観察記録NO.001
『○月△日・曇り時々●●』
私のベッドは、二人部屋の廊下側にあります。
仕切りのカーテンを挟んだ窓側にももう一つベッドがあるのですが、今は誰も使っておらず空いています。
ですから、実質この部屋は、私の一人部屋状態といっても過言ではないのです。
お陰で多少の音漏れも気にせずに、快適に暮らすことが出来ておりました。
ところが昨今、いよいよお隣さんがやって来ることになったのです。
お昼頃になって、閉め切ったカーテンの向こう側から看護師さんの声が聞こえてきました。
「こちらが病室になります。魚魚さんは、窓側の方のベッドを使って下さいね」
その時、私は自分のベッドで読書に励んでおりました。ところが、ふとそんな声が聞こえてきたのですから、気持ちが読書どころではなくなってしまいました。
なんせ、看護師さんから事前告知などは全くなかったのです。看護師さんがお隣さんを案内するその声で、私は初めてお隣さんがやって来たことを知りました。
まぁ、入院生活ではそれが当たり前のことなのかもしれませんが、私としては初めての経験でありました。先ずは迷惑にならないようにと、私はテレビの電源を切りました。
看護師さんが呼んだので、どうやらお隣さんが『魚魚さん』という名前であるということが分かりました。
余り詮索してジロジロと見る気もありませんでしたので、魚魚さんがどんな容姿や背格好をしているかはカーテン越しの位置に居る私からは見えません。
それに同室であれば、わざわざ好奇の目を向けなくとも、自然と顔を合わせる機会もあるでしょう。
私は無関心に徹することにしました。
ただ、カーテンの向こう側から「ギョエェェギョウゥ」という低い奇妙な唸り声がするので、全く気にしないというのも難しい話でありました。
そんな奇声を発する魚魚さんは、声のトーンから察するに男性の方でありましょう。
何をそこまで興奮しているかは分かりませんが、女の私からすれば恐怖しか感じませんでした。
「何かありましたら、そちらのスイッチを押して下さいね」
看護師さんは魚魚さんの奇行を気に留める様子もなく、入院の諸注意やナースコールの使い方などを淡々と説明しています。
その間にも魚魚さんは「ギョウェエエエ!」と叫んでいたのであります。
看護師さんは手慣れているようで、魚魚さんから発せられる雄叫びを無視して事務的に話を続けていました。そして、一通り話し終えると「また来ますからね」と丁寧に挨拶して、部屋を出て行ったのでありました。
先程までの威勢は何処へいったのでしょう。看護師さんが居なくなると魚魚さんも黙って、部屋の中はしぃんと静まり返りました。
お陰で、私も読書に戻ることが出来ました。指で留めていたページを開いて視線を向けます。
ところが、ふと何やら視線を感じたのです。
本から視線を外して、天井の方を見上げました。
──そして、私は彼と視線が合いました。
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