第5話 かわいい可愛い戦力一号 ②

 

 夕日に照らされた放課後のベランダ。

 何が悲しくて男と顔をほっつき合わせないといけないのか。

 だが、俺には作戦があった。


 不動を引きずりおろし、生徒会長になるための作戦その壱。


 『女子の票を漏らさず手に入れる』  

 

 俺は、そのための戦力に向き直る。


「河飯。さっき『諦められないことがある』みたいなこと言ってたよな?」

「うん……」

「俺が協力する。代わりに、俺に協力してくれないか?」


「えっ。いいけど……こればっかりはどうにもならないよ?だって、家が遠いんだから」


「家?」


「僕が諦められないのは、ビューロランドのイベント物販。土曜の早朝からなんだけど、僕の家は摩多センターから遠いんだ。でも、その物販には数量限定のほもふむフリンちゃんの超可愛い新作グッズがあって……」


「それで?」


「最近下火なのか、数量がやたら少ないんだ。けど、ほもふむフリンちゃんは人気投票一位を取るくらい根強い人気キャラクターで……そういうやつはバイヤーが出てきて全部持ってっちゃうんだよ。そうしたら、高校生の僕にはもう手が届かない……」


 オーケイ、オーケイ。オタクにはよくある話、よくある悩みだ。

 任せとけ。


「その物販、俺が行く」


「えっ?」


「それ、アレだろ?徹夜禁止で、始発でもそこまで早く着けないやつだろ?」

「そうだけど……下神、なんとかできるの?」


「ばあちゃん家が、摩多センターにある」

「――っ!」


「そういうのはな、前日入りすりゃあいいんだよ。おおかた、宿泊費込みだとプレミア価格とどっこいだから葛藤してたんだろ?」

「――っ!!」


「なんならお前もばあちゃん家泊まるか?ばあちゃんの飯は美味いぞ~?おふくろの味って感じで。ばあちゃんに紹介して気に入られれば、お前だけでもちょくちょく遊びにいけるはずだし。どうせ年パス持ってんだろ?」


「 一 生 つ い て い き ま す !!!!」


(よし……!これで……!)


      ◇


 土曜日。数量限定のほもふむフリンちゃんを無事に手に入れた河飯は、俺に忠誠を誓った。


 案の定ばあちゃんはイケメンで物腰の柔らかい好青年である河飯を気に入り、その日から、週末はばあちゃんとビューロランドに遊びに行くことが多くなった河飯。

 それが何故だか噂になって、噂には日に日に壮大な尾ひれが付いていった。


 そんなある放課後。教室のベランダでスマホを弄っていた河飯に声を掛ける。


「なぁ河飯。お前、『星の王子様』から『悲劇の王子様』にクラスチェンジしたんだって?」


 おかげでモテ度がうなぎのぼりらしいな?

 心の友を裏切って仇敵に寝返るつもりか?


 河飯の人気が上がるのはいい傾向だが、妬ましいと言えば妬ましい。


 だって、今日は制香にまで『最近河飯君と仲良いの?彼、どんな人?』って聞かれたんだぞ?制香は隣のクラスなのに。

 いくら自分では手が出せないままでいるとはいえ、幼馴染が横取りされるのは黙ってられん。噂の実態は把握しておくべきだろう。


 ちょっとオコな俺に、河飯は首を傾げる。


「いや、それがさ?下神のおばあちゃんと仲良くなって買い物のお手伝いとかしてるのを誰かに見られてたみたいで」


「で?」


「どうやら僕は、『幼い頃に大好きだった祖母を亡くして、その想いから道で出会ったおばあちゃんを助け、その後も親切に世話を焼いている悲劇のヒロイン系男子』にされてるらしい」


「…………」


 高校生の妄想力、たくまし過ぎじゃね?俺が言うのもなんだけど。


 だが、そういうことなら話は早い。

 そんな優しさと儚さの権化みたいなクラスになられちゃあ、活かさない方が勿体ないだろう。制香には、事実無根であることを内密に報告するとして。


「よし、わかった。お前は今日から悲劇のイケメンだ」

「えっ?」


「心に傷を負った、儚げなオーラを纏え。女子が、『私があたためてあげなくっちゃ!』って思うような、とびっきりのやつ」

「どうして?」


「お前にはモテてもらう必要があるんだよ。生徒会選挙で勝つために。参考までに、今どれくらいの実績でモテてるか教えてくれ」

「実績って……」


 困ったように頭を掻く河飯。そのたびにサラっとした金髪が夕陽を反射して神々しい。流石だぜ。俺の目に狂いは無かった。


「月に何回のペースで告られてる?」

「ええと……最近は金曜と水曜……週二回かな?」


「直近がそれか?好調だな?」

「いや、先月もそんな感じ」


「…………」


 恐れ入ったよ、モテ無双周瑜。ちなみに、曹操と劉備は河飯とはまた別系統のモテ男らしい。ごめんな、孫策。ハブにして。


「まぁいい。その調子でモテてくれ」

「モテてどうするのさ?」


「お前の気分次第でいいが、デートしてみてくれないか?付き合わなくてもいい。ちょっとだけ。お試し程度に」


「女の子とデートするくらいなら別にいいけど?今までも、『デートしてくれたら諦めるから』って言われて何度かしたし」


 ぎりぃ……

 おっと。俺としたことが。貴重な戦力に殺意を抱くとこだった。

 作戦の続きを説明せねば。


「デートしたら、その話の中で生徒会選挙の話題を振ってくれ。そして、お前が俺を支持している旨を伝える。願わくば、票を入れてくれるように頼んでもらえるとありがたい」


「なるほど。それで僕がモテることに意味があるわけだ?」


「エグザクトリー。会長選挙の立候補者はまだ公表されていない。ただ、種まきは早めに、より多くしておいた方がいいからな。頼めるか?」


「お安い御用だよ。下神は僕の大事な理解者だもん。女の子に何股かけろ、とかいう無茶なお願いでもないし、協力する。生徒会選挙の話をするだけなら、デートじゃなくてもいいんだろう?」


「ああ。助かるよ」


 素直に礼を述べると、河飯は柔らかい笑みを浮かべる。


「こんな僕でも、人の役に立てるのは嬉しいね?ほら、僕って顔以外取柄がないだろう?」

「いや、そんなことないと思うけど……」


 意外にも、自虐的な河飯の本音。だが、よく喋るようになってから間もない俺でも、河飯のいい所はそれなりに知っている。


「お前、俺のばあちゃんにも優しくしてくれるし、なんだかんだ言って俺に対しても協力的だし、いい奴だと思うぞ?自身持てって」


「そう、かな……?そう言ってくれたのは、剣治けんじ以外は初めてかも」

「剣治?」


「うん。僕の幼馴染。隣のクラスの天野あまの剣治」

「ああ、あの助っ人引っ張りだこのハイパースポーツマンか!」


「そうそう。剣治と違って、僕にはそれらしい特技が無い。けど、下神がそう言ってくれるなら、僕もがんばってみようかな?生徒会選挙。一緒に勝てるといいね?」

「河飯っ……!」


 お前、顔だけじゃなくて心も美形なのな?


「よし!やってやろうじゃねーか!たとえお前がサン〇オ男子でも、『好きなものは好き』って胸張って言えるような学校にするぞ!」


「えっ?」


「だって、その方が断然楽しいだろ!お前、カミングアウトしてからの方がいい顔してると思うぞ?やっぱ趣味はオープンにしたいんじゃないのか?内心では」


「それは、そうかもだけど……」


「『けど』も『だけど』もねーよ!幸か不幸か、ウチの学校は生徒会の権限である程度校則を変えられる。メンツ次第では革命が起こせるんだぞ?」


 事実、その特権で俺は部活を存続させようとしているわけだし。


 俺の言葉に、河飯は顔をぱあっとさせた。

 輝く容貌。天上からの賜りもの。まさか二次元だけの存在では無かったとはな。

 そんな輝く容貌の河飯は俺の手を取って立ち上がる。


「うん……!それ、もしできるなら凄いことだ!やろう!僕もそんな生活がしてみたい!放課後に友達とビューロランド行ったり!」


 いや、家遠いだろお前。もうばあちゃん家住めば?


 だが……河飯の視線から、溢れんばかりのやる気が伝わってくる。


「結構アツイとこある系?見直したぜ。やっぱお前は俺の右腕に相応しい。いや、右腕は制香だから、左腕かな?」


「――呼んだ?」


 聞き慣れた声に振り返ると、部活終わりの制香が教室にやってきていた。


「声がすると思ったら、まだ学校にいたの?生徒会選挙に向けて活動中とか?」


「まぁ、そんなところ。いいとこに来たな、制香」


「へぇ、結構がんばってるのね?毎日毎日……」


「俺はガチで勝つつもりだからな。そうだ、紹介するよ。俺の第二の支持者、クラスメイトの河飯だ」


「ご紹介に預かりました。河飯懐弥なつやです。こんにちは、上木さん?同じクラスになったことは無いよね?」


「こ、こんにちは……?私の名前、どうして……?」


 やいやい制香さん?『あらヤダ、イケメン♡』みたいな顔すんのはおやめなさいな?俺、キミのそんな顔見たことないからね?俺さんが傷ついちゃうだろ?


 そんな俺のミジンコみたいな嫉妬心など露知らず。

 河飯は数多の女をオトしてきた柔らかい笑みを浮かべる。


「ラクロス部のエースなんでしょう?助っ人に行った剣治――えっと、天野が、『超うまいし足速い』って、感心してたよ?あと、『可愛い』って」


「天野君が……?そうなんだ……////」


 はぁ~。制香ちゃんてば、俺以外の男に褒められて照れちゃってるよ?なぁんか胃がもぞっとする。けど、不覚にも可愛いと思ったよ、チクショー。

 んでもって、天野は俺的ブラックリスト入りね。話したことないけど。


 けど、今は惨めったらしく嫉妬してる場合じゃない。俺陣営のナンバー1と2には仲良くしてもらわんとな。


「ほらほらふたりとも。こんなところで立ち話もなんだし、マックでも行ってダべろうぜ?頭使ったら腹減ってきちまったよ!」


「え。部活の後にマックは……せっかく運動したのに……」


「もうちょい太ったって制香は全然可愛いぞ!ポテト奢ってやるから!な?行こう?」


 いそいそと背中を押すと、なんだかんだで従う幼馴染。


「う……Sサイズね……」


 とか言って。いつも足りなくてついつい俺のとこからポテトこっそり(バレバレ)持ってくくせに。チョロいぜ。可愛いぜ。チョロかわだぜ。


 教室を出ていこうとすると、河飯がおずおずと声を掛けてくる。


「えっと……僕、お邪魔?」


 お前、空気まで読めんのか?サイのコーかよ。

 けど……


「気遣い無用だ。俺陣営の顔合わせみたいなもんだからな」


 そう言うと、にこっとした笑顔が返ってきた。


「マック行きたかったんだ!今ハッピィセットに『ゆでたま』のおもちゃが――」

「ゆでたま?って、あのゆで卵のキャラ?好きなの?」


「「あ――」」


 口を滑らせ、焦る河飯。俺はこっくりと頷いた。


「制香なら、大丈夫だ」

「でも……引かれない?」


「俺陣営として一緒に行動してれば遅かれ早かれバレるだろう。それに、制香はそんな偏見持つような奴じゃないし、口だって堅い。俺を信じろ。制香を信じる、俺を信じろ!」


「わかった……!」


      ◇


 首を傾げる制香と三人でマックに向かい、放課後を過ごす。


 想定通りというべきか、河飯の『可愛いもの好きカミングアウト』も、制香は難なくクリアした。それどころか、俺を置いてけぼりにして、ほもふむフリンちゃんのケツの穴談義に花を咲かせる始末。

 俺陣営の親睦もいい感じに深まったところで、そろそろ会議を始めよう。


 絶対王者、不動を沈める、下克上の作戦会議を……!

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