第14話 書記 VS 書記 (週末デートの陣 ①)


 土曜日。駅前の大型ショッピングモールで待ち合わせだという河飯の話を聞き、俺達は少し離れた場所から様子を見守ることになった。

 メンバーは俺と藤吉。制香は、『もし愛染あいぜんさんがスパイじゃなくて、ただ河飯君を好きなだけなら可哀想』と言って、今日はお休みだ。


 チェックのミニ丈ワンピースを身に纏い、普段は下ろしている髪を低い位置で結んでいる藤吉は、常日頃脳内があられもないことになっている腐女子とは思えない可憐な装いだった。


「藤吉。その……一言いいか?」


「なぁに?下神?」


「今日可愛くね?」


「その言い方、制香にはしないことね」


「え?」


 素直に褒めたつもりなのに、さして嬉しそうでない藤吉。

 首を傾げると、ぷいっと言い放つ。


「『今日』って言われると、『いつもは』可愛くないみたいじゃない?」


「う……」


 言われてみれば?そうなのか?言われてみるまで、わからなかったけど。

 ちょっぴりしょんぼりしていると、藤吉はくすりと笑う。


「ごめんて。褒めてくれたんでしょ?嬉しいよ。下神のそういう素直なところ、いいと思う」


 照れくさそうな、それでいて真っ直ぐな誉め言葉が嬉しい。

 きっとさっき褒められた藤吉もこんな気持ちだったのかと思うと、少しこそばゆい心地がする。


「藤吉……」


 思わずほげっとしていると、日傘の柄でちょい、とつつかれた。


「もう。そういう『少女漫画的イイ雰囲気顔』、制香のために取っておきなさいよ」


「藤吉ぃ!」


 お前、なんでもお見通しなんだな?それでいて、見守るようなロリ目線。

 すげぇ、頼りになる……。そのあどけない『ママみ』に埋もれたくなる……


「ねぇ、今度タピオカミルクティー片手に恋バナしていい?」


「口調まで乙女になるのやめて。女子をバカにしてるの?」


「してないって」


「ならいい――愛染がキタッ!」


 藤吉はひそひそ声で叫ぶと、俺の口元をむぎゅっと抑える。

 こういうさりげないボディタッチが多いところが男子の間で話題になってることは知らないみたいだ。小さなお手々がむにっと唇に当たる感触に、物理的にも精神的にも閉口してしまう。


 不覚にもドキッとしていると、モールの正面玄関前で待っていた河飯の前に愛染が現れた。清楚系な白のブラウスに、ロング丈のスカートを合わせた、赤ブチ眼鏡の似合う、いかにもな『才女美人』。


「ごめんね?待った?」


「ううん、待ってないよ。僕もさっき来たとこだから」


 にこっ。


 その、天上からの賜りものかのような爽やかな笑みで、俺達は確信する。


 ――河飯、今日は『本気ガチ』だ……!


      ◇


「愛染をオトせ――河飯」


 そう言った時。河飯は最初、乗り気ではなかった。

 フェミニストな河飯には、女心を弄ぶような真似はできないとのことだ。


 言われてみれば、それには俺も同意だったし、河飯がそう言うなら無理にそうさせるのも悪いだろうと思われた。けど、ふと生徒会室の窓を見た河飯の目に留まったのは、丁度生徒会室の片づけをしている愛染だったのだ。

 その瞬間。河飯の目の色が変わった。


「あ、愛染さん……!今……!」


「どうした?河飯?」


 その視線の先を追うようにして除くと、生徒会室の窓を開けて中を掃除している愛染と不動がいた。仲良さそうに話しながら、昔の資料や不要な備品などを整理しているようだ。夏休みを前に部室を掃除する、その光景自体は今の時期、そんなに驚くことではない。

 不思議に思っていると、河飯はわなわなと震えだす。


「愛染さん、今、キャンディちゃんのぬいぐるみを……!」


「え?キャンディちゃん?」


「 捨 て た !! 」


 怒りに震えながら立ち上がる河飯。


「え、河飯?ほもふむフリンちゃん派じゃなかったか?」


「派閥とかじゃない!僕は等しくみんなを愛してる!!」


 滅多に聞かない、河飯の大声。その様子に、時が止まる制香とボイレコを出す藤吉。そして、マイクを構えた藤吉が聞き返す。


「河飯?サン〇オの誰が一番好きなの?」


「フリンちゃん!」


「でも?他のみんなも?」


「愛してる!!」


「おっけー。」


 いや。何が『収録完了』だよ?


 とにもかくにも。生徒会室の整理中、棚から古びたキャンディちゃんのぬいぐるみを見つけた愛染はそれ――じゃなかった。『彼女』を、一切の躊躇いなく捨てた。

 河飯曰く、埃を払うこともなく、微笑みかけることもなく、供養するように抱き締めることもなく。お焚き上げにも出さない。

 ただ、その他のごみと同じように捨てたのだと。ポイしたのだと。


「許せない……!」


 河飯の目には、いまだかつてない炎が燃えていた。


      ◇


「さぁ、何処行こうか?待ち合わせがココってことは、見たい映画でもあるの?」


 にこっ。


 昨日とは打って変わって、爽やかな優しい微笑み。どうやら河飯は、思っていることを隠すのがうまい性格タチなようだ。さすが隠れサン〇オ男子。伊達に十年近く隠密行動していない。

 一方で微笑みかけられた愛染はもじもじと、ずれた眼鏡をかけ直す。

 あざとい。可愛い。そう思った俺、不覚。


「ええと……うん。河飯君は、映画好き?」


「好きだよ?映画を好きな子も好き。話が合うのは、楽しいよね?」


 にこっ。


 河飯のガチさに、拍車がかかる。


「じゃあ、行こうか」


 ぎゅ。


「あ、うん……////」


 さりげなく。それでいていやらしくなく手を握る河飯。

 歴戦の勇士の実力を、俺は垣間見た。

 仲良さそうに映画館へ消えていくふたりの背を見送る。


「河飯……フルスロットルじゃねぇか……」


「そうね。でも、河飯のあの表情……うまくいくといいのだけど……」


 想定以上の結果が出そうで、そわつく俺に対し、不安な表情を浮かべる藤吉。

 少し後から追っていくと、映画館の売り場でチケットを購入したふたりの姿をとらえる。


「何見るんだろう?タイトルによって終了時刻が違うから、終わるころに出口付近で待つか」


「そうね。河飯に連絡を……」


 下の階のカフェで終わるのを待とうと移動していると、河飯から返信が。

 スマホを握る藤吉が青ざめる。


「河飯っ……!やっぱ恨み全開じゃない!ひょっとしたらとは思ってたけど……!愛染が怖いの苦手って知って――」


「え?何が?」


 覗き込むと、そこにはどう考えてもデートにはちょっと……というタイトルが。


『河飯、映画なに見るの?』



――『ジョ〇カー。今話題の、R15指定のスリラー映画だよ』



 そして、少し空けた先には、河飯のものとは思えな――いや、思いたくない文章が。


――『お互いを探り合い、騙しあう今の僕らにぴったりな映画でしょ?』


「「河飯っ……!」」


 藤吉と俺は揃ってハモる。


 ああ。ダークエンジェル河飯。


 俺は認識を改める。

 河飯は、『可愛いものの為なら何だってする』イケメンであり――


 ――『可愛いものの恨みを晴らす為なら何だってする』イケメンだった。

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