2(5)1日目 マルスオンステージ
店内で流されている有線放送から今年一番の神アニメと言われた『マジック・スター・オンライン』の主題歌が聞こえてくる。
職場でも有線放送流してるから結構な頻度で耳にするんだけど、好きな歌がさ不意に流れてくるとちょっとテンション上がるよね。
略して『マスオ』、あれホントに面白かったなぁ。いつもは録り溜めしてからまとめて観るのに、マスオだけは毎週楽しみで楽しみでリアルタイムで視聴してたんだよねぇ。
この主題歌も世界観とマッチしてるし、アップテンポで聴いてて爽快。もう、ちょーテンアゲー!
「…………はぁ…………」
────とでも思った?
全然。まったく。そんなことないよ。私のテンション絶賛急下降中だよ、ちょーテンサゲだよ。
でもマスオが好きなのはホント。いつもの私だったらついついふんふーんと口ずさんでたはず。
なのにそうならないということは、私のテンションが上がらない理由があるワケで。
さてそれは何なのか。
そもそも、ここはどこだって?
────大手カラオケチェーン店、そのトイレの中です。
「はぁ…………」
溜息が落ちる個室内。
耳を澄ませば有線放送に混じって、盛り上がる人たちの歌声が聞こえてくる。
この中にはきっと私の連れのも混ざってることでしょう。超がつくノリの良さで。
(……ついていけない……)
私とマルスは声を掛けてきた男性二人組と共にカラオケにやって来たワケなのだけども。
……皆のテンションについていけず、トイレに避難してきたところでございまして。
いやぁ何なのでしょう、あのパリピ感。……パリピって言うのか? まあなんでもいいや。
別にカラオケは嫌いじゃないしむしろ大好きな方なんだけど、男の人と一緒に来たことも無ければ男子受けするような曲も知らないし。ほら、私ってばアニソンキャラソンばっかりだから。
テーブルを仕切りにしてうまい具合に男女ペアな感じ席が決まっちゃって、そうなったらもうそもそも何話せばいいかも分からなくて。ほら、私の話題といえば推しの事しか無いし。
来てまだ一時間と少しというところですが、モトコ……お家に帰りたいです。
(推しが恋しい……)
しかし彼はまだオネエサンの手の中。
私はまた深く溜息を吐いて個室を出た。用足すわけでもないのにずっと入ってたら迷惑だからね……。
できることならこのままこっそり帰りたいけど、荷物はカラオケルーム内に置いてあるんだな。こっそり帰るにしても荷物が多いんだよ……!
トイレを出てとぼとぼと歩く。その足取りは重い。ホントに重い。
近づくにつれて、部屋から漏れる歌声が耳に入るようになる。
擦りガラスの窓が嵌められたドアの前に立つ。
ガチャっと開けた瞬間、隔てるものがなくなった音がぶわりと大きくなった。
「キミと目が合った瞬間ー恋の風が吹いたんだぁー」
「フォーリンラブ!」
「キミの可愛い笑顔がー僕の心を攫ったんだぁー」
「ビーインラブ!」
「もうキミの事しか考えられないよぉー」
「どうしようー!」
真っ暗な部屋で回るミラーボール。
盛り上げる男性二人。
「巻き起こそうーキミと愛の嵐ぃー」
「ひゅー! ひゅー!」
「
煌めくライトに照らされ踊るマルスオンザステージ。
さすがストハリの追っかけしてただけあって、振りは完璧でした。
「モトコちゃん、おかえりなさい」
「あ、……はい……」
マルスの歌声が響く中私に声をかけてくれたのは、ニット帽を被った爽やかスマイルがよく似合う男性。名前は確か────
「ただいま、……チアキくん」
そしてキャップ帽子を被りマルスに合いの手を送っている方がマフユくんだ。
「あーん、最高ぉ!」
「アリスちゃん、歌もダンスもマジ上手だねー!」
(……アリス……)
アリスというのは、名前を聞かれて咄嗟に名乗ったマルスの偽名だ。
マルスのままじゃ女の子っぽくないし、何よりそっちの方が似合うでしょ? ──だそうです。
「ウフフ、ありがとう。アナタも上手だったわよ」
「へへへ! アリスちゃんが上手だから張り切っちゃった!」
「あら! じゃあ……いっちゃう? もう一曲!」
「もっちろん!」
どちらもノリとテンションが似ているからかな。マルスとマフユくんはカラオケに来て早々意気投合し、この一時間は軽く彼らのライブ状態だった。
だから私はもちろん、チアキくんもほとんど歌ってない。別にいいんだけどね。キャッキャウフフと次は何にすると盛り上がる二人を見て私はこっそり溜め息を吐く。
「……どうしたの? モトコちゃん。もしかして、カラオケ嫌いだった?」
と思ったら隣のチアキくんにばっちり見られていた。私の様子に余計な気を遣わせてしまったようで、爽やかなお顔がしょんぼりしている。
ちょっと犬っぽいと思ってしまった。そうか、これがワンコ系……。
「あっ、ご、ごめん……。違うんだ。嫌い、じゃないんだけど……」
「そっか、よかった。でも……元気ないよね? 調子悪い?」
チアキくんは優しい人なんだね。私を気にかけてくれているのが伝わってくるよ。ニット帽からにょきっと犬耳が生えて、しょぼーんと垂れる様子が目に浮かぶくらい。か、可愛い……。
「今日、朝から出掛けてたから……ちょっと疲れた、だけ。気にさせてごめんなさい」
「ううん、こちらこそ疲れてるのに声かけちゃってごめんね。今日いっぱい買い物してるもんね」
チアキくんがちらりと視線を向けた先には、ショップバッグの数々。
本当にたくさん買ったなぁ。ああ、お財布の中身を思い出して切なくなってきた。うう。
「準備はいいかしら、マフユ!」
「オッケー! アリスちゃん!」
ようやく次の曲が決まったらしい。ピピピと電子音がして、マルスとマフユくんがノリノリで立ち上がった。
マイクを手に、ちょっとしたステージになっているところに移動する。
イントロが流れ始めてポーズを取る二人。これガチだ。
ストハリで攻めるのかなと思ったら、画面に表示された歌のタイトルはなんと人気イケメンダンスグループの物だった。
「Fooo!」
「Yeah! Yeah!」
その曲の特徴的なダンスをキレッキレな動きで披露するマルス。そしてマフユくん。
マフユくんは知ってそうだとしても、マルスってばどれだけ日本のアーティスト達に詳しいの!? もしかして、ストハリだけじゃなかった!?
しかもめちゃくちゃ上手だし、完コピってくらいキレッキレだし!
「ねぇ。モトコちゃんとアリスちゃんってどうやって知り合ったの?」
そんなマルスwithマフユくんのパフォーマンスに思わず見入っていたら、チアキくんの声がすごく近くで聞こえてきた。
二人の歌唱が始まったから声が届きにくいと思ったんだろうね。振り向いた先にはなんと、チアキくんの爽やかなお顔が……!
(────イ、イケメンのご尊顔が……! 至近距離に……!)
目と鼻の先。
肩が触れ合うまであと十センチ。
そんな近くで男の人と向き合うのなんて初めてだったから、そりゃあもう内心大慌てですよ。
顔に熱という熱が集まっていくのを感じる。すごくポッカポカ! ミラーボールのキラキラが輝いてるくらいで照明は暗くしてるし、きっとバレないとは思うけど絶対これ顔真っ赤になってる。
(────いやいや、落ち着きなさいよアタシ)
うっかりマルスの口調が移ってしまってるけど、アナタ、今まで何度も推しの顔を拝んでいるでしょう? テレビやゲーム機、スマホの画面越しにさ。
今更至近距離にイケメンなんてどうってことない筈よ! Be COOL……Be Cool……モトコ。
……で、何だっけ? マルスと私がどうやって知り合ったかだったっけ。
動揺を悟られるな。さあ落ち着いて答えるのよ、私。
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