葬列の終わりに
藤堂は再び惨劇のあった屋敷を訪れていた。中にはもう、今は松岡氏のところに身を寄せるまさ子しかいない。藤堂は今度の事件について思いを巡らせる。背徳的行為に溺れていた橘川翁、その犠牲となった奥方、家督争いの末に死んだ兄弟たち、そして天使ではなく、悪魔であった昭子。
「藤堂さま」と声をかけられる。そこには、橘川婦人が憑物の落ちたような顔で立っていた。その顔は儚げだが美しい。美しいと思ったことは藤堂にはなかった。しかし、その瞬間は美しいとは思えたのだ。
「この度は誠にお世話になりました。これで橘川の家も仕舞いです。みんなみんな死に絶えてしまいました。残ったのは私と雄一郎だけ。二人でこれから松岡さまのところへ行きます」
何かが引っかかる。朝顔の根のこと、アザミの花言葉、シロツメクサ、昭子がどこで知ったのか。岡部はまさ子と交流があったと言った。まさ子は悪魔の奇行を知っていた。自らが縛られ、儀式に同席していた。それに、橘川家を翁に乗っ取られ、相当の恨みも持っていたはずだ。
「奥さま、ひょっとして橘川家がこうなることは全て奥さまの計画のうちだったのではありませんか。昭子に花言葉を教えたのも奥さま、あなたではありませんか。僕の推測ですが、孤児院にいた昭子に岡部さんから得た花の情報や朝顔の根のことを吹き込んだのは貴女だと思うのです。昭子は「奥さまと父さまだけが私にモノを教えてくれた」と言っていました」
「たしかにそうです。だとしたらどうします」
静寂が彼らを包んだ。まさ子に藤堂は静かにこう告げた。
「僕と一緒に大谷の元に向かってもらいます。貴女は罰を受けねばなるまい」
「ええ。もう少し待ってくださりますか。綺麗な着物に着替えますから」
「いいでしょう」
まさ子はそう言うと屋敷に入っていった。そのとき、藤堂にはなんとなく妙な気配がした。その時、何かが倒れる音が屋敷から聞こえた。
「しまったっ」
屋敷に藤堂が入ると、まさ子が倒れていた。まさ子を抱き起こすと口元から血が流れていた。
「僕が目を離したばかりに……奥さま……奥さま」
「はい……申し訳……ござい……ませ……ん。私は生恥を晒すことには……耐えきれませぬ……雄一郎を……孫を……お願いします……」
そう言うとまさ子はぱったりと息絶えた。大谷が藤堂を呼ぶ声がする。藤堂はまさ子の死体を前に立ち竦んでいる。まさ子の死は悪魔の葬列の最後を意味していた。罪ありしものはみな滅んだのだ。
「そうですか……奥さまは」
次の日、松岡のところへ藤堂は訪れていた。松岡は深いため息をつく。
「実は私のもとにも雄一郎くんを頼むと奥さまより手紙が来ていました……あの方は病で長くはなかったのですがまさか、こんな意味だとは……」
「そうですか……病で長くは……。それで貴方の下に奥さまを」
「いえ、それは違います。私は橘川婦人に淡い想いを寄せていました。橘川翁は、それを…どこかで存じていたのだと」
藤堂はきゅっと唇を噛みしめ、一拍置いてこう告げた。
「僕は橘川翁の敵討ちはしました。ですが……多くの命が奪われてしまいました」
「お若いの。そう嘆くな。昭子は捕まえた。それで満足した方がええ」
その日は七月の初めだった。初夏の澄んだ空気が藤堂と松岡の間に流れた。
悪魔の葬列 石燕 鴎 @sekien_kamome
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