第12話 最終兵器。学園の『曹操』②


「どけ。邪魔だ」


 一同唖然。


(ひえ~っ!やべ~!かっけぇ~!イッツ・ソークーールッ!目で殺せそう~!)


 文字通りゴミ虫を見るような眼差しを向けられた不良は、乱暴に机から腰をあげる。


「てめぇ、ちょっとイケメンだからって調子こいてンじゃねーぞ?」


 その言葉に、ビクつく河飯。


「もういいじゃん。三対一なんだからやっちまおうぜ?」


 その言葉に、反応する藤吉。

 頼むから、いつでもどこでもアンテナ貼るのはやめてくれ!


 佐々木は動じることなく振り返ると、不壇通さんに鞄を投げて寄越す。


「持っててくれ。下がってろ」


「みっちゃん?まずは話し合いから……」


「それもそうか」


(あれっ?結構素直なの!?)


 俺達の最終兵器、佐々木は、幼馴染の言うことなら無条件で聞く、どこか読めないモテメンだった。不壇通さんの言葉を受けて不良に向き直る佐々木。


 しかし、口から出た言葉は――


「30秒だ。それ以内に消えろ。できなければ、消す。俺は早く帰りたいんだ」


「「「――っ!?」」」


 一同騒然。


(ひえ~っ!やべ~!マジで話し合う気ねぇ~!不壇通さんに言われたから申し訳程度に話した、みたいな。案外ケンカッ早いのか!?それとも面倒くさいだけ!?)


 さっきからナメられっぱなしの不良は当然怒り心頭。三人揃って立ち上がり、拳を構える。


「なになに?彼女の前でイイとこ見せようってか!?ああん!?」


「彼女じゃない。幼馴染だ」


(そうなの!?あの仲の良さと雰囲気で!?)


 不壇通さんに視線を送ると、どこか残念そうなもじもじ。


(あらあらあら……まぁまぁ……)


 俺達はどこまでも鈍感な佐々木を固唾を飲んで見守る。


「ぶはは!マジかよ!」


「てゆーか、あいつ学年一美人の不壇通じゃねーか!」


「ちょうどいいや。こいつボコして、不壇通とシケこもーぜ?残りはザコっぽいしよ?」


「なっ――!」


(ナメやがって……!それに、不壇通さんに何てことを……!)


 佐々木の『彼女じゃない』宣言を受け、盛り上がる不良。

 だが、ああまで言われて隠れているほど俺はヘタレじゃない。


「お前ら――!」


 佐々木の後ろから俺が出ていこうとした矢先――


 ――バキッ!


「――っ!」


 佐々木が、不良の一匹を殴った。

 一撃のもとに、積み上げられた椅子の山まで吹っ飛ばされる。


「「――は?」」


 残された不良は佐々木に向き直る。

 佐々木の眼差しは、どこまでも冷たい。

 吹き飛ばされた不良の手からこぼれた吸いかけのタバコを踏みつけると、先程までのゴミ虫を見る目ではなく、ゴミを見る目で不良を見やる。


「受動喫煙で咲愛也が肺を痛めたらどうする……!」


「は?何言ってんのお前?」


「タバコを吸うんじゃないと言っている」


「殴っておいて説教?今更いい子ちゃんぶるワケ?」


「どうでもいい。いいからさっさと消え失せろ。不愉快だ」


「はいはい。わかりましたよ」


「はーウゼ。行こう行こう」


 佐々木に敵わないと悟ったのか、意外にもすんなり屋上を出ていこうとする不良二名。

 だが、俺達の脇を通り過ぎる直前、不壇通さんの肩に手を置いた。


「じゃ、一緒に行こうか?」


「どこ行くー?楽しいとこ遊びに行こうぜー?」


 にやにや。


「えっ、ちょっと……!」


 あろうことか、不良は不壇通さんの腕を掴んで連れていこうとした。

 流石に俺も黙っていられない!今度こそ声をあげて不良を制止する。


「お前らいい加減に――!」


 不良の手を掴んで声を荒げると、ふわりと耳元で声がする。


「――よくやった」


「え?」


 振り返ると、さっきまで離れていた場所にいたはずの佐々木がすぐ傍に来ていた。

 佐々木は俺が掴んだ不良の腕を掴むと、背負い投げの要領で一気に地面に叩きつける!


「がはっ!」


 呻きをあげるその胸を足で地に押し付けると、体重を乗せて徐々に圧をかけた。


「咲愛也に触れた指は五本か?なら、その分肋骨を折ってやる」


 ――ミシミシ……!


「うぐぁ……!やめ……!」


「――謝罪を。這いつくばって許しを乞え」


「折れる折れる!やめてください!もうししませんから!がはっ……!」


「俺でなく、咲愛也にだ」


「ああぁ!マジで折れる!不壇通さん!すみませんでしたぁ!」


 そう言われた不壇通さんはハッとしたように声をあげる。


「みっちゃん……!もういいよ!それ以上は本当に折れちゃう!」


「ウチは病院だ。折れたら診てやる」


「そういう問題じゃないでしょ!?みっちゃんが指導されたら、おじさんも困るよ!?」


「うっ……!」


 佐々木は渋々足をどけると残った一匹の不良に視線を送る。


「消えろ。そして、二度と来るな。次、咲愛也に手を出したら――わかるな?」


「ひっ……!」


 たちまちに逃げ出そうとする不良に向かって、足元と奥に転がっていたオトモダチ二匹を投げて寄越す。


「連れていけ。目障りだ」


「は、はいぃ……!」


 不良は両肩に連れを抱え、しっぽを巻いて逃げていった。

 一部始終をひやひやしながら見ているしかできなかった俺達は、その場にへたり込む。


「あああ……!もう何がなにやら……!」


「どうしてお前がそんな声を出す?」


「どうしてお前はそんな涼しい顔してんだよ!?あれだけ暴れておいて!」


「そうか?」


「そうだよ!」


「別に。これくらい日常茶飯事だ。咲愛也に触れられたのは失態だったが」


 佐々木は事もなげにハンカチで手を拭くと不壇通さんに歩み寄る。


「すまない、咲愛也。油断した」


「わ、私は平気!みっちゃんこそ、いつもごめんね?その……ありがとう……////」


「別に構わない。


「幼馴染だから?」


「幼馴染だから」


「むぅ……」


 はー!不壇通さんは照れ顔も不満顔もマジ天使!


 俺達を無視してほわほわイチャコラオーラを出し始めたふたりに、俺は頭を下げた。


「そのっ!ありがとう!ございました!」


「?」


「おかげで選挙活動ができるよ。これからここで作戦を練って、実行して、次の選挙で必ず不動を倒すから。あんな不良共がいなくなるような良い学校を作るから。見ててくれ!」


 そう言い切ると、佐々木の口元がふわりと動く。


「こちらからも礼を。お前が不良の手を掴んでくれたおかげで対処がしやすかった。咄嗟の判断と勇気。助かったぞ」


「――!」


 佐々木?河飯だけじゃなくてお前まで顔も心もイケメンなの?三英傑ヤバくない?

 てゆーか……


「その!できれば俺達陣営を応援してくださると助かるのですが……」


「ふふっ。やっぱり下神君て面白いね?言われなくても応援するよ?だって、がんばってる姿が素敵だもん」


「不壇通さん……!」


 天は二物を与える。この清らかな笑顔と心。

 はぁ、美し……素晴らし……


「それに、可愛い幼馴染コンビには味方しなくちゃね!おんなじ幼馴染持ちとして!」


 不壇通さんはそう言って制香を後ろからもぎゅっ!とハグした。


「わっ!咲愛也ちゃん……!」


「えへへ。制香ちゃん照れてる。可愛い~!」


 すりすり。


「咲愛也、それくらいにしてやれ。お前のは圧がヤバイ。プロレスの締め技にも匹敵する」


「え~?そんなことないよぉ!」


 むにむに。


 不壇通さんに胸を押し付けられて、制香ちゃんは再びはわはわとする。

 その様子を見た俺達は羨ましさやらなにやらで黙るしかなかった。


「「「…………」」」


 えっ?何?『お前のは圧がヤバイ』って?されたことあんの?

 今さらっとノロケられた?

 てゆーか、不壇通さんと佐々木っていつもこんな感じなの?イメージ違くない?

 てか距離近くない?幼馴染以上っぽいよね?その空気。

 は~!やっぱリア充は爆ぜろ!


 けど……!爆ぜたら応援してもらえない!


「じゃあふたりとも!これからもよろしく頼みます!」


「入り浸るのは無理だけど、声かけてくれたら協力するよ?ね、みっちゃん?」


「咲愛也がそう言うなら」


「ふふっ。素直じゃないなぁ!よろしくね、下神君!」


「ああ……!」


 俺は不壇通さんの白くてすべすべなお手々と握手した。

 うっかり力を入れると握り潰しちゃうんじゃないかってくらいの、華奢な手。


 俺達の陣営に加わったわけではないが、このふたりの助力はいずれまた俺達を助けてくれるだろう。密かな勝利の予感を胸に、俺達は屋上を後にした。

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