2(6)1日目 カミングアウト

「え、ええ、あっ、え、ああ! マル、いや、アリ、アリスとわた、わたわたし!?」


 二次元と三次元は全く違いますよね!

 落ち着くなんてできる訳がなかった。動揺駄々漏れデス!


「ハハハ、どうしてそんなに吃ってるのモトコちゃん」


 案の定笑われてしまった。恥ずかしい!

 これがメッセージの文面なら最後に(笑)ってついてそうだよ。


「あ、あ、ご、ごめ……っ! ち、近かったから、びっくりして!」

「二人の歌で聞こえないかなと思って。驚かせてごめんね」

「う、ううん! わ、私こそ過剰に反応しちゃって……! え、ええっと、ごめんなさい、何だっけ?」

「なんか初心な感じでいいね、モトコちゃん。────アリスちゃんって、たぶん日本の生まれじゃないよね? だからどうやって知り合ったのかなと思ってさ」


 正真正銘初心なのもバレバレだった。当たり前デスヨネー。

 ついでにマルスについても。まあ、日本人離れした容姿してるしね。日本人でもなく人間でもなく、彼は堕天使ですからね。そんなこと言えないけど。


「え、えーとね……」


 とりあえず何て返そうかなと考えながら、先程の至近距離ショックに揺さぶられた胸を落ち着かせる。

 だってまだ心臓がバクバクしてるんだもん。すごいんだね、イケメンの攻撃(?)って。


「あ、あの、マ……アリスとは、SNSを通じて知り合ってね」


 とりあえず無難そうな設定にすることにした。どこかでマルスと話し合わせるよう言っておかねば、と思いつつ私はチアキくんにそれを話し始める。


 ────出会いはSNS。

 チアキくんの予想通り、マルス──じゃなくてアリスは海外出身で、日本の文化にとても興味がある女の子だった。

 ストリーム☆ハリケーンズにハマって、お金を貯めてライブのために来日して以降日本が大好きになったそうな。


「……それである日フォローされて、日本のことを教えて欲しいってメッセージが来たのがきっかけで」

「へぇ、そうだったんだ! なんかすごいね!」


 ネットワーク文化が発達した現代ならではのお話にチアキくんも納得のご様子。ちょっぴり罪悪感……。

 ちなみに日本語が上手いのは、パパが外国人でママが日本人だからってことで。二カ国語ペラペラってことにしました。

 ……もし話してみて! って言われてもマルスのことだし何とかするでしょう。例の天力とやらで。


「じゃあ、モトコちゃんもストハリが好きなの?」

「あっ、ううん。わ、私はそっちの趣味・・・・・・はなくて……」

「あははっ、そっちの趣味ってなんか意味深だね」

「あっあっ、そ、そそそっちって変な意味じゃなななくて! ……その」


 もうダメダメですね、私。イケメンを前に挙動不審過ぎでしょう。

 さっきよりちょっと距離は離れたけど、それでもまだ近いところにチアキくんの顔があるんだよ!?

 爽やかスマイルが眩しくて直視できないしで、私はずっと縮こまりっぱなしだった。

 それで趣味について変な口の滑らせ方をしてしまったワケだけど……さて、どうしよう。


(……これ、言っても、大丈夫……かな)


 漫画やゲーム、アニメが好きなんだって。

 しかし、私の脳裏に蘇るはあのほろ苦い恋のおもひでと書いてトラウマと読むアレ。

 恋心がバリーンと弾けて散ったあの瞬間。


 ────アイツってオタクなんだろ? 女子でオタクとか、ちょっとないよな。


 これがSNS上での文面なら、間違いなく嘲笑の意味が込められたwwwが付け加えられてそうな男の子たちの声。思い出したくないものを思い出して、心がきゅっと苦しくなる。

 私はこの一件があって、臆病になってしまった。まあ元々積極的な方ではなかったけど。自分が地味でモテない部類に入ってるって自覚してたから、好きな人が出来ても見てるだけでよかったし。

 でも、やっぱり私も普通のオンナノコなワケで。恋人というものに憧れはするんだよね。

 だけど、私の趣味一つで”ない”って笑われちゃったらさ、分かっていたことでも傷ついてしまうんだ。

 おかけで、同じ趣味の仲間が多い職場でも男性相手に自分の趣味を打ち明けるのは未だに躊躇ってしまうくらいでして……。


「モトコちゃん? どうしたの?」


 絶好調な歌声が響く中、チアキくんが小首を傾げて私を見つめる。

 急に黙り込んじゃったからね、私。不思議に思わせちゃったんだろうね。

 そんなチアキくんの顔が遠い昔に置いてきた恋心を更に思い起こさせる。──というのも実はチアキくんってあの時の相手にちょっと似てるんだよね。

 だから余計に趣味が明かしにくかったりするんだけど。


(うぅ……でも、ずっと引きずって立ってしょうがないんだよね……)


 どのみち、いつかもう一度恋を……と思うなら乗り越えなければいけないトラウマだ。

 そうだ、ちょうどいいじゃん! 相手が似た人なら尚更。

 べ、別にチアキくんと良い感じになりたいからとかじゃなくて! チアキくん、見た目からしていい人そうだし、趣味を打ち明けて引かれたりしなかったら、もしかして過去の傷もカサブタくらいにはなってくれるかなって。そう思っただけなんだからね!


(ぽ、ポジティブになるのよモトコ! ど、どうせ一夜限りの相手なんだから……引かれたってどうってことないよ!)


 一夜限りの相手だろうと落ち込むことには変わりないんだけど。そしてその言い方には語弊があるけど今はどうでもいい。

 とにかくポジティブ。前向き思考になろうと自分を奮い立たせる。


「あの……私、実は……」

「うん」


 口ごもる私をチアキくんはニコニコと待ってくれる。

 優しいと思えるその笑顔に、私の胸に久しぶりの感覚が訪れた。胸キュン。

 ああ、きっと大丈夫。彼なら引いたりしない。それに今の私は普段の数百倍可愛くなっている……筈だし! なんならギャップがあっていいねって思ってくれるかもしれない。

 ああもうなんか意味分からないけど、とにかく私は勇気を振り絞った。


「私────アニメが好きなのっ!」


 チアキくんと目を合わせながらの告白。相変わらずバックミュージックと化しているマルスwithマフユくんの歌声が騒がしいけど、聞こえたでしょうか。伝わったでしょうか、私の思いシュミは。

 私の告白を受けてチアキくんがポカーンと口を開ける。その口から出てくる言葉は果たして。


「…………アニメ?」


 あっ、ダメだ。ダメですね、これ。


 困惑気味なチアキくんの声。ぴくりと動いたチアキくんの眉間。

 やっちまったわーAHAHA、なんて内なる私が額をぺちぺち叩いて笑ってるけど、いやいや笑えませんから。

 即座に蘇るほろ苦い思い出。顔から表情が消えていってるような気がする。

 こうなったら仕方ない。なんちゃって! と言って誤魔化すしかない。


「あっ、い、今のは冗だ────」

「アニメって、例えばマスオとか?」

「へっ?」


 今すごく、物凄く予想外な単語がチアキくんの口から飛び出た気がするんだけど。


「マスオ知らない? マジック・スター・オンライン」

「めちゃめちゃ知ってる!!!!」


 気のせいではなかった! ついつい力強く頷いてしまったよ!

 するとチアキくんは私の肯定を受けて嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「よかったぁ。実は俺も好きなんだ、マスオ。アニメにハマったの久しぶりでさ、話せる人に会えて嬉しい!」


 それがまた、素敵な笑顔だったんです。

 後光が差してるんじゃないかってくらい眩しいの。まるで夏のお日様ようです。名前はチアキくんだけど。

 私の胸もぽかぽかとあたたかくなって、きゅうんと疼く。ああ、何これ……こんなのモトコ……久しぶり……。

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