■最終■回NO■06

■最■終■■■■回

——そこは薄暗く、とても狭い部屋の中でありました。

「どんな様子だ?」

 灰色のコートを着た男の人が部屋に入って来るなり、そう尋ねました。

 部屋の中には既に若い男の人が居て、灰色コートの男の人を見ると畏まり、背筋をピンと伸ばしました。そして、「はっ!」と声を上げて、灰色コートの男の人に向かって敬礼を返したのです。

 灰色コートの男の人は呆れたような顔をして、それを手で制しました。

「いや、構わんよ。楽にしてくれ」

「はっ!」

 尚も若い男の人は肩に力が入って、緊張した面持ちになっていました。

 灰色コートの男の人は溜め息を一つ吐くと、気を取り直して若い男の人に尋ねました。

「状況は?」

「特に変わりはありません」

 二人の視線が、ガラス窓の外へと向けられます。

 ガラスの向こう側に見えるのは、綺麗な町並みでも長閑な庭園の風景でもありません。

 隣にもここと同じような薄暗い部屋があって、ガラス越しにその部屋の様子が見えたのです。

 その部屋というのが床も壁も白一色で、とても清潔感に溢れた部屋でありました。部屋の中央にはベッドが一台設置されているだけで、他には何もありません。棚やテレビも置かれていない、殺風景な部屋でありました。


「所轄の刑事も、証拠集めに奔走しているよ。しかし、被疑者がこんな状態じゃ、ろくに取り調べも出来ねぇな……」

 灰色コートの男の人はぼやくと、悔しそうに顔を歪めます。

——そんな二人も、実のところ刑事さんでありました。

 刑事さんたちにも、何やら思うことはあるのでしょう。

 マジックミラー越しに隣にある病室を見詰めて、溜め息を漏らしています。

——果たして、隣の部屋には何があるのでしょうか。

 ベッドの上に女の子の姿が一つ、ありました。

 女の子は何をする訳でもなく、まるで魂が抜けた木偶人形のようにボーッと遠くに視線を向けていました。何を考えているのかも、女の子の表情からは読み解くことはできません。或いは、初めから何も考えていないのかもしれません。

 私には、そんな女の子の顔に見憶えがありました。

「しかし、信じられませんね」

 若い刑事さんが声を潜めながらシミジミと呟きます。

「まさか、この子が家族や同級生……五人もの命を奪っているだなんて……」

「……ああ、そうだな」と、灰色コートの刑事さんもその言葉に同意して頷きました。

「聞けば、この子も相当に苦労をしていたようじゃないか。両親や教師からは虐げられ、同級生たちからも嫌がらせを受けて……」

「精神的に追い詰められて、それであんな凄惨な事件を起こしたわけですね……」

 若い刑事さんは、余り経験を積んではいないのでしょう。段々とその顔色は青褪めていって、気分が悪そうに顔を伏せてしまいました。

 それ程までに、その女の子が起こした事件というのが恐ろしいものだったのかもしれません。

 灰色コートの刑事さんは若い刑事さんに気を遣う訳でもなく、さらに生々しい話を粛々と続けていきます。それは何も嫌がらせというわけではなく、それが彼らのお仕事なのです。単に、業務的に情報共有をしているに過ぎないのです。

「両親はバラバラにして遺棄、イジメの中心人物だった同級生の……名前は何といったかな?」

 灰色コートの刑事さんがど忘れしたようで、若い刑事さんに目配せをします。すると、若い刑事さんはその意図を酌んで、上着のポケットから事件の概要を書いたメモ帳を取り出して、そのページを開きました。

「ええっと……国城てつ郎君と、山川よし子ちゃんですね」

「そうそう。その二人だ」

 灰色コートの刑事さんは思い出してスッキリしたようで、指をパチンと軽快に鳴らしました。

「その二人を切り刻んだらしい。……それから、近所の奴の名前はなんだっけ?」

「……近所の奴、ですか?」

 若い刑事さんは首を傾げると、メモ帳に視線を落としました。

「ああ。この子に好意を持っていた共犯者だよ。哀れな奴で、良いように使われるだけ使われたらしい」

「現在指名手配中ですが、まだ被疑者逮捕には至っておりません。名前は……」

「魚魚だったな!」

 若い刑事さんが名前を言う前に、思い出した灰色コートの刑事さんが食い気味に答えました。

「ええ、そうです」と、若い刑事は勢いにたじろぎながらも頷きました。


——てつ郎君により子ちゃん。

——魚魚さん。


 それはみんな、どこかで聞いたことのあるような名前でありました。

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