✕月 ■・雪■
廊下に出た私は目を丸くしました。
何故なら、そこには全身毛むくじゃらの男が立っていたからです。まるで、類人猿の如く、全身が体毛に覆われたその人は、涎を垂らしながら何やらブツブツと独り言を呟いておりました。
「見るだけだから。見るだけだから、悪くはないよね」
虚ろな瞳をした彼が、ゆっくりと私に近付いて来ます。
「来ないで!」
私は叫びました。そして、その類人猿さんから離れようと廊下を駆けました。
病室の扉が開きます。
——他の部屋からも別の類人猿さんが出てきました。小柄な者や毛の無い者、頭の小さな八頭身の者まで、実に様々な類人猿さんが姿を現したのです。
そんな類人猿さんたちは、私のことをもの凄い速さで追尾してきました。
少しでも足を止めようものなら忽ち男たちに追い付かれてしまうことでしょう。
「見るだけだから。見るだけだから!」と呟きながら、類人猿さんたちは私のことを追ってきたのです。
「いや、やめてっ! 来ないでよ!」
私はパニックになりながらも類人猿さんたちを撒くために、曲がり角を右へ左へと駆けました。
ところが、私の足が類人猿さんたちの足に敵う筈もありません。足が縺れて転んでいる隙に、すぐさま類人猿さんたちに周りを取り囲まれてしまいました。
でも、彼らは私と一定の距離を保ったまま、その場に立ち尽くしていました。ただひたすらに、舐め回すかのようなねっとりとした視線を私に向けてきたのです。
「見るだけ、見るだけ」
「見るだけなら、構わないよね。見るだけなら」
涎を垂らしながら、類人猿さんたちが口々に呟いています。
そして、類人猿さんたちは両手を後ろにピーンと肘を伸ばしたまま、上半身を傾けて前屈みになりなりました。そんな体勢のまま、更に私に顔を近付けてきました。
そんな類人猿さんたちのねっとりとした身の毛のよだつような視線に、私は鳥肌を立ててしまいます。
「やめてよ!」
私は叫び、彼らを遠ざけようと手を振りました。
類人猿さんたちは機敏な動きでそれを避けてかわすと、元のポジションへと戻って、また見ることを再開しました。
いくら私が拒絶しようとも、類人猿さんたちはお構いなしに私のことを見続けたのであります。
「見るだけ、見るだけだから」
そう懇願する類人猿さんたちに、私は何時間も見詰められ続けました。
類人猿さんたちが飽きて解放されるまで、私は何もやることがなくただじぃっとその場に膝を抱えて座ることくらいしか出来ませんでした。
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