エピローグ

エピローグ

 最初に感じたのは、柔らかい布団の感触。暖かな日差しと、鳥のさえずり。

 だが、すぐにそんな気持ちの良い転寝から一転して、イザクは、飛び起きた。そしてまずはベッドの上で両手足があることを確認し、自分がまだ生き延びていることを知る。だが、実際にはイザクが港街コルヒデの戦いから生還してから、もう半月が経過していた。逃げ延びることに成功はしたものの、目が覚める度にイザクにはあの日のことが、今現在のように感じられてしまうのだ。そんな彼……いや、彼女の側では、リゼがうつらうつらとしていた。


「リゼ、レイルはやっぱり戻ってきていないのか?」


「ん……ああ、イザク。起きたのね。残念だけど、昨夜も帰ってこなかったわ。寝ないで、ずっと待ってたんだけどね……」


 リゼの答えを聞いたイザクは軽く溜息をつき、身を起こす。ベッドから起きあがった彼女は寝間着を脱ぐと、馴染みの鎖帷子を着込み、その上に黒コートを羽織る。その足で部屋の窓を開けると、外には朝日浴びる新生サン・ロー王国の隣国であるライザレス王国の街並みが広がっていた。あの日以降、新生サン・ロー王国のお尋ね者となったイザク達は、この国に逃れてきていたのだ。しかもシックス・フィレメントを倒した武功は各国に知れ渡っており、彼女達は戦功者として迎え入れられていた。

 今やどの王国もイザク達の強さを欲し、召し抱えたがっていたのである。


「この半月の間、各国が俺達を騎士団に迎えようと、引っ張りだこだ。もしレイルが生きていれば、喜んだろうにな……。だが、俺はまだ望みを捨てた訳じゃない。なぜならあの日、あの時、あいつはいなかったからな」


 イザクは思い出す。港街コルヒデから脱出する際に見た、人々の魂の回帰を。

 空に晴天が戻り、木漏れ日が射し始めた、あの時……イザク達は空に目をやったが、天に昇りゆくあの無数の魂の中に、レイルはいなかった。だからイザクは彼の死を実際に確認しない限りは、認めるつもりはなかった。だが、まだ生きているとして、新生サン・ロー王国は沈黙を保ち、レイルの件での返答はいまだにない。各国がレイルを含めた四人を英雄視している今、判断を迷っているのかもしれなかった。


「それでどうする? 昨日も私達に叙勲式に出てくれるよう催促があったわ。ダールはすでに断ったみたいね。私達の先祖がそうだったように、英雄とその子孫ってのは戦後に悲惨な運命を辿ってる。だから祭り上げられる気はないって」


「ああ、そのことなんだがな、リゼ。考えた結果、俺は受けることにしたよ。もしまだレイルが生きているなら、国家の後ろ盾を得ている方が探しやすいからな」


「そう……それが新しく見つけた、貴方の生きる目的なのね。反対はしないわ」


 大陸中を不安と恐怖に陥れた港街コルヒデの異変が終息し、大陸には再び平和が戻ってきていた。勿論、ブラッドがばら撒いていた呪物はまだ残っているし、イザクにとって人生を賭けた戦いはまだ終わってはいない。だが、今はこの平和を勝ち取るために共に戦ったレイルの捜索に専念したい。イザクは、そう思ったのだ。

 そして建物の外へと出た彼女は、夏の日差しを手で遮って呟いた。


「待ってろ、レイル。俺が必ずお前を見つけ出してやるからな」


 周囲を暖かくさわやかな風に吹かれながら、蝶や蜂達が、歌うように花々を飛び巡っていた。


 ◆◆


 ここはライザレス王国、謁見の間。この日、イザクは叙勲式の日のためにしつらえた新しい純白の絹のシャツとアーミンの毛皮の外衣で身を包んで、国王に拝謁していた。名誉騎士の地位を与えられるそんな彼女の晴れ舞台を、王国の重鎮達が左右に立ち並ぶ中に混じって、リゼとダールは見ていた。


「……立派なものだ。威風堂々として、様になっているな。名誉騎士になったことで嫉妬による暗殺の危険や苦労は増えるだろうが、俺達で支えてやらねば」


「ええ、彼女自身が選択したとはいえ、私達の先祖と同じ結末を辿らないよう、最悪の事態に備えておく必要があるわね。けど……ねえ、ダール。何だか、変じゃない? 何で新生サン・ロー王国の、あの女まで、来てるのよ……」


「……ああ、俺も気になっていた。どういうことなのだ、これは」


 国王から十数メートルの距離まで進み出ると、そこでイザクは跪く。各国の王侯貴族や大使が見守る中、ライザレス王国国王は力強く宣言した。イザク・ルルノアの一族が過去に犯した過ちを水に流し、名誉騎士として迎え入れることを。そして王国を挙げて、大陸の平和を脅かすあらゆる闇の勢力と戦う剣となることを。


 ――そして……。


「皆さんに紹介しましょう。イザク・ルルノアと、そしてもう二人の名誉騎士を」


 国王からの一声で、イザクの背後からフードで顔を隠した一人の少年と、一人の女性が列席者の中を進み出てくる。だが、近づいてきたその女性と少年の顔を見て、イザクの顔は驚きに染まった。なぜなら、現れたその二人は……。


「彼がもう一人の名誉騎士、名はレイル・レゴリオ。そしてもう一人は、アルマ・シルヴェール。先日、新生サン・ロー王国から亡命してきた二人を、我が国は受け入れる決定をしました。そのことで生じる軋轢を心配する方もおられましょうが、革命王殿とも何度も連絡を取り合った上で、了承は得られております」


「っ!? お、お前は……レイ、ルっ!? それにアルマまでっ!」


 万雷の拍手が鳴り響く中、少年はフードを取ってイザクに笑いかける。そこにあった顔はやはり紛れもなく、イザクが必ず探し出すと誓った、レイルのものだった。そんな彼の身体を、目に涙を溜めたイザクは力強く抱き締めた。


「馬鹿野郎が……。生きてるなら、何でもっと……早く現れなかったんだ」


「悪ぃな、イザク。俺は俺で、あれから色々とあったんだ。アルマさんに殺されかかったけど、結局最後にはアルマさんに助けられてさ。それからはずっと二人で一緒に、あの王国内を逃げ回ってたんだ」


「あの時のこと、許してくれとは言わないよ、イザクちゃん。でも、これだけは言わせて欲しい。君達を抹殺するのが、私に与えられた密命だった。だけど、やっぱりどんなに心を殺しても、命がけで戦ってくれた君達を殺すことは出来なくてね……。また裏切り者の烙印を押されることになったけど、今回はこの決断に後悔はするつもりはない。どんなになじられてもね」


「ああ、そうかよ。お前ら今まで、仲良し小好しだった訳か。俺の気も知らないで……。だが、構いやしない。生きていてくれたのなら、俺はそれで十分だ」


 泣き顔を晒し、レイルを抱き続けるイザクを参列者達が見守る中、国王は厳かな声で、今一度呼びかける。


「さあ、我が国の新たなる剣にして盾。名誉騎士達の誕生に、祝福の歓声を!」


 先ほどよりも大きい割れんばかりの拍手と喚声が、謁見の間に広がった。皆が両手を挙げて、三人を称える。紙吹雪が舞い、飛び交う拍手と喚声の中、レイルとイザクとアルマは国王に向き直った。そんな様子を参列者の中に混じったリゼとダールも、拍手を送りながら笑顔で眺める。粛々と荘重な佩剣の儀式が行われ、先祖の因果に翻弄された者達の新たなる門出の瞬間であった。


 ――後の世の歴史家達は、彼ら五人をこう語る。

 ――彼らは、非業の最期を迎えなかった極めて稀な英雄である、と。


 ただし数奇な人生を送ったのは、確かである。彼らの圧倒的な強さを頼る者、利用しようとする者、それらの者達はやはりいた。だが、彼らは先祖が犯した過ちの教訓から学び、また国家権力に縛られることを望まなかった。名誉騎士となったレイルとイザクとアルマも数年後には、その地位を返上して冒険の旅に旅立ったのだ。

 その旅で彼らが上げた功績は、数知れず。行く先々で国家規模の危機を救うも、その度に各国からの勧誘を断り続け、それぞれの夢を叶えたと言われている。

 そして後にそんな彼らの冒険を纏めた、一冊の本が世に出された。執筆者はイザク・ルルノア。その本に綴られた彼ら五人と強大な悪との戦いと、苦難の数々と運命は、世の子供達が目を輝かせて読み耽る冒険物語として長く愛された。物語の主人公は、未熟ながらも幾多の戦いを経て成長した未完の大器、レイル・レゴリオ。

 特別な血を引かずとも、英雄達の末裔と並び立ち、最競クインテットの中心人物として、名を馳せた彼の物語である。


                 (最競クインテットは最果ての街を往く、完)

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最競クインテットは最果ての街を往く 北条トキタ @saitotamiya

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