることになる。
◇ ◇ ◇
「ここがリリエンタール魔法女学院……!」
馬車の旅を終え、ソフィアはリーリエ王国の王都リリアレスに到着した。
眼前に広がるのはリリエンタールの校舎。
田舎から出てきて初めてこの校舎を見たものは、あまりの荘厳さに呆然と立ち尽くすと言われている。
しかし、今日はそれ以上に荘厳さを感じさせる存在が王都にあった。
美少女ソフィア・ラノワ・フォンティーヌである――。
校舎を見つめる彼女を見つめる者が多数。
誰もが振り返り、時には立ち尽くし、思わずため息をつく。
だが、危惧されていたほど大騒ぎにはならなかった。
その理由をアニエスは考察する。
(やはり、大勢の人が行き交う開放的な空間では理性が強く働くようですね)
今日のソフィアが特別かわいくないわけではない。
彼女はいつもかわいい。
違いは環境にある。
新入りメイドが理性を失ってしまったソフィアの自室は、毎日掃除洗濯がなされているとはいえ、ソフィアの体臭やフェロモンが染みついている。
香水や花の匂い、その他香料とはまた違うソフィアだけのほのかに甘い体臭は人を狂わせる。
閉鎖空間では特に危険だ。
しかし、ここは青空の下の混み合った街中。
ほのかな匂いなどかき消せる物がいくらでもある。
そのため、ソフィアも外見で人を魅了するだけにとどまっているのだ。
「アニエス、学院も近くで見ると案外小さいのね」
「お屋敷が大きすぎるのですよ。さあ、受付を済ませましょう」
学院の門をくぐり中へ。
今日は試験当日、中庭にはソワソワしている少女たちとその保護者であふれている。
中には緊張のあまりうつむいている者もいるが、太陽のごときオーラを放つソフィアの登場にみな顔を上げて微笑む。
当のソフィア本人はそんなことは気にせずに中庭をぐるりと見渡す。
「到着した日が試験当日なんて、少し余裕のない日程ではないかしら? そもそも馬車を使わずジャンヌお母様の転移魔法を使えばよかったのでは?」
「転移魔法を使わなかったのは、ソフィア様に世間一般の移動方法を体験してほしいというご両親の願いです。ただ、いざという時のために私に転移の紋章を刻んではありますけどね」
アニエスが右手の白手袋を外して手の甲を見せる。
そこには複雑な模様の紋章が描かれていた。
「あら、アニエスも転移魔法に適合できるようになったのね!」
「あくまでジャンヌ様の紋章がある時だけですがね。数回使えば紋章は消えてしまいます。緊急脱出用だと思ってください」
転移魔法は魔法の存在が確立されているこの世界ですら幻と言われていた魔法だ。
術者を思い描いた場所に瞬時に移動させる効果がある。
この魔法を現実にしたのがジャンヌで、彼女を聖女の称号に大きく近づけた要因の一つである。
しかし、練度の高い魔法使いにしか使えないという欠点がある。
それに対する応急処置が紋章の付与である。
ジャンヌから魔力を分け与えてもらうことで、一時的に魔法の発動を可能にする。
ちなみに他人に魔力を分け与えるという行為も常人には不可能。
見かけによらずジャンヌは天才なのだ。
「転移の紋章があるなら、初めから遅刻の可能性はなかったってことよね!」
「まだ受付が済んでいませんから、今からでも遅刻できますよ。さあ、列に並びましょう」
受付の列は長い。
大半の受験生は持ってきたノートやら教本を呼んでいるが、ソフィアはそんな物を持ってきていない。
すべては頭の中に入ってる。
(でも、本の一つくらいは持ってくるべきだったかなぁ。暇だぁ……)
ソフィアがふぁ……と大きなあくびをする。
それを聞いた列の前の人が驚いたようにガバっと振り返る。
「あ、ごめんなさい。はしたないことを……」
不快な思いをさせてしまったと謝るソフィア。
しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「お先にどうぞ!」
「え?」
「私は後でいいので先に受付してください!」
「え? え?」
「私もお先にどうぞ!」
今度はソフィアの前の前の人が名乗りを上げる。
「私も!」
「どうぞどうぞ!」
「別に私は後でいいんで!」
前の前の前の前の前の……最前列の人まで全員がソフィアに先を譲ろうとする。
それどころかソフィアの体を掴んで前へ前へと引っ張っていく。
「ちょ……どこ掴んでるんですか!? いや、それよりも私はちゃんと順番を守るように育てられてきましたから! 私に譲らないでくださーい!!」
「ハッ……! 私ったら何を……」
「すいません、お暇そうだったので先にと思いまして……」
「並ぶのが面倒なのはみんな一緒ですから、私にだけ特別気を遣う必要はありませんよ。気持ちはとっても嬉しいですけどね」
ソフィアの一喝で我に返った人々は、再び列を形成する。
ふぅ……っと一息ついてソフィアも列に戻る。
「お見事でしたよお嬢様」
「え? なんのことかしら?」
「相当お暇そうでしたのに順番を譲ってもらわなかったことです。お嬢様は退屈に慣れていないと思いましたから、てっきり言うことを聞いてしまうかと」
「まあ、ちょっと嬉しかったけど譲られ方が情熱的過ぎてね。断るという選択肢が先に来ちゃった」
「その気持ちをこれからも持ち続けてくださいね。中身もかわいいお嬢様が私は好きです」
「んー? よくわからないけど、私はこう見えて常識人なのよ?」
おしゃべりに熱中していると待ち時間も気にならない。
すぐにソフィアの順番が来た。
受験票を渡し、手続きを進める。
その際に受付の係員が驚くように目を見開くのをソフィアは見逃さなかった。
しかし、特に指摘もしなかった。
両親ともに女で、それが有名な聖女となれば目も開きたくなる。
特にここは魔法に関する教育機関なのだ。
聖女の娘を目の前にして驚くのは無理もない。
むしろ、驚きを声に出さず冷静に手続きを済ませた係員にソフィアは感心した。
「ありがとうございます」
一礼してその場を離れるソフィア。
「いよいよここからは一人ですね、お嬢様」
「そうね、保護者は試験会場に入れないもの」
「私は心からお嬢様の合格を祈って待っております。大丈夫です。お嬢様なら問題ありません」
「アニエスもここまでありがとう。頑張ってくるわ!」
遠ざかっていくソフィアの背中を見つめるアニエス。
彼女もまずは一つ役目を果たせてホッと一息をつく。
「お嬢様が落ちるなんてことはない。ただ、無事に試験が成立し、終えることが出来るのかは……祈るしかありません。あなたは
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