六作目 彼の話



「ねぇ、先生は夢のこと好き?」


「私はね、先生の事大好きですよ!」


ふわりとした笑顔で彼女は言った。

夕日の覗く教室で、僕と彼女は二人きり。


「あぁ、僕も西川の事は生徒として大事に思ってるよ」


彼女には惹かれるところがあった。

けれど、生徒と恋愛なんて、僕が許せない。

だって、もしそうなってしまったら、僕は彼女をきっと、特別扱いしてしまう。

それは、僕が一番良くない事を分かっている。


「先生は、私の事そんなふうにしか思ってないんですか」


「いや、そうじゃなくて...って訳でもなくて...」


彼女は顔をぶすっとさせると、僕の顔をしたから覗き込む。

彼女のサラサラの前髪が少し僕の鼻を掠った。


「いいですよー。先生、私は待ってますよ!だから、先生も、私が卒業するまで、待ってて下さいね」



そんな約束をして、少しして、彼女は高校を卒業した。僕は彼女と交際を始め、何年か付き合った後、彼女と結婚した。


誰もが憧れるような、生徒と教師の恋愛だった。


ある日仕事から帰ってきた僕らはテレビでニュースを見ていた。

連続でこの辺りで人が亡くなっているというニュースだった。

まだ殺人か自殺かははっきりしていないらしい。

誰が亡くなったかを見る前に僕はテレビを消した。

すると隣に座っていた夢が僕の目を捉えた。


「先生はさ、自殺って悪い事だと思う?必ず止めなきゃいけないと思う?」


彼女の手元の入れたばかりのコーヒーから立ち込める湯気が生ぬるく僕の肌をくすぐった。

普段夢はこのような話を好んでする方ではないため、僕は少し妙に思った。

まあでも、自殺は良くない事だし何よりその人の人生がそこで終わってしまう。

必ず止めてあげなきゃいけないと僕は思っていた。


「勿論。止める事がその人のためになると思う。」


長い睫毛を伏せて、彼女はあまり僕の答えには興味無さそうにコーヒをスプーンでかき混ぜた。


「うーん。私はね、自殺は悪い事ではないと思うの。

多分きっと何かがあるからそう思うんだし、むやみに止めてその人を世界に拘束しちゃいけないと思うんだよね。

でも、勿論だけどね、死ぬタイミングは大事だと思うよ?

だって、私達、死のうと思えばいつだって死ぬ事が出来るんだもん。」


僕は驚いた。

いつもの彼女からしたら、こんな事考えて無さそうなのに。


「確かに、それは、そうかもしれない。」


「そうだよね。もし、先生の生徒で死にたいって思う人がいたならその人の気持ちを良く汲み取って、今が死ぬタイミングとして一番いいのかどうかを考えてあげるといいよ。

少なくとも私はそう思うよ。」


「ああ、そうだな。」


ふふっと彼女は笑って僕の顔をあの時みたいに、したから覗き込む。

まだ彼女の前髪はサラサラだった。


「だからね?先生、自殺は簡単に止めちゃだめだよ。

それとね、夢がもし居なくなっても先生は、一番のタイミングで死ぬんだよ。」


彼女は子供に言い聞かせるように、優しく笑顔で言った。


「そんな物騒なこと言うなよ。勿論そうしようと思うから、安心しろ。」


「そうだね。」


それからその日は、夢はこの話をしなかった。

そして、翌朝起きると、彼女の姿はなかった。

それっきり彼女が僕の元に帰って来る事はなかった。



さっきまで走っていた痛みがもう感じられなくなった。

もしもあの時、僕が彼女にどうしてそんな事を聞くのかをちゃんと聞いていたら、僕らの未来は変わっていたのだろうか。

僕は、彼女から受けた警告を、彼女にしてあげられなかったんだ。

せめて最後に愛してると言い合って、二人で手を繋いで、死ぬ事ができたら良かったのに。

ああ、でも僕は、彼女の二番目だったか。

それでも、僕は、彼女と過ごせて良かった。

だからこそ思うんだ。

彼女がいなくなるこの現実が全て、今僕が見ていただけの夢だったら良かったのに。と

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