2(3)1日目 イメチェン完了
────はい、回想終わり。
それと同時に私の方も一区切りついた。
「お客様、いかがでしょうか」
担当してくれたスタッフさんに声を掛けられて、私は瞼をゆっくりと持ち上げる。
大きな鏡に映る私の背後に、爽やかなスマイルが眩しいお兄さんとわくわくした様子のオネエさん。
「アラアラまあまあ! 素敵! モトコ、すっごく可愛くなったじゃないのよぉ」
「…………うわぁ」
試着室の中じゃないから全身は映ってない。
大はしゃぎするマルスに対し、銀色っぽいケープを着せられた私は自身に起きた凄まじい進化っぷりに言葉が出てこなかった。
(……これ、本当に私?)
進化の過程をこの目で確かに見ていた筈なのに、とても信じられない。
今まで激安カットで済ませていた長い髪は肩のあたりで整えられ、美容師のお兄さんの手によってふわふわしたアレンジを加えられている。
すごい、ふわふわ。めちゃくちゃ、ふわふわ。とにかくふわっふわっしてる!
適当にやっていたからムラだらけだった髪色も、斑茶色から綺麗な栗色に変わっていた。
「上手なのね、アナタ」
「き、恐縮です……」
「今度、アタシも美しくしてくださる? アナタの──この綺麗な指先で、ね? フフッ」
「そ、そんな……お客様はそのままでも充分お美しいです……」
自分に見惚れていた間にマルスが妖艶な微笑みと共にイケメン美容師さんへ迫っていた。
気のせいか声音まで女性よりな感じにしているから、お兄さんの目にはきっと美女に見えているんだろう。
こう言うと語弊があるかもしれないけど、女慣れしてそうな感じのイケメンさんもマルスの美貌を前にしてたじたじになっている。
「アラ、そんなに顔を赤くしちゃって。お熱でもあるのかしら?」
「あっ、いや、これは熱なんかじゃ」
「フフッ、じゃあどうしたのかしら……? なんだか初々しいわね、食べたくなっちゃう」
「あっ……お客様……っ」
「ストップストップストーップ!」
段々キスでもしそうなくらいの距離までマルスが迫ったところで慌てて止めに入った。
少女漫画で例えるならエフェクトで薔薇が舞ってそうな空気になってたし! ほら、あるじゃん。高鳴る胸トゥンク、見つめ合う二人ドキドキ、みたいな。
とにかくそんな感じだったから顔が茹でタコ状態の美容師さんからマルスを引っ剥がした。
「ウフフ、冗談よ」
「冗談に見えないから!」
BでLな展開も好物ですけどね! アッ、見た目はお姉さんだった!
でもここ、美容院ですから。営業中のね!
そんなこんなでお会計を終え、預けていた荷物の数々を受け取って出たら、外はすっかり暗くなっていた。
もう秋だし。あっという間に冬が来そうだけど。ひとつの季節が過ぎるのって本当に早いね。
「実に有意義な時間だったわぁ、ウフフッ」
「うん、そうだね……」
マルスの言葉に私もこくりと頷く。
ここまでが怒涛過ぎて疲れたけど、美容院でのビフォーアフターには私も納得している。
本当にすごい。髪型ひとつで雰囲気変わるもんだねぇ、あとメイクもしてもらっちゃったし!
一応やり方を教わったけど、毎回やれる自信はもちろんありません。
「さて……」
るるるーと鼻歌を口ずさむマルスがジャケットからスマホを取り出して楽しげに操作する。ちなみに私のスマホなんだけど。
結局私のスマホは人質にされたまま、マルスの手の中。
ああ、愛しのスマホよ、暫くの辛抱だからね。
私、絶対あなたを取り戻してみせるから。
まあ、アプリも消されてないし不必要に私のスマホいじったりはしてないみたいだからいいんだけどね。
「……ねぇ、あの人すっごく美人だね。外国人モデルさんかな?」
「わっ、ホントだぁ。すっごく綺麗な人……!」
スマホをいじるマルスの隣で佇んでいると通りすがりの会話が聞こえてきた。
マルスを見たいのかゆっくりと歩く女性二人組からだ。
つられて私もマルスを見る。
マルスは何やら調べごとをしているのか、女性達の会話に気づいてないみたいだ。
(……確かにすっごく綺麗だよね、マルスって)
まるでサファイアのような青の眼差し。
目鼻立ちがくっきりしていて、確かに外国人風な雰囲気がある。
中性的な顔をしているから現在の服装と合わせて見ても今のマルスは女性にしか見えない。
手脚も長い。スリムな長身。まじうらやま。
……そりゃ私のスキニージーンズが履けてもおかしくないね。その事実に何とも言えない気持ちになるけど。
あ、ちなみに全部私が大事に持ってた服です。ええ、買ったはいいけど着こなせないから大事にしまっておいたシリーズです! ブーツは違うけど。
まあ、とにかくマルスは目立っていた。
買い物中も道行く人が振り返っていたし、今だって目の前を通り過ぎる誰もがマルスの方を必ず見ていく。
目立つからその紫髪をどうにかして! って頼んだから力を使って黒髪になってくれたんだけど(汚れた天力でもそれくらいのことは出来るらしい)、結局こうして注目を集めてるんだから無意味だったかもな。
「うわー、すっごい美人……もしかしてモデル?」
「隣の女の子もモデルさんなのかな?」
ふとそんな声が聞こえた。
学校帰りなのか、女子高生二人組だった。
(私もモデルと思われてる……!?)
確かにイメチェンしたばかりだし、今の私は確かにちょっぴりすごく可愛くなったかもなんて思ったりしたけど!
そんなモデルだなんて……悪くない気分だ。
「えー、隣の子は付き人じゃない? なんか荷物いっぱい持ってるし」
「あ、ホントだ。じゃあ違うね」
「ていうか、美人さんとぜんっぜん雰囲気違うしね」
内心ニヤけていたらがっくりきた。
ですよねー、やっぱりそうですよねー。
めちゃくちゃお綺麗なマルスの前では誰もが霞んで見えるし。
イメチェン後の私なんかじゃ月とスッポンの差がある。敵いませんって。
「そういえばずっと荷物持たせっぱなしだったわね。貸しなさい」
「……え?」
調べ物はもういいのか、不意にマルスが声をかけてきた。
突然手を差し出されて私は困惑する。
「かよわいオンナノコに荷物をもたせるなんてダメ。アタシとしたことがうっかりしてたわ!」
「い、いや、いいよ……。一応自分が買ったものだし」
「いいから貸しなさいよ、ほら」
「え、でも……」
「貸しなさい?」
「……お願いします」
遠慮していたら野太い声で控え目に凄まれたので、私は大人しく持っていたショップバッグの数々をマルスに手渡した。
「……オンナノコなんだから、オトコには素直に甘えていいのよ」
「え?」
「ほら、行くわよ!」
溜息混じりな呟きが聞こえた気がするんだけど、でもマルスが黒髪を華麗に靡かせて歩き出すもんだから聞き返せなかった。
優雅に歩いていくマルスを私も慌てて追いかける。
さらさらと黒髪が左右に揺れる、マルスの後ろ姿。
先程の女子高生の横を通り過ぎ、その際に意味深な微笑みを投げていく。その美しさに女子高生は揃ってうっとりとしていた。
(もしかして、さっきの会話聞こえてたのかな……)
それで荷物持とうとしてくれたのだろうか。
あんなにグイグイグイグイと私を連れ回してたくせに、突然気なんて遣ってきちゃって。
私の妄想かもしれないし優しさなんかじゃないかもしれないけど、なんだか心の奥が擽ったいような気がした。
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