第15話 書記 VS 書記(週末デートの陣②~才女のオトし方~)


 上映終了時刻。河飯もそうだが、どちらかというと愛染が心配でそわそわとしている俺と藤吉の元にメッセージが届く。河飯からだ。


「な、なんだって?」


「ええと、『映画終わったから、ショッピングモールを出てカフェに行くね』だって」


「カフェ?カフェならモールにも――」


 ――ハッ


 そこまで言って、俺はある可能性に思い至る。


「ひょっとして……!モールなんかに入ってないシャレオツカフェに行くのか!?」


「エグザクトリー。さすが河飯ね。伊達に女子たちに連れまわされて色んなとこ行ってないわ。ほら、ぼさっとしてないで追いかけるわよ」


「ああ……!」


 なんて奴だ。シャレオツカフェの引き出しが四次元ポケットだなんて。俺達は感動しながら指定されたカフェに向かった。


 駅前から少し歩いた、路地の奥。定年したマスターがひとりでやってそうなこじんまりした喫茶店に入っていくふたりの姿を捉える。映画が怖かったのか、どこか元気のない愛染を労わるようにゆっくりと歩幅を合わせて歩く河飯。こういった細やかな気遣いがモテの秘訣なんだろうと、こうして第三者の視点に立って見るとよくわかる。


「河飯……すげぇな……」


 感嘆の声を漏らすと、藤吉もこっくりと頷いた。


「ええ、ほんと。しかもココ、元ショコラティエのオーナーがやってるスイーツの美味しい穴場喫茶じゃない」


 スマホのぐるなびらしきものを眺める藤吉。喫茶の評価は☆4つ。河飯の評価は☆5つ。いいよな、☆はあればあるほどいいもんだ。俺はそう信じてる。


(ああ、俺も制香ちゃんから☆を沢山いただけるような男になりたい……)


 そんなことをぼんやり考えていると、藤吉が不意に手を引いた。


「こっち。向かいの中華でふたりを見守るわよ」


「あいあいさー」


 カフェで出待ちしていて腹ペコだった俺達はふたり中華と洒落込むことになった。デート(仮)で一緒にスタミナ中華行ってくれるような女子も俺は好きだぜ、藤吉?


 で、小籠包と担々麵をはふはふと頬張りながらスマホを気にしつつ動向を探る。

 デート中は極力スマホを弄らないようにしているのか、先程からの河飯の報告では愛染と何を話しているのかまでは把握することができない。愛染が生徒会のスパイで俺達の活動に探りを入れているのかいないのか。その辺は後日の報告に期待するとして……


「美味い!この小籠包めっちゃ美味いな!?」


「え、いいな。私のシュウマイと交換しない?」


「ほい、どうぞ」


「わーい」


 こういうのを気軽にできる女子は何気にポイントが高い。ってゆーか、一緒にいて楽しい。なんていうか、幼馴染としかできないと思ってたけど、案外そうでもないのな?思いがけず休日を満喫している俺に向かって、小籠包を平らげた藤吉はにっこりとする。


「小籠包美味しいね」


「だろ?シュウマイもなかなか……あつっ」


「あーあ。やけどした?」


「らいじょぶ」


「ならいいけど。ここ、ランチ日替わりなんだって。今度制香と来れば?あっちのカフェも」


「うん、そうする。ここの小籠包はすべからく世に広めるべきだ」


「なにそれ。でも、その考え方はいいと思う。河飯もそう言ってたよ」


「河飯も?」


 首を傾げると、藤吉は『ある秘訣』を語りだす。


「あのね、モテることには『ある秘訣』があるの」


「えっ。何ソレ詳しく。てゆーか、できればもっと早く知りたかった。はよはよ」


 そわそわする俺に、藤吉はにんまりと笑みを浮かべる。


「それはね――」


 ごくり。


「『うれしいの回数を増やすこと』よ」


「『うれしい』の……回数?」


 ドヤ顔の藤吉にきょとん顔の俺。


「そう。女の子がされて『うれしい』と思うことを増やすの」


「それは、どうやって?」


「自分が相手だったらどう思うか、考えるんだって。例えば、デートで奢ってあげられる男は甲斐性があって素敵に見えるかもしれない。けど、同じ高校生にそれをされたら遠慮しちゃう子もいるわよね?『無理してるんじゃないかな?』って」


「たしかに……?」


「でも、男子の中ではデートで奢ってあげたり、それっぽくリードできる男がカッコイイにたいな観念は未だに根強い気がするの。そういう場合、男子は大抵見栄を張ったり、無理したり。『自分をカッコよく』見せることばかりに気が行ってしまうと思わない?」


「むむむ……」


 言われてみれば、そんな気はする。


「だから、見栄を張らずに、自分を見るんじゃなくて相手を見るようにするのよ。相手が『嬉しい』と思うことを、些細なことでもいいの。ちょっとだけでもそんな気持ちになってもらえるように心を配る。今の河飯みたいにね?」


 そう言って窓の向こうに視線を向けると、二種類のケーキを愛染と仲良くシェアしている河飯の姿が目に映る。まるで『映画で怖がらせたお詫び』とでも言っているかのようだ。

 思わずほげっと感心していると、藤吉はさらにドヤ顔で続ける。


「気が付いた?ここに来るまでの道のり、河飯は愛染と手を繋いで来たのよ?」


「でも、それって映画の前も繋いでたよな?」


「ううん。アレは小手調べ。手を繋いだらどういう反応をするのか見てたのよ。嫌がるのか、まんざらでもないのか」


「えっ?」


「私から見ても、愛染はまんざらでもなさそうだった。だから河飯は怖い映画を見た後も手を繋いだ。吊り橋効果っていうやつね」


「それって、まさか……その反応を見て、見る映画を決めたっていうのか?」


 河飯……恐ろしい子!


「そこまではわからない。けど、河飯のデートの経験値はハンパじゃないもの。それに、河飯は元々繊細な感度――いえ、感性の持ち主。ひょっとすると……」


 ガタッ!


 言いかけて、急に立ち上がる藤吉。


「河飯と愛染が動いた!行くわよ!」


「ああ……!お、お会計!お会計お願いしまーす!」


 急いで会計を済ませ、一定距離を空けて後を追う。カフェで随分のんびりしていたせいか、外はもう夕方だった。カフェから駅までの道すがら、子どもたちが帰った後の、ひと気の無い公園付近で立ち止まる。


「駅から家まで遠いの?送っていこうか?」


 夕陽をバックに、穏やかな声音で問いかける河飯。


「いいえ。駅までで結構よ。急な誘いだったのに。今日はありがとうね、河飯君」


「どういたしまして。僕も楽しかったよ?」


 にこっ。


(…………)


 本気の河飯がどういった結末を見せてくれるのか。俺と藤吉が固唾を飲んで見守る中、河飯はゆっくりと口を開いた。


「駅まであと少し。本当は送ってあげたいんだけど、実はこの後用事があってね。だから、今日はここでお別れ」


(え――?送らないのか?)


 意外な言葉に驚いていると、思いもよらない行動に、俺の思考は完全に停止した。


「これは、勇気を出して僕に告白してくれたキミへの、せめてものお礼だよ。好きになってくれて……ありがとう」


 次の瞬間。河飯は不意に愛染を抱きしめた。ふわっと、そっと、優しく。動揺して固まる愛染。俺と藤吉も固まる。そんな俺達を知ってか知らずか、河飯は穏やかに続ける。


「キミに捨てられたキャンディちゃんもね……」


「え?」


「ほんとうは、こうして欲しかったんだよ?」


 ぎゅう……


「か、河飯君……?」


 強くなく、弱くなく。そっと愛おしむようにその腕に力を込める。そして、耳元で囁くように呟いた。


「あのね?ぬいぐるみは……生きているんだ」


「え――」


「この世に生まれて、自分を愛してくれる人の元へ行きたいと願ってる。自分を抱き締めてくれる人を、ずっとずっと待ってるんだ。その想いには人間とかぬいぐるみとか、そんなの関係ない。だから……例えどんな姿になっても、一度でいい。抱き締めてあげてくれないかな?」


「河飯く――」


「こんな、風に……」


 河飯は愛染を優しく抱き締めて、額の辺りにするりと頬ずりをした。愛染の顔が夕焼け以上に限界まで真っ赤に染まる。


「ふふ……」


 河飯は短く笑うと愛染を解放し、穏やかな笑みを浮かべた。俺は直感する。


 こいつ、自分がイケメンだってわかっててやってやがる――と。


 内心で『ぎりぃ……』する俺の気も知らず、河飯はゆっくりと口を開いた。


「ねぇ……わかってくれた?」


「うん……」


 愛染はこくりと頷く。夕日に染まるふたりの笑顔。甘い雰囲気。

 河飯は目的を達成した。そして愛染は……


 ――オチた。

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