第8話 クラスメイトは、ロリ巨乳〇〇〇 ②


「何か弁明は?」


 語気をほんのり強める俺に、藤吉はがばっ!と縋りついた。


「だってぇ!無理なんだもん!」


「ちょ……!そんなくっつくなって!腐っても女子だろ!?」


 あわわわわ。胸胸ヤバヤバおっぱいふわふわ!


 思わず脳内が魔法の呪文を連呼する。

 その様子を、うずうずと羨ましそうに眺める河飯。


 ほら、やっぱ河飯も男の子じゃん。

 藤吉には悪いけど、こいつやっぱりノンケだぞ?


 そんな悲しい現実は目に入らないのか、藤吉はぐすぐすと俺のシャツで涙を拭う。

 俺裁判長は、その涙に呆気なく籠絡ろうらくした。


「う……無理って、何が無理なんだよ……?」


カメラを止めるの」


「けど、せめて、本人に見せるのはやめような?」


 俺は察しが良くて優しいオタクなので、前回の『この学校でも、だいぶ稼がせて貰ってる』発言はスルーしてやろう。そんな俺の思いやりがわからない、察しの悪いオタクの藤吉はとんでもないことを言い出す。


「うぅ……本人に知ってもらっちゃえば、モデルになってもらえるかなって……わたし今、スランプみたいで、描けないの……」


「モ、モデル……?」


「うん。構図の撮影に協力して欲しい……」


 いやいやいやいや。無理だって。河飯にナニさせるつもりだよ?

 物理的に戦力として使い物にならなくなったらどうするつもりだ?


 状況を全く理解していない河飯に代わって、俺は反対の意を示す。


「藤吉くん?仮にも善なるオタクを語るなら、それはマナー違反ってものじゃあ……」


「え、えっちなことはさせないから!」


 あーーーー。


 女の子の口から出る『えっち』って言葉。なんでこんなにえっちなんだろうな?藤吉はアニメ声だからか、余計にそう思う。

 やっぱり男の子な河飯も、赤面しつつ咳込んで顔を逸らしている。


「あー、あー。わかったよ。えっちな構図は要らないんですね?じゃあ何が――」


「要らないわけじゃない……」


「否定しろよっ!?まぁいい。そこはギリギリわきまえてるようで安心した。で?どんな構図が欲しいんだ?」


 要求と条件次第では、河飯にとりなしてやってもいいかもしれない。

 だって、俺の中には今、前前前世から彗星が降ってきたようにある作戦が閃いたからだ。



 敏腕BL作家(校内での販売実績あり)の藤吉先生を陣営に引き込めば、戦力になるのでは?



 河飯は確かに女子に強いカードだ。

 こいつの人気が上がってモテ無双すれば、女子の票は軒並み俺のもの。

 だが、イケメンに興味のない――というか、手が出せないままくすぶっている女子だっている。眺めるだけで、十分だって。


 事実、俺だって学校にアイドルがいたら遠くから眺めるだけ、同じ空気を吸うだけでお腹いっぱい胸いっぱいだ。

 そんなちょっぴり内気なオトメイトのハートと財布をがっちり掴んで離さない……

 それが、目の前にいる藤吉こいつなのではないかと。俺は直感した。


 『女子の九割は少なからずBLに興味がある、もしくは嗜む』これは、先日見たアニメでもそう言っていた。

 だから、藤吉の作品作りを支援して校内で覇権を握れば――



 悲劇のイケメンに靡かない女子からの票も囲い込める……!



 俺は『女子票丸ごとゲットだぜ』作戦を担うべき新しい人材に向き直る。


「河飯はこういのに疎い。要求があるなら、プロデューサーである俺を通してもらおうか?」


「P?」


 ほら、そういうの聞き返すとこがもう疎いんだぞ、河飯?藤吉を見てみろよ?完璧に理解したうえでわなわな震えだしてんじゃねーか。って……


「なんで震えてんの?おーい、藤吉?」


 俯いた顔の前で手をひらひらと振ると、カッ!と眼光鋭く向き直る。


「認めない!二股なんて、認めない!」


「は?」


「新しい彼氏なんて要らない!河飯は、天野のものなんだからぁ!!」


 ぽかぽかぽかと俺の胸板を貧弱なお手々で殴る。

 手は財産じゃないのかよ、作家先生?


「って、何言ってんだよ、藤吉?」


 色んな意味でな?


「黙れ間男!何がPか!『河飯を管理するのは俺のライフワークだ』とでも言いたいの!?」


「は??」


「わたしはハッピーエンド厨なの!二股、NTRは御法度なのぉ!」


「…………」


 あーあーあーあー。わかったよ、先生。

 お前の中で俺がカップリング対象に入ってんのがな。

 一言いいか?


「CP認定はやめてくれ!あと、教室でNGワードを連呼すんじゃねーよ!」


「うっ、うるしゃい!ねぇ、河飯は天野一筋だよね?さらさら金髪美少年とスポーツ万能スパダリ幼馴染が必要以上に仲良くないわけないよねぇ?そうだよねぇ?」


「えっ?」


「友達以上で恋人未満だもんねぇ?けど、勢いに任せて一線は超えるんだよねぇ?」


「???」


「やめろ腐女子!河飯が完全に置いてかれてんだろ!」


 俺の制止も、荒ぶる腐女子には届かない。

 藤吉はその勢いのまま、今度は河飯に縋りついてまくしたてる。


「ねぇねぇ!天野のこと好きでしょぉ?」


 うるうる。


 だが、そこはやっぱり男の子でフェミニストな河飯。

 ふわふわおっぱいにドギマギしつつも、広げた両腕がその柔らかいロリ巨乳ボディを今すぐにでも抱き締めたいと言わんばかりにわきわきと怪しい動きを見せている。


 そして、欲望を抑え込んだまま、にっこりと緩みきった顔で話を合わせた。

 凄いぜ、『悲劇の王子様』!


「えーと、剣治?うん。好きだよ?大事な幼馴染だからね?」


「だよねぇ!」


 さすが河飯だ。話はわからなくても空気は読める。

 藤吉の表情から『この場は肯定イエス』と悟ったんだろう。

 だが、今のは読まなくてよかった。藤吉のテンションが加速する!


「はぁ~!やっぱり河飯を題材オカズにしてよかったぁ~!信じたわたしは間違ってなかったぁ~!」


 すりすりすり。


「ちょ!藤吉さん!?そんなに頬ずりされると、僕も一応男なんだけど!?」


「そうだよねぇ~?可愛い顔して上も下もイケるもんねぇ~?」


 すりすりすりすり。


「もうその辺でやめてやれ!藤吉!」


 色んな意味でな!!


 俺は藤吉を引き剥がした。

 『はぁ……はぁ……』と耳を赤くして心臓を抑える河飯。おおかた藤吉のサイズ感にキャラクターでも重ねているんだろう。その、瞳にぐるぐると渦を巻いた表情は深夜のロリコンそのもの。王子様の影は残念ながら微塵も無い。


「あーもう!河飯がヤバい方向に目覚めかけたじゃねーか!選挙活動に支障が出たらどーしてくれんだ!」


「……選挙?」


 きょとん、とした大きな瞳が俺を見上げる。

 だいぶ脱線しちまったが、陣営に引き込むチャンスは今しかない。

 俺は一気に頭を下げた。


「藤吉!俺に協力して欲しい!不動を倒すために、力を貸してくれ!」


「不動……って、あの美人生徒カイチョ?」


 はわぁああ……!


 こっくりと首を傾げる上目遣い!

 腐女子にしておくには勿体ない美少女戦士ロリ巨乳だ!

 こいつなら、男子の得票にも一役買ってくれるに違いない!


 思わずもぎゅっとラブしたくなるのをぐっと堪えて懇願する。


「俺は、次期生徒会選挙で不動を会長の座から引きずり下ろす!そのために、仲間を集めてるんだ。藤吉、お前の漫画で政治的思想宣伝プロパガンダしてくれたら、きっとまた一歩打倒不動に近づける!お願いだ!」


「ふーん……?」


 あっ。興味なさそう。ヤバイ!


 すまん、河飯!お前の出番だ!来年の分の年パスは俺が買うから、許してくれ!


「モデルの件、俺から河飯にとりなす!」


「…………!」


「もちろん安全、健全とジャッジしたものだけどな。けど、普通の表情とか、学校の背景をバックにした写真だって必要だろ!?」


「……っ!どうして、それを……」


「俺、親が漫画家だから」


 だから、原作至上主義で家でアニメ見れないんだよ。

 アニメ化したとき、諸々沢山書き下ろしたのにワンクールに無理矢理抑え込められた苦い思い出が蘇って夜うなされるんだって。


「だから、藤吉の欲しいもの、少しはわかると思う……」


「下神……」


「なんなら、夏コミはベタ、トーン、デジタル着彩、搬入、売り子、なんでもやる。俺を手足コマのように扱ってくれ……!」


「下神……!」


「河飯!夏のお祭り!お前も行くよなぁ!?」


 頼む、察してくれ!お前ならできる!ここは肯定イエスだ!


「夏祭り?うん、コンクールと被らなければ行こうかな?楽しそう」


 ありがとう河飯ぃいい!お前が味方でよかったよぉおお!


「藤吉……!」

「下神……!」


 がしっ。


「選挙における『特定層の女子の囲い込み』……引き受けてもらえるか?」


「任せて。SNSで定期発信もするし、校内の色恋情報ざたネットワークはBL、NL、全て把握済よ。女が靡けばその彼氏も芋づる式に獲得できる。河飯とわたしがコンビを組めば、オトせない女子はいない」


「最強カード!」


「なんなら、修学旅行と文化祭ではキワドイ衣装でロリ属性紙耐久男子、オトしておこうか?」


「神!けど、安全な方法で頼むぞ!藤吉がエロ同人みたいな目に遭うのはダメだからな!」


「ふふっ。わかってるよ。わたしは描く方が専門だもん?」


 がしっ。


 藤吉の、柔らかお手々とハンドシェイク。


 そこに河飯も加わって、俺達は桃園の誓い――もとい、『選挙活動女子仕留め隊』を結成した。



 こうして俺は、昨日夢見た『ロリ巨乳参謀ふじょし』をパーティインすることに成功したのだった。



 追伸。制香、仲間外れにしてごめん。また今度、ポテト奢るから許して?

 あと、夏祭り(本物)は、今年こそ一緒に行こうな?

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