第16話 第三会議室の宰相


 河飯がデートで愛染あいぜんをオトした翌登校日。俺達は屋上にて、河飯かわいから報告を受けていた。曰く、愛染とは今でもラインでやり取りをしているらしく、関係性としては『いいお友達』に収まっているという。

 愛染が明らかにそれ以上の感情を河飯に抱いていることは先日の別れ際の様子を見れば明らかだったが、うまいこと躱しているようだ。

 相変わらずの河飯の手練手管に閉口する俺と制香せいか


「で?愛染は結局スパイだったのか?」


「うん。なんかそうだったみたいで、選挙活動って何してるの?って最初は聞かれたんだけど、屋上掃除したよとか、差しさわり無い程度しか話してない。それで、デートの後でお返しに聞いてみたら『私ばっかり聞くのは良くなかったよね……』とか言って、色々教えてくれた」


「「え――」」


 それって……


 唖然とする俺達に河飯はにこっと笑みを向け、愛染をオトしたグッドスマイルで言い放つ。


「内部スパイだね?」


「「…………」」


「とりあえず、愛染さんは聞けば何でも教えてくれるよ?選挙活動のこと、よくわからないから教えてくれる?って聞いたら、『私でよければ喜んで!』だって」


 愛染と不動ふどうの友情は、愛の前に瓦解した。


「とりあえず、聞いた中で目ぼしい情報は『文化祭で演説を行う』ってやつかな?今まで目立たなさ過ぎて知らなかったけど、生徒会では選挙の前に候補者の顔出しの意味もかねてそういう時間を取ってるんだって。でも、基本は体育館での演説で、屋外のステージ演目とかと時間が被ると誰も見に来ないって言ってた」


「へー。私も初耳」


「俺も。でも、『文化祭演説』か……」


 これを、使わない手はない。

 生徒たちの生徒会に対する興味が薄いのをいいことに、今まで俺が『人気獲りで選挙を制する』作戦をメインで据えてきた甲斐があった。

 俺は颯爽と立ち上がる。


「よし。俺らもやるぞ。『文化祭演説』!せっかく河飯が体張って手に入れてくれた情報を無駄にするわけにもいかないからな!」


「別に、体張ってないよ?したのはデートだけだし。それ以上は特には」


 事もなげに言う河飯の意図するところを察した制香が赤くなる。

 ああ、藤吉が今日は不在で助かった。河飯はやっぱりノンケだわ。危うく藤吉先生の創作意欲が失せにけるところでしたわ。


「と、とにかく!『文化祭演説』ってどうすればいいんだ?」


 尋ねると、河飯はおもむろにスマホを取り出す。


「ちょっと待って。聞いてみるね?」


「「え――」」


 しばしのコール音の後、騒がしくなる電話口。


『か、河飯君!?きゅ、きゅきゅ、急にどうしたの!?』


「あ、愛染さん?今大丈夫?ちょっと聞きたいことがあって……」


『何!?ちょっと待って、今片付けるから……あ。髪乱れてないかな……待って待って!ごめんね!ちょっと待って!』


「別に、テレビ通話じゃないからそんな慌てなくても……」


『か、河飯君とおしゃべりするのにそんな!変な恰好できないわ!』


「あ、そう?僕は時間あるから構わないけど……」


 沈黙が流れ、通話口から再び声がする。


『ごめんなさい!それで、聞きたいことってなぁに?』


 どこか乙女チックテイストな声の愛染。そんなちょっとした愛らしい変化に動じることなく河飯は話し出す。


「あのね、『文化祭演説』って何すればいいのかな?どうやったらできるの?」


『それって、河飯君たちも『文化祭演説』を……?』


「うーん、内緒♪で、どうすればいいの?」


『待って、今聞いてみるね!明理あかりちゃーん!『文化祭演説』って誰に申請すればいいんだっけ~?』


「「…………」」


 愛染……チョロくね?


 敵に塩を送るどころの騒ぎじゃない。内部スパイどころか、熨斗紙つけた菓子までついてくる勢いだ。隣の制香を見やると、クール系才女だった愛染の変わりように動揺を隠せないようだ。


 恋が、人をここまで変えるとは。


 俺達が呆気に取られているうちに、河飯はあっという間に『文化祭演説』についての情報を聞き出した。

 曰く、『文化祭演説』の目的は生徒たちへの顔見せと生徒会活動の報告。そのうち、生徒会活動の報告があるのは現政権である不動たちのみ。となれば、俺達のするべきことは顔を売り、『明確な目標を持っていることを生徒たちに知らしめること』だ。

 そして、必要な手続きは――


      ◇


 俺は制香と共にある部屋にやってきた。


「ここは?」


「第三会議室。今の時期は文化祭実行委員の拠点だ。文化祭の日程や予算管理、ステージや体育館などのタイムテーブル、各クラスの出し物の審査などを行っている集団らしい」


 『ほえ~』と頷く制香にドヤ顔で説明するが、全部、愛染から聞き出した情報だ。


 俺はまだ人が残っているかもしれないという会議室の扉に手をかける。文化祭で時間を貰おうというのなら、話は早いうちにしておいた方がいいだろう。

 愛染の話によると、どうやら今年の実行委員にはその手の調整を一手に担う敏腕な担当者がいるとの話だった。

 一手に担っているということは、その人物に許可さえとれば『文化祭演説』を行うことができる。俺達はその許可を貰うためにやってきたのだ。


「ごめんくださ~い……」


 そろりと開けると、そこにはひとりの男子生徒と金髪の美少女が身を寄せ合って資料を眺めていた。というより、資料を眺める男子生徒の腕を抱くようにしてくっついている美少女。外人さんであるが故の大きさと思われるおっぱいを惜しげもなく押し付け、というか腕を胸で挟むようにしてしげしげと資料を見ている。

 色白で黒髪の男子生徒はそれを咎めることも動揺することもなく、ただ淡々と資料に目を通していた。まるで、そこにいるのが当たり前のような空気。


(え……)


 いつから、第三会議室はリア充の為のイチャコラ空き教室になったんだ?


 しかもあの子、最近ウチのクラスに転校してきたライラちゃんじゃん?

 金髪碧眼巨乳美少女ライラちゃん。数多の男がその笑顔に見惚れてズッキュンうちのめされる最新鋭兵器。

 内心で思わず『ぎりぃ……』していると、男子生徒が顔をあげる。


「……下神しもがみ?」


「え……如月きさらぎ?」


 どうして。クラスの見知った顔が放課後の会議室で美少女とイチャコラしてんだよ。一瞬、誰かと思ったじゃねーか。


「なんでここに如月が?てゆーか、さっきからお前にべったりくっついて♡マーク出してるその、ライラちゃんだよな?なんで?え、どして?」


 ことと次第によっちゃぁ、お前を異端審問にかけ――


「そりゃあ……ライラだけど。言ったこと無かったっけ?ライラは俺の彼女」


「???」


 ホワッツ??

 あまりに当たり前のように返されて、異端審問どころじゃない。


 いや初耳っすわ。フツーに寝耳に水ですわ。ライラちゃんて、ついこないだ転校してきたばっかじゃなかった?そんな速攻で仕留めたの?お前にそんな殺傷力オトメキラーあったっけ?

 てか彼女できたなら言えよ。朝のHRで、全体に聞こえるようにさ?


 思わず固まっていると、席を立ってお辞儀するライラちゃん。


「こんにちは!ユウヤのガールフレンドのライラ・エリーシアです!えっと……どちらさまでしたか?」


「ライラ、こいつ同じクラスの下神。下神相手に敬語なんて使わなくていいよ」


「でも、ユウヤのお友達なんでしょ?私も仲良くしたいわ?」


 はい。俺もです。


 内心で即答しながら如月に問いかける。


「えっと、そのライラさんと如月がどうして第三会議室ここにいるわけ?」


「どうしてって……そりゃあ、文化祭の実行委員だから。クラス投票で面倒くさい委員会を俺に押し付けておいて、もう忘れたのか?」


 しれっと冷たい視線を向ける如月。思い起こせば、如月が休みだったのをいいことにそんなこともあったような気が。クラスの出し物決めるのに夢中で、その辺はテキトーに決めたんだったっけ?

 如月はため息を吐くと資料を置いて口を開く。


「――で?下神が実行委員に何の用?」


「それが――」


 俺は、生徒会選挙でのアピール、もとい現生徒会長の不動ふどうに対抗する為に文化祭で『演説』を行いたい旨を説明する。黙って聞いていた如月は、再びため息を吐いた。


「そんなん、許可できるわけないだろ?」


「なんで!?」


「あのな……どいつもこいつも勘違いしてるみたいだけど、文化祭っていうのは決められた予算の中で祭りを盛り上げ、来年の生徒数増加を狙ったり、地域との相互関係を深める為に行われるものだ。もちろん、生徒の主体性や団結力を伸ばすという教育的な目的が主ではあるが、そればかりでは文化祭は成り立たない。目的を履き違えるなよ?」


「え……」


 如月、なんかキャラ変わった?


 そんな見込みのない企業に金は貸さないみたいなキビチイご意見の持ち主でしたっけ?てゆーか、その口ぶりはまるで……


「今年の敏腕担当者って、お前のことだったのか……?」


「……とか呼ばれてるけど、俺に言わせればどいつもこいつも現実に即してない夢見がちな案ばっかり持ってきやがってって感じ……」


 うんざりと言い放つ如月に、ライラちゃんが声をあげる。


「もう!そんなこと言って、なんだかんだでアドバイスしてあげるユウヤ優しい!しゅき♡」


 如月に頬ずりすると再びぎゅうぎゅうと身を寄せる。俺の中の嫉妬の炎が、実体化してデーモンを生み出せそうだ。これが外人さんスキンシップの破壊力……!

 公然とイチャつくふたりに隣の制香もお口をあんぐり、そしてはわはわと赤面しだす。そんなライラちゃんのラブアタックも、まるで日常茶飯事といわんばかりに動じない如月は、冷静に口を開いた。


「とにかく。時は金なりだ。『文化祭演説』の為の時間が欲しいっていうなら、それに見合った旨味がこちらにも無いと相談には乗れない。目的を達したいなら、それが学校の利になることを示せよ?」


「ええ~……」


 如月くん、ほんとどうしちゃったの?


 返済の見込みがない中小企業に投資してくれない銀行員みたいよ?


「なんだよその顔は。何もダメって言ってる訳じゃないだろ?なら、考えていいって言ってるんだ」


「……!それって!」


「まずは企画書。必要な人員と設備、最低所要時間を記載して、『何を目的として』『何をするか』を明確にするんだな?まぁ、『誰を相手に』っていうのは、文化祭の客と生徒っていうのはわかってるからいいけど。もし仮に魅力的な案を持ってきたとしたら、他のステージ演目の時間を少しずつ減らすなりして調整するから。演説するのは屋内?屋外?」


「ええっと……ごめん。急すぎてわかんない。如月どうしちゃったの?」


「どうもこうも……事業の目的、その可否を予算と照らし合わせて判断するのは運営側として当たり前の仕事だろ?」


 だから、その学生とは思えないビジネスマインドがどうしちゃったのって聞いてるんだけど……どっかで宰相でもしてたの? 国とか運営してた?

 まぁいいや。


「要は、如月が働いてもいいと思えるような魅力的な企画を出せばいいんだな?」


「そうだ。けど、俺が気にいるだけじゃダメだぞ?公演の主たる目的と相手は、観客なんだから。彼らが時間を使って見る価値がある、且つ生徒会の認知度をあげるような演目が好ましい」


「あら、ユウヤ?それって殆ど答えを教えてあげてるんじゃ……」


 首を傾げるライラちゃんに、こくこく頷く制香。


 あれ?イマイチわかってないの俺だけ?


 いいや。制香がわかってるなら、後で聞こう。

 別に如月にワイロ詰んでもいいんだけど、リア充と化した如月にやるAVなんて無いからな。あと、リア充に奢る為の金なんて無いよ、俺さんの財布には。

 俺は嫉妬の炎のリトルデーモンを抑えながら如月を指差した。


「わかった!夏休みが始まるまでにお前を納得させるような企画書持ってくるからな!首を洗って待ってろよ!」


「また首か……」


「え?」


「なんでもない」


 楽しそうにため息を吐く如月に白紙の企画書と申請書を受け取り、俺達は会議室を後にしようと――


 いっこ、言い忘れてた。


「如月!」


「?」


「お前が休みの間に、ウチのクラスの出し物メイド喫茶になったから!楽しみにしとけよ!」


「え。聞いてない」


 如月はそう言って資料の山からウチのクラスの分を引っ張り出す。


「……うわ。メイド喫茶、マジか。三段重ねのアフタヌーンティー形式希望って……回転効率落ちるし……まぁ、その分客単価上げればいいのか?となると、列整理……むしろ話題になっていいか?けど……衣装代とか設営にどれだけ金かかると思ってるんだ?」


 ぶつぶつと利益計算している如月に、俺はグッドスマイルを向けた。


「その辺は心配しなくて大丈夫。衣装については男子の寄付金でまかなう予定だから。既に各方面の方々から潤沢な資金が集まってる」


「ああ、そういう……(笑)」


 いらっ。


 何その上から目線?今、目ぇ細めてくすり、って嘲笑しただろ?非リア男子おれらのことバカに致しました?

 これだからリア充は……!


「如月……今のうちに精々リア充してろよ?寄付金が最高額だった奴が女子に着せるメイド服のデザイン選べるシステムだから。ライラちゃんにいかがわしいハイパーミニ着せられたくなかったら、お前も金を出せ」


「なっ――」


 その一言に、目を丸くする如月。ライラちゃんは首を傾げた。


「ユウヤ?めいどきっさって何?」


「ああ、メイド喫茶っていうのは、メイドの恰好をした女子に給仕をさせて、ただのインスタント紅茶を法外に高い値で売りつける――」


「ちょ、ストーーップ!!お前!夢も希望もねぇな!!」


「別に全否定はしてないだろ?客は『女子に給仕してもらう時間』に金を払うんだから。誰もインスタント紅茶を買ってるなんて意識してない」


「ぐぅ……」


「ねぇ、それって私もグレルみたいな可愛いメイド服を着てもいいってこと!?」


「いや、アレは……デザインがよこしま過ぎてライラにはちょっと……」


 メイド服への好奇心がいい方向に働いているライラちゃん。俺はさっきのお返しと言わんばかりに目を細めてくすり、と笑った。


「いいのかな~?このままじゃあライラちゃんがハイパーミニふりふり胸チラメイド服着用になっちゃうけどいいのかな~?衆目にその姿を晒すことになってもいいのかな~?」


 にやにや顔で挑発すると、如月は舌打ちした。


「……勝手にしろ。ライラの分は俺が別で用意する」


「え?」


「彼女にどんな服を着せようと、彼氏の勝手だろ?」


「もう、ユウヤってば♡」


「どんなのがいい?」


「ええっとね~。ユウヤが選んでくれるやつならなんでも!」


「自前で買うから、文化祭の後は家に持って帰ってもいいんだろ?」


 くすくす。


「きゃ~♡」


 えっ。こいつら、おうちでメイドさんプレイするつもりなの?


 如月……いつからそんな子に……!


「…………」


 俺氏、完全ニ敗北ヲ喫スル。


 先程同様の薄笑いを浮かべて俺を鼻で笑う如月。まるで悪役みたいなその顔に、俺は負け犬のように吠えた。


「絶対!あっと驚くような企画書持ってきてやるからな!お、覚えてろっ!」


「期待してるよ、下神生徒会長候補?」


 くすくす。


「行こう、制香!」


「あ、ちょっと待ってよ克己かつき!」


 俺は制香の手を引いて第三会議室を後にした。


 いいもん!俺だってメイド服持って帰って、制香ちゃんに着てもらうんだから!

 土下座と金詰んでさぁ!

 お触りはNGでも、写真チェキくらいなら許してくれるよね?制香ちゃん?





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※こんばんわ。いつも読んでくださる方々、今もフォローを続けてくださる皆さま、ありがとうございます!


更新がなかなかできずに申し訳ございません汗

今後もこつこつと更新して参りますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!


また、今回は先日まで書き進めていた異世界モノが完結致しましたので、

宣伝させていただければなと思います。


【チート無しで異世界行ったら聖女に溺愛されたので、甘んじてたら悪の宰相扱いされました】が、遂に完結致しました!今なら最後まで止まらずお読みいただけます。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891556355


今回出てきた如月くんとライラちゃんが出てくるお話です。


内容はイチャコラ多め?ハッピーエンドになっておりますので、

興味のある方は是非、よろしくお願いします!


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征服学園 ハイスクール・コンクエスト~俺の最強パーティが美人生徒会長を駆逐する下克上選挙戦線~ 南川 佐久 @saku-higashinimori

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