✕月?日・晴『』』』』
テレビを観ていた私は、ふと気になって顔を横に向けました。相変わらず看護師さんは無表情のまま、黙ってそこに立っていました。
私を注意するでも咎めるでもなく、看護師さんは瞬きもせずにそこに静止していたのです。
看護師さんが不気味に思えたのとずっと立たせていて申し訳ないのとで、私はテレビの電源を切ることにしました。
覚悟を決めて看護師さんときちんと向き合うことにしました。
「えっと……それで、何をすれば?」
改めて尋ねてみましたが、看護師さんは「先生の指示に従ってください」と同じ言葉を口にするばかりです。
——いや、しかし、だからといって何をすれば良いのでありましょうか。
このままでは、ご飯を食べている間も寝ている間も、この看護師さんと人体模型がそこに居続けることになるかもしれません。
ところが残念なことに、私には看護師さんの意図することを察することができませんでした。人体模型も何もモノを言ってはくれないので、何を求めているのか皆目見当もつきませんでした。
指示に従うどころか、お医者さんや人体模型の考えることなど私には分からなかったのです。
「もう大丈夫です。私は何もいりませんから」
自棄になったこともあり、私は考えあぐねた結果、そんなことを口にして診察を拒否しました。それ以外の返答も思い付かなかったので、仕方がありません。
そもそも、動かない人体模型からの診察を、どうやって受けろというのでありましょうか。例えここで拒否をしようとも、誰に咎められる謂れもないのです。
意外なことに看護師さんは、私の診察拒否をすんなりと受け入れてくれました。ニッコリと笑みを浮かべて、「その二本の腕も足も、貴方にはもう大丈夫ということですね」と言いました。
「ええ。どこも悪いところはありませんもの」
私は頷きました。
別に怪我をして病室暮らしをしているわけではないので、治療も手当てもいらないのです。
「その両の目玉も鼻も口も、貴方にとってはよいものだということですね」
「ええ」と、私は頷きつつ、看護師さんの言い回しに少し違和感を抱きました。
どことなく会話が噛み合っていないような気がします。
それで、何だか怖くなってきてしまいました。
「その心臓も、肝臓も脳みそも。もう貴方は、いらないということなのですね」
「そんなことはないです」
私は否定しました。
——それではまるで、無くても良いような言い回しではありませんか!
途端に、看護師さんが悲しげな表情になりました。ガックリと肩を落として項垂れたかと思えば、こんな言葉を呟いたのです。
「残念ですね。先生は、まだまだこのお姿のままでいなければならないようですね……」
看護師さんは人体模型の頭をむんずと鷲掴みにすると、病室を出て行きました。
それっきり、城白先生なる人体模型は私の前には姿を現しませんでした。
——果たして、もしもあのまま看護師さんの言葉を肯定し続けていたら、私の身体はどうなっていたことでありましょう。
人体模型の身体の一部にされて——なぁんて、そんな恐ろしいことはあるはずがありません。
その日以来、顔や身体に継ぎ接ぎのあるお医者さんが目撃されるようになりましたが、それはきっと単なる偶然でしょう。
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