第10話 秘密兵器は学年一の美人


 俺が不動に宣戦布告してから一か月が過ぎた。

 季節は初夏。そろそろ期末テストなシーズンだ。

 だがその前に……


「「「成果報告会?」」」


「ああ!」


 俺は教室の前に集まった制香、河飯、藤吉に向き直る。


「今日から屋上が俺達の拠点だ。あそこなら、誰に話を聞かれることもなく話し合える。ここ数週間でどれだけの人間に選挙の話ができたか、選挙活動の為に何をしたか、一旦聞いておこうと思ってな」


「うん、いいんじゃない?下神に『逆ナンデートの件』はお願いされてたけど、上木さんと藤吉さんが何をしてたかは知らないし」


「そうね。報連相ほうれんそうは団体行動の基本だし。悪くないマネジメントよ、下神?敏腕Pは伊達じゃないわね?そのために掃除までしてくれて、助かった。丁度屋上のシーンを描きたいと思ってたの」


 異なる思いを胸に、にっこりと視線を合わせる河飯と藤吉。


「じゃあ行きましょ、葵ちゃん?足元気を付けてね?」


 制香は藤吉の手を取って歩き出す。


「あれ?制香って藤吉と仲良かったのか?」


 意外な繋がり。

 首を傾げていると、藤吉がにやりと俺を見上げる。


「ふふ。私、顔が広いから……」


 えっ。ちょっと待って。制香ちゃんもしかして、『愛読者』なの?俺初耳だけど。


 冷や汗を噴き出している俺に、制香がいい笑顔で振り返る。


「葵ちゃんは委員会が同じなの!美化委員。って言っても、私が部活してるから葵ちゃんがほとんど私の分をやってくれてるんだけどね?あとは、選択授業が一緒!」


「校内をするのは得意なの。制香みたいな面倒見のいい活発女子が身近にいてくれると何かと助かるし。ウィンウィンな関係……ってやつ?」


 にっこりな制香とにんまりな藤吉。ああ見えて、相性抜群らしい。

 仲がいいのは嬉しいが、俺は制香ちゃんが毒されないかちょっと心配。


「まぁ、顔見知りなら話が早い。じゃあ早速報告会を――」


 屋上の扉に手を掛けると、そこには荒れ果てた光景が――


「なっ……」


 昨日綺麗にしたと思った屋上は、見事なまでに散らかされていた。

 空き缶、コンビニのごみ、ビニール袋に……


「タバコの燃えカス……?」


 おいおい……と思って顔を上げると、散らかした張本人と思しき不良と目が合う。


「ああん……?」

「何?お前らがここキレイにしてくれたの?」

「たまり場あざーっす!」


 あー。無理。ヤンキー、ダメ、絶対。仲良くなれない。

 魂の波動が全く別物なんだもん。生理的にだめだめだめ。

 誰かあれらの外来種と会話できるバイリンガルはおらんかね?


 助けを乞うように振り返ると、同様に怯えて縮こまる藤吉。

 わかるぜ。お前も魂の波動こっち側だもんな?


 威嚇するように鋭い視線を向ける制香。はー、頼りになるぜ。

 けど、アブナイ目にあわせるわけにはいかない。


 河飯!ここはお前のコミュ力で……!


「河飯?」


 いい笑顔と目が合う。


「ごめん無理」

「あ、やっぱ?」


 お前も魂の波動こっち側?


「僕のクラリネット、彼らに壊されました。廊下でぶつかったらね?『モテてんじゃねぇぞコラ』って。意味不明。うん。無理」

「あー……」


 そりゃあ想像以上に無理だわ……


「――どうする?」


「「一時撤退」」


「ちょっとあんた達――!」

「制香!お前ひとりじゃ無理だ!撤退!撤退ぃー!」


 俺は扉を勢いよく締めた。


 屋上に勇敢にも殴り込みに行こうとする制香を抑えながら、助けを乞うように向き直る。


「――どうする?」


 困り果てた戦意のない三人。すると、藤吉がぼそりと口を開いた。


「『彼』に助けを求めるしかないかも……」

「『彼』?」


 小さな頭をこくりと振って、藤吉は告げる。


「校内最強と謳われる、『曹操』に……」

「――っ!」


 俺は言葉を失う。だって、藤吉の言った『曹操』ってもしかして……


「モテ無双三国志の、『曹操』?」


 会ったことは無いけど、話には聞いてる。

 ウチの学年にいる河飯とは別系統のモテメンで、ケンカが超強いらしい。挑んでくるヤンキーを千切っては投げ、呼吸ひとつ乱さずに鮮やかに屠る。

 しかも、嘘かほんとか知らないが、父親がムショ帰りらしい。


「怖っ!そっちのが無理じゃね?」

「でも、あんなヤンキー共に言うことを聞かせられるのなんて他にいないよね?」

「ほら、河飯もそうだって。話してきてよ、リーダー?」

「そうだよ、僕らの生徒会長?」


 あああ!お前ら息ぴったりだな!?こんなときばっかり分かり合っちゃってさ!?


「俺、『曹操』と面識ないんだけど……」

「お得意コミュ力でなんとかしてよ。下神、コミュ力ある方のオタクでしょ?」

「それとこれとは……!制香ぁ!」


 助けて!


 視線を向けると、制香はようやく落ち着きを取り戻したようだ。


「『曹操』って……D組の佐々木君?」

「そうそう」

「ああ、たしかそんな苗字だったね」


「おい『周瑜』。モテメン同士、横の繋がりとか無いのかよ?」

「無いよ。僕も下神もB組だろ?藤吉さんも」

「え~、四人いて全滅かよ……」


 どうしたものかと頭を抱えていると、藤吉がぽん、と手を叩く。


「学年一の美人に、手を借りましょう!」

「えっ?学年一って言うと……」


 不動?まさかな。いくら藤吉参謀長官とはいえ、敵の手は借りるまい。

 制香ちゃんは俺的ナンバーワンだけど、あくまで俺的。

 となると、答えは……


「ウチのクラスの不壇通ふだんどおりさん?あんま話したことないけど」

「正解。」


 にんまりする藤吉。


「けど、なんで不壇通さんなんだ?確かにあの人はめちゃくちゃ可愛いし、黒髪色白正統派美少女で人当たりもいいけど……佐々木に特効でもあんのか?『曹操』、実は美人に弱いとか?」


「ふふ、私のNLネットワーク甘く見ないでよね?不壇通さんと『曹操』――もとい、佐々木君は生粋の幼馴染よ。あれだけで一本小説が書けるわ」


「ほう!」

「へぇ……?」


 一発で納得する俺に、微妙に意図を理解していない河飯。

 お前にも幼馴染いたろ?A組の天野。ああ、でも『可愛い幼馴染』じゃないと言うこと聞く気にならないか。すまんな、幼馴染が可愛くて。どうだ、羨ましいだろ。


 そんな俺の可愛い幼馴染は急にスマホを弄りだす。

 制香ちゃん、人のお話は最後まで聞くんだぞー?


「幼馴染の頼みなら、聞いてくれるかもな!」


 俺なら聞いちゃうし!


「むしろ、佐々木君はおそらく不壇通さん以外には動かせない。けど、不壇通さんはお人好しな美人だと聞いているわ。そこを上手く利用すれば……」


「ヤンキーを倒せる!」


 俺は藤吉の脇を抱え、持ち上げて高い高いをした。


「凄いぞ!俺らの参謀!」

「ちょ……!おろして下神。パンツ見える」

「あ、ごめん。」


 横を見ると、どうやら見ちゃったらしい河飯が視線を逸らしていた。

 制香は俺の手から藤吉をひょいと受け取る。


「克己ってば。葵ちゃんが小っさ可愛いからって、小動物みたいに扱っちゃダメよ?」

「制香?そう言いつつも藤吉に頬ずりするのはやめろ?説得力皆無だからな?」

「だって葵ちゃん小っさ可愛い……」

「ありがと制香。でもくすぐったい」


 ひとしきり藤吉に頬ずりして満足した制香は、何を思ったかスマホの画面を見せてきた。


「不壇通さんに連絡してみた」

「すごっ!行動早っ!つか、連絡先知ってたのか?」


「うん。合同授業で班が同じだった時に、デズニーランドの話題で盛り上がって、それで。割と仲良し」

「は~。女子のコミュ力やべ~」


 でも、俺にはないネットワークだ。幼馴染のネットワークに感謝感謝。


「で、なんだって?」

「『ちょっと相談が』って言ったら、明日の昼休みに話聞いてくれるって」

「はー!不壇通さんマジ女神!」


 ヤンキーに占拠された集会場を取り戻すっていうのに、怖がるどころか今からなんかわくわくしちゃってる俺がいる。

 美人とお話できるって、それだけでテンションあがるよな!

 俺も早く、黒髪色白正統派美少女とお近づきになりたいわ!


 あ、冗談ですよ?制香ちゃん睨まないで?そんなウザそうな顔しないで?

 制香ちゃんにそんな顔されたら、俺死んじゃうからね?

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