第9話 放課後に幼馴染を屋上に呼び出してすることといえば?


「制香。聞いて欲しい話があるんだ。放課後、屋上に来てもらえるか?」

「えっ」


 昼休み。驚いた表情の幼馴染に、俺は静かに告げる。


 思いがけない改まった呼び出し。

 その状況に困惑しつつもどこか期待している風な制香は、こくりと頷いた。

 そんな俯きがちな照れ顔も可愛い。


  ◇


 そしていざ放課後。


 屋上に向かう俺の手に握られているのは、ラブレター……


 ――ではない。


「制香、待たせたな」

「あ。うん……急にどうしたの?改まって話だなんて……」


 制香ちゃん、髪の毛いじいじ。お膝もじもじ。はい、可愛い。

 でもごめんな?思わせぶりな呼び出しとかして。

 だって、どうしても来て欲しかったから。

 困ってるんだ、俺。そして、頼れる奴が制香しかいないんだ。


「制香。頼みがある」

「…………」


 いつになく真剣な声音で俺が差し出したのは――


 モップ。


「屋上の掃除、手伝ってくれないか?」

「…………」


「これから選挙活動をするにあたり、拠点が必要だ。そこでこの屋上。鍵は錆びついてて案外簡単に入れる。ここを俺達の拠点にしよう」

「…………」

「今日部活がないの、制香しかいないんだよ。頼む……!」


 ちなみに藤吉先生は先日撮った教室を背景にした河飯の写真を元に、新刊を作成中だ。邪魔はできない。


 俺が頭を下げると、制香はおもむろに叩いた。


 すぱんっ!


「痛い!」

「もう……!掃除って……!何ごとかと思ったじゃない!?」

「ごめんて」


 だって、掃除って言ったら来てくれないだろ?『私忙しい』とか言って。

 知ってるぞ?制香ちゃん意外にもお掃除キライだもんな?思いきりが良すぎて全部捨てちゃうから。そうして後から後悔して俺に泣きついて来るんだろ?

『お気に入りだったキーホルダー間違って捨てちゃったぁ~!』って。

 はい、可愛い。

 はい、可愛いから。一緒にお掃除しような?


 俺は手にしたモップを手渡した。


「お願い、制香ちゃん?」


 にこっ。


「うう……」


 にこにこ。


「一緒に掃除しようぜ?これも放課後デートだと思って」


 にこにこ。


「な?」

「ぁぅ……」


 制香は渋々。すっごく渋々モップを受け取った。お顔が赤い。はい、可愛い。


 そうして俺達は屋上の掃除を始めた。

 積みあがった壊れかけの机と椅子を片付け、埃をはらってまだ使えそうなものを見繕う。

 かがんだ拍子にチラチラと見えそうになる制香のスカートを気にしつつ、音楽室の窓から手を振る河飯に声援を受け、小一時間が経ったころ。

 俺達の集会場は完成した。


「「できたー!」」


 髪の毛をアップにして額を拭う制香とハイタッチ。なんだかんだいって、途中から俺と一緒になって夢中だったよな?はい、可愛い。お掃除よくできました!


「はぁ~!手伝ってくれてありがとな!制香がいてくれて助かったよ!さすが断捨離マスター!」

「断捨離って……学校の備品はちゃんと捨ててないわよ?」

「わかってるよ。制香まじめだもんな?でも本当に助かった。ありがとう」

「……今度シェイクおごりね?」

「はいはい。お安い御用でさ」


 俺は制香とふたり、屋上の椅子に腰かけて校庭を見渡す。


 ここから、俺達の『征服』が始まる。


 生徒会選挙で不動を打ち倒し、生徒会メンバーを総入れ替え。面倒くさくて古臭い校則を撤廃して、好きなものは好きって言えるような、そんな学校を作るんだ。

 そうすれば、この学校は、今俺達が見ている景色は――俺達のものだ。


「……制香」

「なに?」

「その……これはちゃんとした話なんだけど。頼みたいことがあるんだ……」


 ジト目にこもる、『今度は騙されないぞ』という強い意志。

 けど、話は聞いてくれるんだな。俺がそれなりに真剣なことがわかってる。

 やっぱり制香は一番だ。

 俺は感謝と決意をこめて、ゆっくりと口を開いた。


「制香。俺の――」

「…………」


「俺の右腕になって欲しい。副会長として、俺を傍で支えてくれないか?」

「――っ!」


「えっと……ダメ、か……?」


 思いがけずプロポーズのような言い方になってしまい、後になって恥ずかしくなる。顔が熱くなってきたのを誤魔化そうとしどろもどろになっていると、制香は口元を抑えて笑い出した。


「ふふふっ……!改まって何かと思えば、そんなこと!?」

「ちょ、笑うことないだろ?俺は――」

「わかってる。本当に勝つ気なんでしょ?不動さんに」

「ああ……」


 深呼吸をして返事を返すと、制香は右手を差し出した。

 夕陽に照らされた、見慣れた笑顔。

 その顔が、信頼に満ちた視線が、想いが、俺をいつだって勇気づけてくれる。

 ――ほんとうに、ありがとう。


 俺は『想い』を込めて手を握り返した。


「これから、よろしくな!」

「ふふ。思いのほか、楽しくなりそうね?」

「ああ……!絶対に、勝つぞ!」


 だから、絶対に勝つから……それまで少し、待っていてくれ――


 ――『大好きだよ、制香。』

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