終章

終章 訪れる運命は生か死か

 生命を絞り尽くしたレイルの、唇から血が漏れ零れた。断末魔はなかった。満足したように静かに笑い、彼の身体は前のめりに倒れ、動かなくなる。

 そんな彼とカルキの最後の死闘を決着まで見届けていた、ダール。そして彼の持つ妖精の羽根の効力で何とか動けるまでに回復した、イザクとリゼ。三人はおぼつかない足取りで、レイルの元へ歩み寄ってきた。しかしその目に、希望の光はない。


「レイル君……ねえ、レイル君ってば。ねえ、起きてよっ」


 呼びかけにも応じず、微動だにしないレイルの腕を、リゼが震える手で撫でた。しかしまるで死人のように、冷たい感触だった。認めたくないが、それだけで彼女は悟ってしまったのだろう。彼女の頬を、涙が一筋伝って落ちた。


「こんなの、あんまりじゃない。一番頑張った君に、こんな結末が待ってるなんて」


 うつ伏せに横たわるレイルの身体を起こし、上半身を優しく抱き締める、リゼ。

 微かに残された体温は今この瞬間にも、死冷に至り始めていた。

 彼女の背後ではイザクとダールが俯き加減で、その様子を見守っている。


「馬鹿がっ……夢も叶えずに逝っちまいやがって。シックス・フィレメントの一角を倒した功績も、死んじまったら無意味だ」


 顔を上げたイザクの両目には、涙が浮かんでいる。ブラッドとカルキとの連戦で彼の鎖帷子は大きく損傷しており、肌が露わになっていた。その胸元からは女性にしかないはずの乳房が覗いているのだが、隠す素振りは見せていない。

 一方で、ダールはレイルへの敬意を示すためか、マスクを取り外して初めて素顔を晒してみせた。そこにあったのは、昆虫のトンボのような顔。世間で害獣として忌み嫌われる、人間サイズの妖精の頭部であった。


「……醜い俺の素顔だが、尊敬に値するお前にマスクで顔を隠すのは礼を失するからな。せめて俺の本来の姿で、お前の魂の旅立ちを見送ろう」


 そんな二人をリゼは一瞥すると、涙を浮かべながら僅かに笑う。


「あんた達も隠しておきたかったんでしょうに、ね。私も結局、レイル君には言えなかったな。私が叶えたかった夢のこと」


 リゼがそう言ってレイルを強く抱き抱えながら、彼と口づけを交わす。

 その長い口づけはいつまでも続き、全員が涙を流しながら沈黙が場を支配する。

 やがてそんな彼の身体から、青い光が立ち上り始める。先ほどギムジーの死の間際にみられたものと、同じ現象だった。

 しかしリゼは最後の瞬間まで、彼を抱き締めているつもりでいた。彼と肌の触れ合う感触を、いつまでも記憶に残すために。


「レイル君。忘れないよ、君のこと。いつまでもね」


 彼から漏れ出る青い光は、徐々に大きくなっていく。リゼ達はそんな彼を、何も出来ない無力感を味わいながらも、終わりまで見守ろうと心に決める。しかし場を支配していた静寂が、聞き覚えのある女性の声によって破られた。


「おめでとう、皆。ブラッドを、そして事件の発端になった元凶を倒してくれたんだね。君達の功績は世界を救ったも同じ、称えられるべきものだよ」


 リゼ達は声のした、背後の方を振り向く。すると、そこにいたのは今までどこかに姿を晦ましていたアルマが、こちらに向かって歩いてきている姿だった。

 予想すらしていなかった彼女の登場だったが、三人は冷めた目で見ていた。

 すべてが終わった今更になって出て来て、何をしようと言うのかと反感すら抱いて彼女が近づいてくるのを見ていたのである。

 やがて三人の前に立ったアルマは、腰を屈めてレイルの肩に手で触れた。彼女のそんな動作に、苛立たし気にリゼが吐き捨てる。


「ねえ、今まで何してたの、あんた? 肝心な時にいてくれないで、最後にようやく出て来て何をしようって訳?」


「ごめんね、リゼちゃん。でも、私は私で陛下からの命令を遂行すべく、忠実に務めを果たしていただけ。それに大丈夫、レイル君はまだ死んではいないよ。辛うじて、命は繋いでいるみたいだから」


「どういう……こと?」


 リゼは半信半疑で抱き締めている、レイルの顔を改めて見た。

 血色がなく青白かった彼の顔に、赤みがさし始めていた。そして心なしか、心臓の鼓動音と脈拍が戻っているのだ。レイルが生き返った。いや、息を吹き返した。

 驚きの顔で、リゼはレイルの鼓動音を確かめてみる。やはり間違いなかった。


「い、生き返ってるっ? た、大変っ! レイル君が、息をしてるよ!」


「な、何だとっ! アルマ、あんた……一体、何をしたんだっ?」


 アルマは微笑みを湛えながら立ち上がると、イザクの疑問に答えた。


「港街コルヒデの住民の多くは、『大雷』が爆発した際に死んでしまったのは確かだよ。だけどね、カルキが死んだことでその呪力が途絶えたとしても、彼には不幸中の幸いか、右目に埋め込まれた呪物がある。それによる呪力が辛うじて、彼の魂を現世に留めてくれたみたいだね」


 リゼもイザクもダールも絶望から一転し、喜びで顔をぱっと明るく輝かせる。リゼの嬉し涙が頬を伝ってレイルの顔にかかった時、彼の目が開いた。そして彼は自分がリゼに抱き締められていることに気付き、頬を赤らめる。


「ん、んあっ!? リ、リゼっ! そ、それに……アルマさん!? こりゃ一体、どういった状況だよっ!」


「良かった! 本当、良かったよ、レイル君っ!」


 意中の相手のアルマの前でリゼに密着され、戸惑うものの悪い気はしなかった。だが、彼が視線を周囲に向けると、乳房をつけたイザクの姿に目を疑う。更にその隣には昆虫の顔をしたダールまでいるのだから、衝撃はダブルパンチだった。


「イ、イザク、お前っ! 女だったのかよ! い、いや、確かに男にしちゃ線が細いし、やけにいい匂いがしたんだよな。それにダール、それがお前の素顔……」


「ああ、俺も黙ってて悪かったと思ってる。ブラッドを倒すため、女であることを捨てて生きてきたからな。何なら、胸を揉ませてやろうか? その程度のことで、俺は羞恥心は感じないからな」


「……驚かせたか。これが代々、俺の一族の血を引く者の証だ。この異形の容姿と、先祖が犯した大罪のせいもあって、子孫である俺達は世を忍んで生きてきた」


 しかしそんなイザクとダールの秘密も、今のレイルはすんなり受け入れられた。

 初対面の時ならともかく、同じ戦場で命がけの戦いを共有し合った今となっては、培った信頼の方が比重が大きかったのだ。笑い合う、レイル達。立て続けとなった強敵達との連戦で一時はどうなるか肝を冷やしたが、終わりよければすべて良し。

 街の人達のことは残念だったが、アルマを含む五人全員が無事なのは幸いだった……と、そう思っていた時。


「ねえ、レイル君、イザクちゃん、リゼちゃん、ダール君。喜び合ってる所、申し訳ないと思うけど、これからとても大事な話があるんだ。だけど、その前にもう一度だけ確認させてくれるかな? 君達が任務を果たした後に求めた、報酬の話を」


 アルマが唐突に、そんなことを言い出した。レイル達四人の視線が彼女に集中し、真っ先にレイルが立ち上がって彼女に笑いかけた。


「いきなりどうしたんですか、アルマさん? そんなん決まってるじゃないですか。俺の望みは王国に仕官することと、そして……アルマさんと付き合うことですっ」


 だが、レイルの高いテンションとは反対に、アルマの目は笑っていない。ただならない雰囲気が、今まで漂っていた場の明るい空気を一変させた。彼女は繰り返し、他の三人にも自分と約束した報酬の件を問うてくる。否応なくイザク達は、順に答えざるを得なかった。


「俺があんたに望んだのは、知ってるだろう。ブラッドを倒すことだ。それが叶った今、俺には他の望みなど何もない」


「私は民営の賭博場を作ることだって言ったわよね。先祖の代で没落したヤクザ家業をまた盛り立てるため、世継ぎだった弟が今際の際まで見ていた夢を、どうしても叶えてあげたかったのよ」


「……俺もあんたに言ったはずだ。文字の読み書きすら出来ない貧者に、富める者から理不尽に財産を奪われない教養を身に着けさせるため、そうした者達を受け入れる学校を作ることだと」


 三人の言葉をアルマは微動だにせず、黙って最後まで聞いていた。だが、聞き終えた彼女の目から涙が溢れ、嗚咽を漏らした。驚いたレイルが近づこうとするが、彼女から迸り始めた黒炎のオーラには、統一された攻撃の意志の力があった。

 それを見た瞬間、レイルは歩み寄るのを思い留まる。アルマは頬を伝った涙をハンカチで拭い、四人の顔を交互に見回すと、言い難そうに声を絞り出した。


「君達が倒したカルキ、そしてシックス・フィレメントの他五人はね。元々は世界を救った英雄だったんだよ。だけど、強大になり過ぎた彼らを、各国は持て余した。だから彼らは英雄の座を追われ、世界と敵対することになったんだ」


「ア、アルマさん、その話って……?」


 アルマはレイルの問いかけには答えず、淡々と話を続ける。


「そして世界中から裏切られ、抵抗し続けていた彼らを打ち倒したのも、新しく現れた六人の英雄達だった。その血と技を受け継ぐ君達なら、名前くらいは聞いたことないかな? 『無敗の賭博師ゼロ・リナブル』、『血塗れの傭兵王バックス・ルルノア』、『妖精王ディザー・ゼフォン』、『キバオレ族始祖ラーク』、『千人幽鬼ゼン』、『サン・ロー王国国王カール』。今やほとんどが闇の中に隠匿された、かつての英雄である彼らの名を」


 アルマが告げた名を聞いたレイルの眉が、微かに動いた。始祖ラーク、それは先ほどのカルキとの戦いでも聞いた名前だったからだ。

 だが、他の三人の反応は彼の比ではなく、表情を青ざめさせている。誰にも知られていないと思っていた秘密が暴かれた時の動揺が、彼らを襲っていたのだ。

 リゼが真っ先にアルマにつかつかと歩み寄ると、胸倉を掴み上げた。アルマの身体を纏う黒炎がリゼの手を焼くが、一切の躊躇はない。


「ねえ、あんた何なの? 私の一族の秘密を、どうしてあんたが知ってんのよ」


「私もその六英雄の一人の末裔だからだよ、リゼちゃん。私は旧サン・ロー王国王家のカール王の血を継いでいる。先祖が築いた名声に驕り高ぶり、悪政を敷いたために、国民からのクーデターでギロチン台まで転落することになった呪われた血をね」


「な、なあ……リゼ、アルマさん。どうしちまったんだよ、大昔の奴らがどうしたってんだ? それよりもリゼっ、アルマさんを掴んでる手が焼けてるじゃねぇか! 早く放せよ! それにアルマさんもっ!」


 レイルが険悪な雰囲気のアルマとリゼの間に割って入ろうとするが、リゼに睨みつけられてしまう。イザクもダールも恐ろしい形相で二人に視線を向け、その様子を見守っていた。しかしアルマはリゼの手を掴んで、強引に振り解く。そして涙を流しながら、力強く言った。


「私は革命王陛下から、こう密命を受けている。成した偉業に増長し、名声を地に落とした元英雄達の穢れた血と技を受け継ぐ危険人物。そんな彼らを、世に放つ訳にはいかない。だからこの街で、人知れず消してやって欲しい、と」


 それを聞くなりリゼは後ろ向きに飛び、アルマから間合いを取る。イザクもダールも、臨戦態勢を取った。だが、レイルだけは思い人のアルマと、仲間達が争おうとしている状況に戸惑うばかりだ。そして藁にもすがる思いで、アルマに問いかける。


「う、嘘ですよね、アルマさん。ど、どうしたんですか、何でそんな顔をっ」


 しかしアルマはレイルに冷徹な視線を向けて、右手を真上に掲げる。それが合図だったのか、彼女の背後から駆け寄ってきたのは、新生サン・ロー王国の甲冑を着た騎士達十数名。彼らはレイル達を取り囲んだ上で、抜剣した。


「っ!? な、何でっ……どこから現れたんだよ!? 今、街の周囲には不可視の壁があって、入れないはずなのに!」


「言ったはずだよ、レイル君。私はね、英雄王カールの血を引いている。イザクちゃんやリゼちゃんやダールがそれぞれ特殊な体質を持ってるように、私にも持って生まれた力がある。空間を歪めて、街の内外の行き来を可能にする能力がね」


 それを聞いたレイルは、合点がいったと思った。おかしいとは思っていたのだ。不可視の壁がある港街コルヒデに、なぜ自分達が馬車で立ち入れたのか。またアルマは街の内部だけを徘徊する魔機の残骸も回収し、解析をしていた節もあった。

 彼女が最初から四人を亡きものにすべく、騎士達を招き入れ、用意周到に全員が力を使い果たしたこの機を待っていたのだと、レイルにもはっきりと理解出来た。

 目的のためとはいえ、四人の誰もが命を賭けて戦ったのだ。それなのにそんな仕打ちをしようとしている彼女に、レイルはショックを受ける。


「そんなっ……だったら、俺は貴方を……許せないです、アルマさんっ!」


「うん、君には怒る権利があるよ。でも、陛下からの命令である以上、私は君らを消さなきゃいけない。だからせめて最後まで戦い抜いて、華々しく散って欲しい。君も六英雄が一人、キバオレ族始祖ラークの剣技を受け継いでいるのならね」


 レイルはここでようやく短剣を構え、切っ先をアルマに向けた。しかし苦渋の決断だったのか、その手は震えている。何しろ、憧れの女性と殺し合わなければならない決断を強いられたのだから、その心中は他の誰もが計り知れた。


「私は君達を羨ましく思うよ、レイル君。自らの道を貫き、自分達のために戦うことが出来ていることが。私は生き延びるために、民兵の指導者だった革命王陛下に寝返るしかなかった。旧王家には正義がなかったとはいえ、私は裏切り者だ」


 今にも攻撃を仕掛けようと、レイル達を囲む騎士達が散らばる魔機の残骸を踏み越えて、迫ってくる。そんな彼らの動きを、アルマは手で制す。


「手出しはしないで欲しい。相手は手負いとはいえ、君達では勝ち目はないよ。彼らとは、私が一人で戦う。英雄王カールの血を引く、この私が」


「やれるってんならやってみてくださいよ、アルマさん! 貴方がその気なら、俺達だって死に物狂いで抵抗すっからさぁ!!」


 レイルとアルマ。二人の姿が、元いた位置から掻き消えた。

 地面を滑るように走り、アルマの頭上に姿を現したレイルが、短剣を振り下ろす。

 空を歪める高温の黒炎で全身を覆うアルマは、それを腕で弾く。ほとんど動きが目で捉えられない高速で、レイルとアルマは激突していく。離れ、ぶつかり合い、せめぎ合いを繰り返す。その一撃一撃が、火花を散らす程だ。しかし悲しいことに、レイルの体力は相次ぐ連戦でもう底を尽きかけている。戦いの優劣は、すぐに現れた。

 短剣の斬撃を掻い潜ったアルマが、掌底をレイルの鳩尾に叩き込んだのだ。

 後方へとふっ飛ばされていく、レイル。身体の内部に明確な激痛が走り、口からは赤いものが飛び散った。そんな彼にリゼが泣きそうな顔で駆け寄って抱き起こし、イザクとダールはアルマに飛びかかっていくが、放たれた黒炎の壁によってあえなく阻まれる。彼女は尋常ではない、強さだった。たとえ万全の状態であっても、勝機は低かったかもしれない。この時には、イザクもリゼもダールも自分達の運命を悟っていた。もう全滅するのは時間の問題だと。


「ま、まだだ……ぜっ! 諦めるな、俺はよっ、まだ戦える!」


 しかしそんな中で、レイルだけは諦めなかった。よろよろと立ち上がると、アルマを睨み付けたのだ。その目が見ているのは、もう思い人に対するものではない。生死を共にした仲間達の命を奪おうとするなら、仇敵も同じ。倒すのもやむを得ないと、そう訴えていた。そんなレイルに触発されてか、イザク達三人もふらつく身体を押してアルマと対峙する。だが、それで戦力差が埋まる訳もなく、もし万に一つでも四人に生き残る道があるとしたなら、それは逃げる以外にないと全員が分かっていた。


「俺がアルマさんから、何が何でも隙を作ってみせるからよ。そんでチャンスが来たら、全員で一目散に逃げようぜ」


「お前一人で出来るのか、レイル? 何なら、俺も手を貸すが」


 小声で作戦を伝えるレイルに、イザクが助力を申し出た。そんな彼に続いて、リゼとダールも迷いなく協力を買って出てくれる。


「私も限界が近いけど、少しでも可能性があるなら頑張るよ、レイル君」


「……頑丈な身体が、俺の取り柄だ。弾除けの盾が必要なら、好きに使ってくれ」


 だが、三人の申し出を、レイルは首を横に振って断った。そして構えを取り直したレイルの前で、アルマは服についた埃を払う余裕さえ見せている。そのまま彼女はゆっくりレイル達に向かって、歩き出す。ただ歩いているように見えて、その緩急をつけた足運びは正確な距離感を掴ませない。慎重に間合いを計りながら、レイルの額からは汗が流れ落ちる。そんな中にあって、彼女の動きが唐突に加速した。

 正面から向かってきたのに、レイルはアルマの攻撃に対応出来なかった。両手を縦に組み合わせ、十本の指での掌底突き。タイミングはばっちりで、威力抜群のクリーンヒットとなった。だが、レイルは意地でも倒れてなるものかと、地面を強く踏み締めて踏み止まる。口からごぼりと血が吹き出すが、凶戦士の瞳の呪力で痛みをシャットアウトして耐え切った。そんな彼を、涙を流しながらアルマは見つめる。


「い、今の内だぁっ! 走れっ、イザク! リゼっ! ダールっ!!」


 レイルは密着状態からアルマの身体を抱き締めて、彼女の動きを封じた。彼女が纏う黒炎がレイルの身体を焼くが、それでも怯む気配はない。イザクもリゼもダールも心配げな顔をレイルに向けるが、彼は早く行けと叫び続ける。その必死な姿を見て最初は躊躇していた三人も、やがて決断したようだった。

 イザクが、リゼが、そしてダールが、レイルに動きを止められたアルマの横を通り抜け、一目散に地下墓地の出口まで駆けていく。そんな三人を目で追うアルマだったが、なぜか部下の騎士達に追うように命令することはなかった。ただ彼女は次第に手に込めている力が抜けていくレイルの身体を、優しく抱き締め返す。

 レイルは嗚咽を漏らしながら、意識が混濁していく。遮断していた耐え難い痛みが、いよいよ全身の隅々までに襲い掛かってくる。もはや声を絞り出すだけが、今の彼に出来る精一杯の努力だった。


「アル、マ……さん。頼み、ます。あいつらだけは……見逃してやっ……」


「――――」


 意識が途切れる寸前、レイルは耳元で何かを囁かれた声だけが聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る