聖女と聖女とその娘 ~百合婚で生まれた娘は美少女にモテ過ぎる~

草乃葉オウル@2作品書籍化

その娘の名はソフィア

001 その娘は美少女である

 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは美少女である――。


 ダイヤモンドのように光り輝く清らかな白髪。

 笑顔で空間が浄化されるほど美しい顔立ち。

 シルエットだけで人を魅了する完璧なボディスタイル。

 聞くだけで聴力が回復するとされる透き通った声。

 そして、年頃の少女らしい好奇心旺盛な性格……。


 やはり、ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは美少女である――。


 ソフィアの母は二人いる。

 前妻、後妻という常識の範疇の母二人ではない。


 一人は開魔の聖女ジャンヌ。

 ウェーブのかかった薄い桃色の髪。

 ゆったりとした服の下に隠されたグラマラスな体。

 常にニコニコ人々に幸せを振りまく笑顔。

 その下にはかなり強情でアクティブな一面が隠されている。


 もう一人は退魔の聖女イザベル。

 深い紺色のショートヘアー。

 スラリと伸びた筋肉質な肢体に鋭い目。

 人々は彼女を尊敬しつつも畏怖の念を感じている。

 実際は温厚でのんびり屋、かつ人に流されやすい。


 二人は聖女同士のカップルであり、男女の夫婦となんら変わらない。

 朝には言葉で愛を囁きあい。

 夜には体で愛を確かめあう。

 そうして深めた愛によって生まれた子どもがいる。

 正確には愛と二人で開発した大魔法によって生まれた子どもがいる。


 そう、ソフィア・ラノワ・フォンティーヌは二人の女性の間に生まれた美少女である――。


「おはよう……みんなぁ……」


 ふわぁっとあくびをしてベットから起き上がるソフィア。

 その周囲には早く身支度を整えて朝食に送り出したいメイドたちが何人も待機していた。


「やっぱり……もうひと眠り……」


「いけません!」


 メイドの一人が再び寝ころぼうとするソフィアの体を抱き留める。

 そして、そのままギュッと強くソフィアを抱きしめてしまった。


「うぉ……朝からキツイキツイ……」


「お嬢様……私もう……」


「もう? どうしたの?」


 メイドの顔は明らかに興奮していた。

 途端に周りのメイドたちがソフィアの体から引きはがしにかかる。


「新入りにお嬢様の寝顔を見せるのはミスだったわ!」

「完全に発情してる!」

「こらっ! お嬢様の前でそういう言葉を使うとメイド長が……」


 ウワサをすれば、と言わんばかりのタイミングで現れた新たなメイドが、むんずっと新入りメイドをソフィアの体から引きはがす。


「私の体で我慢してください」


「メイド長……も好きです!」


「あら、嬉しい」


 自らの体にメイドを抱き着かせたまま、彼女はソフィアを冷たい目で見下ろす。

 バツが悪くなったソフィアはベッドから出てそそくさと着替えを始めた。

 それを見て、他のメイドたちは慌てて退散する。


「急に服を脱がれるのはおやめください。人によってはショックで意識を失います」


「そんなこと言われたって私は生まれたころからこの体なんだもん」


「一人でお着替えできれば問題ないのですがね」


「むぅ、着替えぐらいできるもん! アニエスったらバカにして……」


 アニエスと呼ばれたメイド長はジッとソフィアの着替えを見守る。

 彼女もまた十分美女と言える顔立ちで、スタイルも抜群である。

 そんな大人の魅力とは相反する茶髪のおさげもまた周囲の目を引く。


「ほーら! ちゃーんと着替えられた!」


「……スカートが下着に巻き込まれて丸見えになっています」


「あ、えへへ……」


 顔を赤らめて服装を直すソフィア。

 彼女にも年頃の少女としての恥じらいがある。


「そんなことでは今日もお母様たちに女学院行きを反対されますよ」


「くっ……そう言われると返す言葉がない……」


 背中を丸めて寝室から出るソフィア。

 新入りを落ち着かせないといけないアニエスと別れ、両親のもとに向かう。

 一人でもなんてことはない。

 彼女が十四年におよぶ人生のほとんどを過ごしてきた家だ。

 迷宮と呼ばれるほどとんでもなく巨大なお屋敷だからといって迷うことはないのだ。


「おはようございます。お母様……」


「あ~ん! ソフィアおはよ~!」


 食い気味に抱き着いてきたのはソフィアの母ジャンヌだ。

 大きく柔らか胸に我が子の顔を押し付けた後、キスの雨を降らせていく。

 これが毎日なものだから少し呆れてしまうが、それでもソフィアはこの時間が好きだった。


「イザベル母様もおはようございます」


「ああ、おはよう」


 もう一人のは母イザベルはクールにブラックコーヒーを飲む。

 ソフィアはあのカップが空になったところを見たことがない。

 おそらく娘にカッコいいところを見せたいがために飲んでいるとソフィアも薄々察しているが、「もういいよ」と言い出すタイミングは今日も見つからなかった。


「さあ、朝食にしましょ!」


 ジャンヌの号令でテーブルの上に豪勢な料理が並べられる。

 一番量を多く食べるのはジャンヌで、次にソフィア、背丈の割にイザベルは食が細い。


「う~ん、今日も幸せな朝ねぇ~」


「ジャンヌ母様、その……お話があるんですけど……」


「ん~? なぁに? ソフィアのお話ならいくらでも聞けちゃうわ!」


「この前も話した……学校の事なんですけど……」


「うふふ、だぁめ!」


「ど、どうしてそんなに……!」


「ソフィアがいなくなると私が寂してくて仕方ないからよ!」


 バァンとテーブルを叩くジャンヌ。

 いつものことなので特に驚くメイドはいないが、イザベルは困ったような笑みを浮かべる。


「でも、親が寂しいからって子どものやりたいことを妨げるのは間違っている気もするよ。ソフィアの言ってる学校は歴史もあって評判もいい。卒業生も各業界で活躍している人ばかりだ。それに女学院だから……」


「女学院だからって安全とは限りません! 愛に性別など関係ないのよ! きっとソフィアを付け回してあわよくば結ばれようなんて不埒な娘がわんさかいますわ! かつての私のような女を追い回すのが大好きな女が!」


「あはは……、そういえば私たちってジャンヌがあまりにもアプローチをかけてくるから付き合いだしたんだっけ? あの頃は結婚するなんて想像もしてなかったなぁ」


「あら! 覚えていてくれたのイザベル!」


「当り前さ。というか、忘れられないかな……アプローチが激しすぎて」


「それでも嬉しいわ!」


 ジャンヌがイザベルに抱き着き、イチャイチャし始める。

 イザベルが一定の理解を示すものの、ジャンヌが丸め込んで終わりと言うのが毎日の流れだ。

 しかし、今日は少し違った。


「ジャンヌ、ソフィアがこんなに何かをやりたいって言ったのは初めてだ。私だって寂しいけど、認めてあげたいと思う。何より一生この子を家の中に閉じ込めておくのはかわいそうだよ」


「むぅ、私だってずっと閉じ込めておきたいなんて思ってないけど、ソフィアのいない生活なんて考えられないわ!」


「その寂しさを私の愛で埋めることは出来ないかな、ジャンヌ」


「えっ……」


 イザベルに見つめられて頬を赤らめるジャンヌ。


「私たちは母親になってもずっと愛し合ってる。でも、どこかであの頃に比べて愛情表現が淡白になってたと思う。愛しいソフィアの代わりには到底ならないけど、ジャンヌの寂しさが少しでも紛れるように努力する。だから……」


「わっ、わかったわ! それ以上は娘の前で言っちゃダメよ!」


「え、私は別にそういう意味で言ったのでは……」


「私を母からただの女に戻すって言うのね……うふふ」


 ソフィアは両親の言っていることがわからない。

 しかし、こういう時に子どもが口を挟むものではないとなんとなく察していた。


「大人しいイザベルにそこまで言わせて、駄々こねるほど私は子どもじゃないわ。それにソフィアに広い世界を知ってもらいたいと私だって思ってたんだから」


「じゃあ、認めてくれるんだね。ソフィアのリリエンタール魔法女学院入学を」


「うん! 私も少しは子離れする時期ってことよね」


 こうなるとジャンヌはもうウダウダ言わない。

 お淑やかな見た目とは裏腹に竹を割ったような性格をしている女性なのだ。


「ということで、私たちはソフィアの入学を認めるよ。手続きもすすめないとね。本当は……私だってすごく寂しいけど……ぐすっ……ソフィアのためだから……」


「ど、どうして泣いておられるのですかイザベル母様! まだ手続きも入学試験も終わっていませんよ!」


「いや……想像するだけでもう……」


 涙を流すイザベル。

 対してジャンヌはもう覚悟を決めている。


「さーて! 書類から準備を始めましょー! それに根回しも入念にやらないとねぇ。なんてったって大事な愛娘を預けるのですもの! しっかり学院とやらを締め上げて……」


 ジャンヌは朝食を心ゆくまで食べ、意気揚々と自分の書斎へと向かった。

 入れ替わるようにメイド長のアニエスが現れる。


「お嬢様、うまくいったようですね」


「ええ、でもイザベル母様が……」


「だ、大丈夫だよソフィア……。ソフィアを抱きしめたら落ち着いたよ。さあ、私もソフィアのために準備を進めるかな……」


 イザベルもよろよろと自室に向かった。

 部屋に残ったのはソフィアとアニエス、食事の片付けを行なっている数名のメイドのみだ。


「では、あらためて……上手くいったようですねお嬢様」


「ええ! やっと認めてもらえたの! これで夢の学園生活が……」


「その前に試験がございますよ。今日からは毎日お勉強です」


「うーん……でも、それも仕方ないな。私が決めたことですもの」


「その通りです。まあ、お嬢様の頭脳ならば造作もないことです。やる気さえお出しになられれば……」


「えへへ、それが一番の難しかったり……ってあら? アニエスったらパンツにスカートが巻き込まれてるわ!」


「えっ!?」


 メイド服のロングスカートが純白の下着に巻き込まれ、完全に露わになっている。

 アニエスは慌ててスカートをなおす。


「ロングスカートを巻き込むって相当慌ててたのね」


「すいません、たいへんお見苦しい物を……。お嬢様に注意しておきながら自分まで……」


「別に見苦しいものではないけど? でも、朝起こされた時は問題なかったから、お手洗いに行った時にでもやっちゃたのかしら? アニエスにしては珍しいミスね。よく見ると全体的に服が乱れてるし、顔も赤いわ。大丈夫?」


「はい、問題ありません」


「そう? あっ、あの新入りの子も大丈夫? なんだか様子がおかしかったけど……」


「ええ、お嬢様のあまりの美しさに気が動転しただけです。本当はとっても従順で大人しい子です。こちらでしっかり教育しておきましたのでご安心を」


「あんまり厳しくしないでね。それにアニエスも無理しないでね。アニエスがいなきゃこの家は回らないんだから、ちょっとくらいわがまま言ってもいいのよ?」


「ご心配いただきありがとうございます。私はこの仕事にやりがいを感じていますし、特に不満もありません。それに役得なこともありますからね……ふふっ」


 ソフィアにはアニエスの笑みの意味はよくわからなかったが、流石みんなから信頼されるメイド長は意識がちがうなと感心した。

 アニエスはさほど長くこの家にいるわけではなく、ソフィアが物心ついた頃から家にやってきた。

 そして、数年でメイド長へと上りつめた。

 多くのベテランメイドがいる中でこれは異例である。

 よほど人を惹きつける『何か』があるのだろうとソフィアは密かに彼女を尊敬していた。


「学校に行けば、私もアニエスみたいになれるかなぁ?」


「私ごときはお嬢様の目標としてはふさわしくありません。もっともっと素晴らしい女性になれますよ」


「そう言われると自信が湧いてきた! でもお腹いっぱいだし、まずはお昼寝しましょう!」


「前言撤回させていただいてもよろしいでしょうか?」


「えへへ……冗談だってぇ。さあ、お勉強頑張るぞぉ!」


 夢に燃えるソフィア・ラノワ・フォンティーヌは美少女である――。

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