第4話 かわいい可愛い戦力一号 ①


 『俺が!必ず!その涼しげな美形に、吠え面かかせてやるからな!』


 啖呵を切ったのはいいものの、俺には不動に勝つビジョンが見えないでいた。

 だって、あいつ超美人なんだもん。

 黒髪さらさらストレート。凛とした立ち振る舞いに、美しい所作。実家が華道家か何かか知らないが、滲み出る高貴なオーラ。

 それだけで、男子からの票は不動のものみたいなもんだ。


 実際、俺も去年は顔がいいってだけで、三年生の候補者を差し置いて、一年である不動に票を入れた。そんな奴が俺以外にも沢山いたんだろう。

 おかげで不動は文字通り、不動の女王だ。

 生徒会長は美人がいい。誰だってそう思うのは仕方ない。

 だからこそ、俺は勝つビジョンが見出せないでいる。


 けど、だからって……!


「「諦められるわけないだろうっ!?」」


 え?


 今、俺と鮮やかにハモったのはどこのどいつだ?


 放課後の教室。人なんてひとりもいないはずだ。

 だが、窓際の俺の席に近い位置から、確かに声がした。少し高めな、男の声が。


「…………」


 不思議に思って窓からベランダを覗くと、そこには体育座りでスマホとにらめっこするクラスメイトの姿があった。


「……何してるんだ?河飯かわい?」

「……!」


 びくりと跳ねる背は、男にしては細身の体躯だ。恐る恐るこちらを振り返る、大きな瞳。見られるとまずいものでも手にしているのか、若干涙目になりながらスマホを後ろ手に隠す。


「……見た?」

「いや、聞いた」

「なんて?まさか……僕は独り言を?」

「『諦められるわけないだろうっ!?』って、らしくもなく大声で叫んでたぞ?」


 河飯は温厚でフェミニストな性格で、その美形な容姿も相まって女子の間では『星の王子様』なんて呼ばれている人物だ。

 ぶっちゃけ、リア充には爆ぜて欲しい思想の持主である俺からすれば仇敵以外のなにものでもないが、そんな河飯が大声を出すなんて、珍しいことだ。

 若干興味がある。今隠した、スマホの中身に。


「あんな大声出すなんて、何があったんだ?」


 さりげなくベランダを開けて隣に腰掛ける。

 河飯はバツが悪そうに視線を逸らしてだんまり。

 その様子に、益々興味がそそられる。


(『諦められるわけない』って……何をだ?女にフラれたか?河飯が?まさかな?)


 けど……


(だったら、何が諦められないんだよ?教えろって)


「困ってることがあるなら相談に乗るぞ?俺達、『放課後暇人同盟』だろ?」

「僕は暇じゃない……」

「だったら、なんでこんなとこにぼっちで体育座りしてんだよ?」


 ぶっちゃけ超あやしいぞ?


「それは……」


 さらっとした金髪をいじいじとしながら言い淀む姿もあやしさ満点だ。


「じれったいな。教えろよ?何見てたんだ?」

「う……」


 スマホを胸元に抱えてイヤそうにジト目を向ける。

 しばしの沈黙の後、河飯はため息を吐いた。俺の視線に根負けしたのだろう。

 こう見えて、俺はしつこさには定評がある。


「……誰にも言わない?」

「言わない」


 即答すると、河飯はおずおずとスマホを見せる。

 そこには、遊園地のイベントの告知が表示されていた。


「サン〇オビューロランドのイベント?」


 こくり。


「お前、妹いたっけ?」

「ひとりっこ」


「「…………」」


 はいはい、わかりました。俺、完全把握。


 気まずそうに逸らされた顔、咄嗟に隠されたスマホ。

 そして、ひとりっ子なのにビューロランド。


「お前……サン〇オ男子だったのか?」


「う……サン〇オ男子っていうか、かわいいものが好きなんだよ……悪い?」

「いや……意外かも?って……」


 ぶっちゃけ驚いてる。


 あのモテ無双三国志英傑の一角、『星の王子様』が可愛いもの好きなサン〇オ男子だったなんて。まさに名は体を表す。


 俺の中で可愛いものが好きな男子っていうのは、大体デズニーキャラとかが好きで、それで女の気を引こうみたいなスタンスが見え隠れしてるゲスの極み男子おのこみたいな奴を言うんだが。

 今の河飯はそんなことするまでもなくモテメンで、しかもサン〇オだ。


「河飯……ガチだったんだな?」


 モノホンの星の王子様だったなんて。


「ガチってなんだよ!それ褒めてないだろ!?」

「褒めてるよ!」

「うそだ!」

「ほんとだって!」


 少なくとも、俺の中ではお前は仇敵じゃなくなった。むしろガチめな趣味を持つ良い同志だと思ってる!オタクに悪い奴はいねぇからな!


 しかし、俺の言葉を信じていないのか。河飯は声を震わせる。


「今までサン〇オ男子バレしたときは、みんなこぞって僕をバカにして!『男の子なのにキャンディちゃんが好きなの?くすくす』みたいな反応ばっかり!下神だってそう思ってるんだろ!?」


「思ってねーよ!確かにちょっと驚きはしたが、俺はオタクの味方だ!」

「オタクって言うな!」


「オタクをバカにすんな!アレだろ?みんなしてサン〇オといえばキャンディちゃん、みたいな風潮に嫌気がさしてるんだろ!?」

「――!」


「他にも良いキャラはいっぱいいるのによ!俺はアレだぜ?ゲロゲロゲロッピが好きだぜ!?」

「わかって……くれるのか?」


 河飯の目が、キラキラしてる。これが『星の王子様』の実力か。ピュアピュア美形オーラがヤバすぎて、背後から星が見える。まだ夕方なのによ。

 けど、わかるぜ河飯。初めて同志を見つけたとき、人はそんな顔になるんだ。


 河飯は、ベテラン風を吹かせて不敵顔をする俺の手を握ると、熱い思いをぶちまけ始めた。


「下神!良い奴だったのか!ただの愉快なオタクかと思っててごめん!」

「おう……そのキラキラ笑顔に免じて、今の暴言はスルーしてやる」


「僕!今までキャンディちゃん以外のキャラを知ってる人に身近で会えたことなくてさ!嬉しいよ!下神の言う通り、サン〇オには可愛いキャラがいっぱいいて!シナボンロールはもちろん、最近は刺身ちゃんなんかも人気で。僕が一番好きなのは、ほもふむフリンちゃんなんだけど……!」


 出たよ。オタク特有の早口。お前は紛れもなくモノホンだ。


 俺は河飯とがっしりと肩を組む。


「わかる。わかるぞ河飯。ほもふむフリンちゃんて、俺達が小さな頃に流行った、もちっとした尻が可愛いやつだろ?」


「あの尻の穴の素晴らしさをわかってくれるのか!ああ!下神とは今日から親友になれる気がする!」


 穴までは言ってねーよ。


 だが、確かそんなことを小さな頃の制香も言ってた気がする。

 『お尻の穴がきゅってしてて可愛いの!』って。

 あのときは、何言ってんだこいつ?って思ったのが顔に出て、小さなお手々でぽかぽか殴られたっけ?

 幼い頃の思い出に顔を緩ませる俺をよそに、同志を見つけて有頂天の河飯。


 しかし、俺の中にはある考えが閃いていた。



 河飯を味方に付ければ、戦力になるのでは?



 だってこいつは、わが学園の誇るモテ無双三国志英傑の一角、モテ周瑜。

 通称、『星の王子様』。


 その中性的な容姿から、一見すると可愛がられ弟ポジに落ち着きそうなものだが、河飯の凄いところはそれでは終わらないことだ。


 こいつのモテ恐ろしさの真髄は、女子への紳士的な対応と柔らかい笑顔にある。

 この見た目でフェミニスト。どんな女子からの告白も一蹴することなく、きちんと話を聞いたうえで真摯に想いを受けとめる。

 だから、河飯に告白した女子は後悔することが無いという。あくまで噂だが。


 しかし、SNSが情報を支配する学生の生活において、噂が与える影響は計り知れない。そんな河飯が少し口添えすれば、女子の票なんてあっという間に集まるだろう。

 不動は男子の票はほしいままにしているが、女子ならどうだ?



 元から生徒たちは生徒会選挙に興味なんて微塵もない。

 だいたいの生徒が、選挙日当日にその存在を知って、知り合いか美人、なんとなく気に入った奴に票を入れるんだ。もしくは、相当インパクトがあってメリットの大きい公約を掲げた人間。


 そのくせ、ウチの生徒会選挙にはいっちょ前に『応援演説』なんてものがある。

 ちなみに、これがあるのは生徒会長を選ぶ『会長戦』だけだ。


 その会長候補を支持する人間が代表で演説を行い、支持を求める『応援演説』。

 これもだいたいの生徒が右から左にスルーしている。

 だが、その演説を行う人間が皆の憧れる『人気者』だったら?


 票は一気に雪崩れ込む!


「勝つる……!」

「えっ?」


 急に立ち上がった俺に、河飯は声を上げる。

 俺はそのままの勢いで河飯の両肩を掴んだ。


「河飯!お前に頼みがある!」

「な、なに……?」


「俺の、支持者になってくれ!」

「えっ?」


「そして、俺を生徒会長にしてくれ!!」

「え??」

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