■■■最■終■■回■

「……で、被疑者の様子はどうだ?」

「ええ。変わらずあのままですよ。ご覧の通り、遠くを見たままボーっとして、会話もまともにできない状態です」

 若い刑事さんはそう言いながら、ベッドの上に居る女の子を指差しました。

 その女の子といえば無表情なまま唸り声を上げて、まるで赤べこのように首を上下に揺らしています。

「ギョギョ、エエエエ!」

 白目を向きながら女の子は叫び、口から涎を垂らしました。


 そんな狂気に満ちた女の子の様相を見て、灰色コートの刑事さんは頭を抱えます。

「あれじゃあ、まともに証言は聞けそうにないな。まだ事件の全容も明らかになっていないっていうのに……」

「この村町って子も、相当に追い込まれて辛かったんでしょうね」

 若い刑事さんの同情するような言葉に、灰色コートの刑事さんは顔を顰めます。

「だからといって、許されることではないさ。実際に、命を奪われた被害者だっているのだから同情はできん」

「こんな状態にまで追い込まれたんですから、どっちが被害者か分かりはしませんけどね」

 尚も若い刑事さんが同情的な立場で発言をするので、灰色コートの刑事さんはムスッとした表情になりました。


——村町。

 若い刑事さんが口にしたのは、確かにその名前でありました。——どおりで私には、そのベッドの上の少女に見憶えがあるはずです。

 村町——そこに居たのは、私なのでありますから。


——ああ、良かった!

 私は、二人の刑事さんのやり取りを聞いてホッとしました。

 どうやら私の『病気』は、まだ完治していないようです。ですからまだ、私は病院に入院していなければなりません。

 楽しい入院生活が、これからもまだ続きそうです。


 浮かれていた私ですが、ふと困ったことに気が付きました。どんなに自分の体に触れようとも、自分の身体の中に戻ることが出来なかったのです。

 体に戻ることが出来なければ、何をすることも出来ません。


 私の体が自動的に動いて、ゆっくりと首をこちらに向けてきました。そして、私に向かって笑顔を浮かべながら、こんなことを口にしてきたのです。

「あなたはあなたで居るのだから、この体はもう、私がもらっても構わないわよね?」

「違う、違う」と、私は首を横に振りました。

「あなたにとって不要なものなのだから、私が処分しても構わないわよね?」と、私の体は尚も尋ねてきます。

 私は「違う、違う」と返事をしました。

 それでも私の肉体は、私の言葉を聞き入れてはくれません。

 今まで何処にそれを隠し持っていたのかは分かりませんが、自分の体にメスを入れ始めたのです。お陰で飛散した血飛沫が白い部屋の壁紙を赤く染めました。

 私の体は力を失い、ベッド上から床に崩れ落ちました。


 それから、病室は少し騒がしくなりました。

 隣の部屋から刑事さんたちが駆け込んできて、私の体を揺らします。お医者さんや看護師さんが呼ばれて、慌ただしく治療を始めました。

——でも、私にはそんなことは関係ないのです。

 目を覚ましたら、きっと私は変わらず病室のベッドの上に居るでしょう。

 これらは全て、夢なのです——。

 所詮は私が創り出した幻想——私が思い描いた架空の出来事なのでありますから。


——私は目を開けて、夢から目覚めることにしました。

 そうして、また新しい入院生活での出来事を、記録していくことにしたのです。

——私は、目を開けました。

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