2(7)1日目 ときめき急転直下
「わ、私も嬉しい……」
引かれなくて。受け入れられて。ほっと安心したのと同志に出会えた嬉しさの半々だ。私は絞り出すように素直な思いを口にした。
ちょっとだけ恥ずかしい。けど、私の言葉を受けてチアキくんも少し照れくさそうに笑ってくれた。
はにかむチアキくんを見て胸のぽかぽかが甘く広がっていく。それに比例するように体温も上昇したみたいで少し暑い。
「ホント? そんなこと言うといっぱい語っちゃうよ?」
「大歓迎だよ! あの──最新話……観た?」
「うん! 観た観た! ねぇ、あの展開ヤバいと思わなかった!?」
「あのシーンだよね! 終盤の主人公と敵の────」
話し始めるともう止まらなかった。一度電源を入れたらオフにするまで走り続ける電車のおもちゃのように。
BGMだったマルスとマフユくんの歌声もだんだん聞こえなくなってきて、チアキくんの話しか耳に入らない。まるで二人だけの世界にいるみたい。
一曲歌い終えた二人がまたすぐに歌い出しても、私とチアキくんは互いの話にだけ耳を傾ける。
時間にしたらほんの十数分くらいのことなんだけれど、とても楽しい時間だった。人と趣味が合うってこんなにも嬉しくて楽しいことなんだ。
「ハハッ、俺たち気が合うね」
「フフッ、そうだね!」
嗚呼。なんだか世界が輝いて見えるよ。
天井でくるくると回り続けるミラーボールとカラフルな照明が私たちの世界に色どりを与えてくれている。
そしてそんな世界で笑い合う私とチアキくん。……あれ、もしかしてもしかしなくてもこれ良い雰囲気ってやつ?
そう思ったら、ぶわっと恥ずかしさが込み上げて来て身体がぽっぽっと熱くなった。わぁ、今絶対顔真っ赤だよ。
「あぁん、さいっこうに楽しいわ! でも、喉が渇いたわね」
そこへ数分ぶりにマルスの声が耳に届いてきて、私の意識はそっちに向かった。
どさりとソファに座り込むマルス。その額には少しばかり汗が滲んでいる。そりゃまああんなに歌って踊り続ければ喉も乾くし汗も流すよね。
続いてマフユくんもマルスの隣に座った。彼も同じく汗をかいているけど、マルスと違ってちょっと息切れ気味だ。お、お疲れ様です……。
「はぁはぁ……──ハハッ! もう、アリスちゃん全力過ぎ! 飲み物ならあるよ、お茶で良かった?」
「アラ! 気が利くじゃないマフユ! ありがたくちょうだいするわ」
マフユくんがマルスに差し出したのはテーブルの入り口側の端に置かれたグラス。トイレから戻って来たときは気づかなかったんだけど、いつの間に頼んだのかマルスに差し出された分と合わせてグラスは四つあった。
(そういえばフリードリンク付きで入ったんだっけ……)
ここに来たばかりのときはテンション下がってたから、飲み物のこととか全く気にしていなかった。
存在を思い出すと、さっきまで熱く語っていたせいもあって私の喉も急激に潤いを求め始める。
「────ぷはっ。ああ、生き返った感じぃ!」
グラスを受け取ったぐびぐびとお茶を飲むマルスを見ていると余計に。
(……ん?)
勢いよくお茶を飲み干したマルスを見てマフユくんがにやりと笑った気がした。
一瞬だったから気のせいかもしれないけど。なんかちょっとあくどい感じのする笑みに見えたっていうか。
「アハハッ! アリスちゃん、なんかオヤジみたいだよ!」
(……気のせいか)
どうやらマルスの飲みっぷりに感心しただけだったみたい。マルスを見て大いに笑っている。
そうだね、まるでビールを一気飲みした後のサラリーマンみたいだったもんね。
モトコ、納得……と二人の様子を眺めていたら、私の前にもグラスが差し出された。
「モトコちゃんも喉乾いてない? さっきいない間に頼んでおいたんだけど、お茶で良かったかな?」
二人を見つめているから察してくれたみたい。チアキくんの手にはお茶の入ったグラスがあった。届けられてから時間が立っているせいで氷が少し溶け、グラスの側面に露が垂れている。
「あ、うん! ありがとう。実は私も喉からからで……」
ありがたく受け取ったグラスの中身はウーロン茶だった。
口に含んだ瞬間広がる独特な渋みと苦み。私も結構喉が渇いていたみたいで一口だけでなく二口、三口とお茶を喉に流し込む。
半分ほど飲んだところで不意に違和感を抱いた。
(あれ? これ……お酒?)
ちゃんと混ざっていなかったのか、遅れてやってきた味に私はグラスから口を離した。
口の中に広がっているのは間違いなくアルコールだ。度数が少し強いお酒を使っているのか、若干喉がひりつく感じがする。しかも味からしてお酒の濃度が高い気もする。
(さっき、お茶って……)
言ってたよね、とチアキくんを見ると不思議なことが起きていた。
チアキくんの顔がぼんやりしていたんだ。表情がじゃない、シルエットがぼんやりしているんだ。
なんだこれ? と思う頭も、だんだんとぼんやりしてくる。
あれ? 私酔ったのかな? あれ? あれ? でも、お茶なんだよね? あれ? お酒だっけ? あれれ? あれ……?
「モトコちゃん?」
くにゃくにゃのチアキくんが首を傾げている。でもそのシルエットもくにゃくにゃだから首を傾げているのかもよくわからない。
その声もなんだか遠い所から聞こえてきたみたいな感じ。気づいたら私は背中から倒れるようにソファに寝ころんでいた。
(あー、なんかふわふわする)
まるでもこもこのわたあめの上にいるような浮遊感。
「えへへ……」
そのふわふわ感がなんかたのしくなって、私は無意識にへらへらと笑い出す。
「……モトコ?」
あ、マルスの声がする。なんか心配してるような声だね。どうしたのかなぁ? 私はすっごく楽しいのに。マルスの歌、じょうずだからもっと聞かせてよ。もう歌わないのかなぁ。
あれ、なんかガタンッて音がした。誰かテーブルにでもぶつかっちゃったのかなぁ。マルスもマフユくんもおどりばっちりだもんね。でもほどほどにしなきゃあ……。
「……すご…………効い……」
「ハハハ! ごめ……リスちゃ……」
チアキくんもマフユくんもなんか楽しそう。何があったのかな? はしゃいでるみたい。
その様子を見てみたいけど、うーんおかしいなぁ。身体が動かない。意識はあるのに変な感じだった。
音楽流れてきた。誰か新しく曲を入れたみたい。激しいロックサウンドがガンガン響く。
「────おどれら、モトコになにしてくれとんじゃゴラァ!!」
わぁすごい。マルスのシャウト!
でもせっかくアリスってかわいい名前を名乗ったのに、地を出しちゃってだいじょうぶなのかと心配してしまう。声がめちゃくちゃ野太いんだけど。
「えっ!? アリ……ん、ちょっ!」
「ぅわっ! 力強……!?」
(ふふ。二人ともすっごく驚いてる)
ふわふわの中にいる私でも驚く二人の様子は簡単に想像できる。
そりゃ驚くよね。あんなにきれいな見た目なのに、ギャップすごいもん。
「残念、こちとら堕天使様じゃ、おおん!? ンなもん、アタシに効くワケねぇやろがコラァアアアアアアア!」
なるほど。この曲はオラオラなノリで歌うやつのようだ。ガンガン響くサウンドとすごく合っているような気がする。
「────っ!」
「ちょ────!?」
今までのノリとちょっと違うからもう少し聞いていたいのに、ふわふわの頭の中が真っ黒になっていく。
みんなの声も、ガンガン響くサウンドも遠くなる。
少しずつ、少しずつ視界も狭まって。ふわふわな浮遊感から、ゆっくり、ゆっくり、沈んでいく。
「モトコ……!」
切羽詰まったマルスの声と、沈んだはずなのにまたふわりと浮かび上がった感覚。
それを最後に、私は逞しさに包まれながら、落ちた。
堕天使なオネエとオタクなわたしの恋活七日間 〜何でもしますとは言ったけど推しを人質にされてしまっては仕方がない〜 海荻あなご @miigoo3582
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。堕天使なオネエとオタクなわたしの恋活七日間 〜何でもしますとは言ったけど推しを人質にされてしまっては仕方がない〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます